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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
590/630

50.ドラゴンのお兄さん2  ~おうち訪問/恐怖の権化/リムの強敵/鼻ぎゅ~

 

 ある日、リムが上目遣いで言った。

『シア~ン』

「どうしたの、リム」

『あのね、お友だちを館に呼んでもい~い?』

 まさかの友人の訪問のおねだりで、シアンは目をしばたかせた。

「ええと、良いけれど、どんな方か聞いても良い?」

『ドラゴンなの!』

 ぴっと片前足を挙げて言いました。

 ドラゴン。

 それはおうちに呼べるサイズなのか。

 そして、いきなりブレスをかましてくるような危険はないのか。

 シアンの脳裏に様々な考えが駆け巡った。

「え、ええと、大きさはどのくらい?」

『えっとね~、ティオの二倍くらい!』

「あ、そのくらいなんだ」

 ティオは四メートルを超えるくらいの体長だ。ということは、十メートルには足りない。種族によっては島と化したネーソスよりも大きいドラゴンがいると聞いていたシアンは小ぶりなドラゴンたちかと安堵する。だが、十メートル近い大きさというのは生物として相当大きな部類に入る。流石に館には入らない。

「もちろん、歓迎するよ。ただ、館には入らないんじゃないかな?」

『ん~、じゃあ、魔神たちのように庭でお茶を飲む!』

「そうだね。あとは湖とか島の綺麗な場所に行こうか」

「キュア!」

 元気よく答えるリムに、シアンは更にもてなす料理の相談を始めた。



 その日は朝から仔ドラゴンたちはそわそわしていた。数日前からわくわくして、昨晩はとうとうあまり眠れなかったくらいだ。

 なぜなら、今日はリムお兄さんの住処に招待されていたのだ。

 とても美しい島で山も森も川も湖もあり、水は澄み、清涼な風が吹き、花が咲き乱れ、農作物が美味しく実る豊かな地だと聞いている。一度は行ってみたいと思っていたリムお兄さんが住む憧れの場所だ。

 魔神ですらそう簡単にはいけないとも聞いていた。諦めきれずにリムお兄さんにおねだりしたら、シアンに聞いてみる!と請け合ってくれた。

 そして、今日この日にリムお兄さんの島訪問が叶った。

 事前注意として、ティオ様から懇々と言い含められたことがある。

 まず、シアンに害を与えない。

 これは心身ともに、だそうだ。

 リムお兄さんにじゃれつくのと同じように噛みついたり引っかいたり尾ではたいたりはもっての外。

 でも、仔ドラゴンたちにはそれが不満だった。

 彼らにとっては力こそが全てだ。

 だからこそ、じゃれついても小揺るぎもしないリムお兄さんを仔ドラゴンたちは尊敬している。にもかかわらず、ティオ様はひ弱な人間を大切にしろと言う。いや、ほんの毛筋ほども傷つければどうなるか、という迫力に満ちている。

 力に固執するからこそ、仔ドラゴンたちはそんなティオ様に逆らうことなどできない。

 それに、島に来てみれば、もう一人、怖い存在がいた。

 セバスチャンという名の人間の姿をした怖い強い何かだった。

 他にも幻獣は沢山いたが、仔ドラゴンたちよりも強くなさそうでいて、どこか敵わないと思わせた。

 特に、一角獣と小さな亀は別格だ。

 初見であれは無理だという格の違いを見せつけらた。

 多分、ティオ様の次に恐ろしいものだ。

 なお、セバスチャンは何か別の次元での怖ろしさを感じる。

 初めはシアンを侮っていた仔ドラゴンたちも、色々教えてくれて体験させてくれ、褒めてくれることに喜びを感じ始めた。

『リムお兄さんの一番手強い敵はなあに?』

 それは無邪気な問いだった。

 仔ドラゴンたちは憧れのお兄さん、強いリムお兄さんの敵はとんでもなく強いのだろうと想像した。

 予想通り、リムはきゅっとへの字口を急角度にする。

 あのリムお兄さんを力ませる対象だ。

 ごくり、と仔ドラゴンたちが生唾を飲み込む。

『菌なの!』

『……菌?』

『シアンに悪いことをする菌がね、体にくっついちゃうと、肩に乗れなくなるの!』

 一大事だ、とリムお兄さんは真剣な表情になる。

『英知に空気の膜を張ってもらわなくちゃならないんだよ!』

 リムお兄さんですら手を焼く存在だという。

 聞けば、英知というのは風の精霊王だという。

 仔ドラゴンたちが世界最強と憧れるリムお兄さんをして、精霊の王たる力を借りねばならぬ強敵、なのだそうだ。

 何にせよ、リムお兄さんは肩縄張りに乗れないのが重大事だという。

 ティオ様の威圧感はあの人間が呼ばうとすうと消え、更には絶妙な力加減でその人間の腹に顔をこすりつける。傍から見ても力加減をしているのが分かる。脆弱な人間によくよく気づかっている。

