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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
591/630

51.ドラゴンのお兄さん3  ~ドラゴンの憧れ?/君が言う?2/ミラーリング~

 

 仔ドラゴンたちの中には幼い者もいた。

『リムおにいしゃん』

『リムにいしゃ』

『リゥにしゃ!』

 舌ったらずだが、ドラゴンの子供の方がリムより大きい。

 その仔ドラゴンがじゃれついてくる。

 麒麟も子守を手伝う。

『お顔、おじさんと一緒ね!』

 麒麟は龍の顔を持つ。長大な体を持つ種の龍だ。

 子供はトカゲに似た体の竜の姿をしているので、違う種のドラゴンの顔と似ているというのだろう。

 子供たちはおっとりした麒麟も気に入った様子で、纏わりつく。

『シアンちゃんが転んだ!』

『あっち向いてほい!』

『にらめっこしましょう、笑うと負けよ、きゅっきゅっきゅ!』

『やったー! 勝った! えっへん!』

 仔ドラゴンたちは幻獣たちと共にも賑やかに遊びに興じた。

 楽しそうな様子に、自分の名前を用いられて遊びに興じることに諦念を抱くシアンだった。

 傍らに立つ九尾は、狐千年王国はどうなるかは不明だが、確実に、有望株のドラゴンたちの影の参謀狐として影響を及ぼすだろう。

『迂闊だった』

 ティオがどこか遠い目をしながら短く漏らす。

『まことに。生態系の頂点に立つドラゴンが同種以外の言葉を鵜呑みにするとは思わぬゆえ』

『あは。みんな、リムから色んな遊びを教わったんだねえ』

『そのリムはきゅうちゃんから色々教わっているの』

『こういうのも負の連鎖と言うのかにゃ。それとも、感染かにゃ?』

『ドラゴンたちもね、シアンに鼻ぎゅして貰うの好きになったんだって!』

『さようでございましょうとも!』

『鼻ちょんは格別!』

『ドラゴンでさえ憧憬する!』

『『『最大の必殺技!』』』

 いつからそんなものになったのか。

 いや、確かに幻獣たちに対して相当な破壊力を持つ。

 そして、魔神を筆頭に一部魔族を惑わせる。

『イケメンポーズにも驚いていたね』

『真似していたけれど、まだまだだね』

『……』

『え、ええと、でも、ユルク殿も二回に一回はちゃんと斜め上にされています、よ?』

 そのユルクは仔ドラゴンたちに見下された。すぐに撤回されたが。

『紐っ子だって』

『たしかに弱そう』

 シアンは紐っ子という響きが好きだった。可愛さを感じたからだ。悪い風に受け取れば何だってそうなるんだな、と思う。

 ユルクを馬鹿にした仔ドラゴンにはネーソスが迅速に噛みついて叱っていた。

「ネーソス、暴力は駄目だよ」

『……』

『ご、ごめんなさい』

『もうしません』

 仔ドラゴンたちが成長したらさらに力を持つだろう。リムお兄さんに尊敬の念を抱くドラゴン集団ができる。

『リムはドラゴンを率いる存在になりそうですねえ』

「今もみんなを引率しているよ」

『考えてもみてください。今でも十二分に力を持っていますが、成長すればどうなることやら』

 確かに、ドラゴン一頭だけでも強大な力を持つ。それが成体となり、大人になった分だけ力をつけたドラゴンが複数、ほぼ群れと言ってよい数だ。

 仔ドラゴンたちはシアンと九尾の懸念を余所に、幻獣たちの奏でる音楽に合わせて尾を大地に打ち付けている。ティオが大地を傷つけるのはよくないと諭し、ユエに頑丈な太鼓を作ってくれるように依頼した。

 シアンはティオに初めて出会った時のことを思い出す。シアンがティオに教えたことを、仔ドラゴンに教えている。こうやって色んなことが継承されていくのだ。

 そういうものなのだなと思う。

 願わくば、より良いことが伝わっていくように、努めたいと思う。



 リムお兄さんがシアンにブラシを掛けて貰うのだと聞いたことから、子ドラゴンたちも興味を持った。そして、馬車の傍で何かをしている人間に興味本位で近づいてみたら、持っていた長い棒の先のものでこすられた。

 あ、これ、リムお兄さんが言っていた「ブラシを掛けて貰う」だ!

 そして、気に入った。

 ある仔ドラゴンが自分の体をこするブラシにいたずら心を出して噛みついた。そんなに力を入れていないのに、ブラシの柄が半ばからばっきりと折れてしまった。

『ああー!』

『壊した!』

『どうするんだよ! 俺の番はまだなのに!』

 途端に、リムお兄さんの言いつけ通りに並んでいた仔ドラゴンたちがギュワギュワと騒ぎ出す。

 それを見ていたリムお兄さんがさっと飛び出して、僕に任せて!と言い置いて行ってしまった。

 ブラシ係は伝説の黒白の獣の君が突然現れたかと思うと、突如として姿を消したのに度肝を抜かれた。

 さて、リムが頻繁にインカンデラの西の地へやって来るのを知った魔神が闇の神殿を作らせ、転移陣を敷いた。今のところはリムを始めとする翼の冒険者一行しか使用していない。闇の神殿で務める聖職者たちも魔神がリムのために作った転移陣をおいそれと使うことはできなかった。シアンからしてみれば恐れ多いことだが、緊急の時には使うように言われて有り難く頷いた。

 リムはこの転移陣を使って島と行き来していた。

 すぐさま戻ってユエに新しいブラシを作ってほしいと願った。

 樹の精霊から丈夫で軽い木材を分けて貰ったがために神器となったブラシを携えて戻った。

 ブラシ係はリムから下賜されたブラシを大事に扱ったという。

『湖のブラシを落として、素直に落としたのは樹の柄のブラシだと言ったら、金の柄と銀の柄のブラシを貰えたのにね』

『えっ、そうなの⁈』

『ユルク、九尾の戯言だ』

『でも、きっと、そのブラシ係の人にとっては、リムから貰ったブラシが一番だよ』

 麒麟の言葉にみなが頷いた。

 事実、そうだった。

 金よりも銀よりも、得難い宝物だ。

 仔ドラゴンたちもまた、新しいブラシをとても気に入った。

 子供たちの様子を見にやって来た親ドラゴンは人間が仔ドラゴンたちに何かをしているのに驚き怒った。

『何やっているの!』

『ブラシかけて貰っていたの! 気持ち良いよ! お母さんもやって貰う?』

『何やっているの』

 楽しそうな様子に呆れる。

 ブラシ係はといえば、明らかに子供よりも二回りも三回りも大きいドラゴンの飛来にあんぐりと口を開けた。ブラシを胸に抱きしめ、あたかもそれが命綱だという様子だ。

『あら、結構気持ち良い。でも、もっと強く』

 ドラゴンも口コミというものはあるようで、たまに仔ドラゴンに混じって大人ドラゴンもブラシ待ちの列に並んだ。

 ごく稀にブラシ係が職場に向かう途中で非人型異類に襲われそうになった際、ドラゴンが勇躍して排除した。

『うちの子の世話係りになんてことするの!』



 今日も今日とて平原にドラゴンたちの鳴き声が響き渡る。

「キェェェッ、ギェェェェッ」

「キィィィ、キーアー」

「キュゥゥゥウ」

「キキキキィ、ガァァァッ」

「キー、キュー」

「キューアー」

 はっと仔ドラゴンたちは顔を見合わせる。

『出た?』

『今のだよね?』

『似てた?』

『いけてたよね?』

『『『『リムお兄さんの鳴き声に!』』』』

『もう一回、もう一回!』

「キェェェッ、ギェェェェッ」

「キィィィ、キーアー」

「キュゥゥゥウ」

「キキキキィ、ガァァァッ」

 そして、今日もせっせと練習に励むのだった。

「「「「キューアー!」」」」

 憧れのお兄さんの鳴き声を真似るために。



荒野に響くドラゴンの産む怪音。

その真相は———。


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