「シアン」である。

 リムお兄さんよりは大きい体のどこからも、力を感じない人間だった。

 ティオ様から言い渡されているので、シアンにブレスを吐こうなどとは露ほども思わない。ついうっかりはずみでブレスを吐いたり爪で引っかいたり、尾で払ったりしないように、細心の注意を払うべき人間である。

 丁寧に接してみれば、シアンという人間はなかなか付き合いやすい。

 まず、何よりティオを諫められる人間である。

 もう、これだけで仔ドラゴンの尊崇の念を集める。

 リムお兄さんが大好きな人間だ。

 シアンの肩はリムお兄さんの縄張りである。シアンはリムお兄さんと一緒に料理をして食べさせてくれた。

 そして、何より音楽。言葉にならないほど素晴らしい。心躍らせられるものだ。

 リムお兄さんはとても可愛い。そう思っていた。

「リム、美味しいね」

『うん!』

 輝くばかりの笑顔を浮かべた。

 シアンという人間と一緒にいる時はもっと可愛かった。

 いつもはしっかりしているリムお兄さんもあのティオ様でさえもシアンには甘える。

 何だか、ちょっと良いな、と思う。

 あとは、鼻ぎゅをして貰うのも良い。

 鼻ぎゅはリムお兄さんが鼻をちょんと突かれているのを見て、嬉しそうにしていたので自分たちもと強請ってやって貰うことになった代物だ。ただ、鼻ちょん自体は人間が触れた気はするが、良く分からない。

 しかし、これは気を付けなければならない。

 うっかり鼻息でシアンを吹き飛ばそうものなら……あな恐ろしや。

 なお、シアンは精霊の加護があるらしく、自分たちの鼻息で尻もちをつく程度が関の山だが、普通の人間ならば飛んでいく。

 でも、ついつい、鼻ぎゅをされると鼻息を漏らしてしまうのだ。

 してもらいたいけれど、傷つけるのは恐ろしい。

 ああ、悩ましい。



 リムにせがまれて鼻を突いたシアンに、仔ドラゴンたちは自分たちもしてほしいと迫った。恐る恐る伸ばされた手で鼻を突かれたが、はて、そんなに良いものだろうか。

『えー、人間、全く何をしたのかわかんないぞ!』

 人のせいにする仔ドラゴンに、いたずら心を出したシアンが鼻先を鷲掴みにする。

『鼻ぎゅだ!』

 リムがぴょんと垂直に飛び上がって破願する。

 鼻ぎゅをされた仔ドラゴン「ぴきゅ……」心もとなく鳴いた。ぴんと皮膜を広げ、尾を一角獣の角のようにまっすぐに突っ張らせる。

「ごめんね、痛かった?」

 半歩後退した様子を良く見ようとしたが、それは阻まれた。他の仔ドラゴンたちによって。鼻ぎゅされているのを見た他の仔ドラゴンたちが何なに、と鼻づらを寄せてくる。シアンに向けて。

『何、今の!』

『ぼくにもやって!』

『こっちも!』

 シアンは囲まれそうになる。子供と言え、巨大なドラゴンだ。シアンは取り囲まれて閉塞感を感じる。と、包囲網が解ける。

 ティオがするりとシアンの傍らにやってくる。グリフォンの鋭い睥睨にしおしおと仔ドラゴンたちが首を垂れ、潮が引くように後退る。

『シアン、他の子たちにも鼻ぎゅをしてあげて!』

『リム、その前にこいつらにちゃんと言い聞かせないと。シアンへの接し方を』

『みんな、シアンには優しくやさしーくしないとダメなんだよ!』

『はい!』

 かくして、シアンは複数ドラゴンに優しく接せられるようになる。

『みんな、順番を守るの!』

『『『『はーい』』』』

 ぴっとリムが片前脚を上げると、子ドラゴンたちも同じ仕草をする。

『はい、みんな一列になってね~。最後尾はこっちだよ!』

 九尾が列整理を行う。

 シアンは目の前へおずおずと進み出た仔ドラゴンに苦笑する。傍らではティオが控えて睨みを利かせている。

『いつもの通りにゃね』

『仔ドラゴンたちは長じたら光の精霊と闇の精霊の加護を持つドラゴンに従うでしょうねえ』

 彼らは大地の精霊の加護を得たグリフォンの尋常ではない覇気や水の精霊の加護を得た一角獣の途轍もない突進を目の当たりにしたドラゴンだ。通常のドラゴンとは一線を画する。

『とりあえず、大人になっても鼻ぎゅをされたがりそうですね』

「変なことを教えちゃったなあ」




リムの難敵は2章から既出でした。

大抵のことはシアン絡みです。


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