12.魔獣討伐の余波 ~吸って、吐いて、吸って、吸って~
幻獣が傍にいないのは珍しい。特に、街中でもセーフティエリア内でもない場所では。
心配してばかりいてもしょうがないので、風の精霊に教わりながら、木の実や薬草、キノコを採取していく。
そうこうするうち、粗方狩りを終えて戻ってきたティオの背に乗り、念のため、周辺を一巡りした。
街道の上を飛びながら、昼が近いな、と太陽の位置を確認した時のことだった。
森の隙間から女性が転がり出てくる。
「ティオ、降ろしてくれる?」
『何かから逃げてきた可能性があるので、これ以上驚かせないよう、後方に降りましょう。シアンちゃんが声を掛けている間、他の者は周囲の警戒を』
『あっちで気配がするよ。人と魔獣と』
シアンの依頼に九尾が詳細に補足し、リムが南西の方を前脚で指し示す。シアンには皆目分からないが、差し迫った危険がありそうだ。
『じゃあ、シアンを降ろしたら、ぼくはすぐにあちらに向かうよ』
『ぼくも行ってもいい?』
先ほどの失点が頭にあるのか、シアンとティオ、九尾を見渡す。
「うん、行ってくれる?」
『そうだね、他にも近くに気配があるし』
『リムなら狭いところも速度を落とさず抜けられるから適任だね』
口々に頼りになるのだと言われ、リムが頑張る、と気を吐く。
ティオとリムを見送り、シアンは年配の女性に近づく。よほど急いで走ってきたのか、腰をかがめて膝に両手をついて息を整えている。
「大丈夫ですか? どうかされましたか?」
なるべく穏やかに聞こえるように声をかける。それでも、体を大きく跳ねさせ振り返る。
「僕は冒険者のシアンです。最近エディスに来ました」
「ぼ、冒険者! 出た、出た!」
元々はっきりした目鼻を大きく膨らませてあわあわと言う。
「落ち着いてください。ゆっくり深呼吸して」
泡を食って喚く女性に腕を掴まれた。肉付きの良い背中を摩りながら落ち着かせようと努める。
「あっち、あっちにおっきな何かが」
「そう、大きなものが出てきたんですね。他にお連れの方はいますか? 何人ですか? ああ、深呼吸してからでいいですよ。吸って、吐いて」
『吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って、吸って』
九尾が茶化す。それでは吸いすぎて破裂する。幸い、九尾の声は女性には届かず、きゅっきゅという鳴き声だけが聞こえているだろう。
「あっち、あっちの方で急に何かおっきいのに襲われて。村から一緒に来た親子と逸れちまって。私よりもっと若いお母さんと小さい兄弟の三人さ」
「そう、三人ですか。英知、ティオとリムに伝えて」
後半は小さく呟いた。慌てて息を切らす女性には聞き取る余裕はないだろうが、もし聞かれたとしても、固有名詞ばかりなのでごまかせる範疇だ。遠話のスキルと同じく、風の精霊が詳細を伝えてくれる。
「あ、あんた、冒険者だってね。戦闘はできるかい? あっちの森の中で分かれた親子がいるんだよ。街道を歩いていたら急に襲い掛かって来られて、荷車を押し付けて逃げ出したんだけど、途中で逸れちまってね」
ようやく荒い息が収まってきて、他の同行者のことが心配になったのか、顔色を青くしながら、シアンに縋りつく。
『おや、もう帰ってきたみたいですよ』
シアンもこんなに早く? と言いたいところだったがそれを言ってしまえば目の前の女性の不安を煽る。
「大丈夫ですよ、落ち着いてください。僕の同行者が助けに行っています」
シアンの言葉よりも、がらがらと車輪が軋みながら道を進む音に気付いて、身を翻す。
「なんだい、あれ!?」
中空に浮かんだティオが後ろ足で持ち手を掴み、荷車を引いている。時折羽ばたくらいで翼は使わず、魔力を用いて人の歩み程の速度で進んでくる。荷車は車輪を地面につけている。前足で物を掴むのは何度となく見てきたが、後ろ足で掴んでいるのは初めて見る。人間が持ち手の枠内に入って荷車を引くが、ティオの巨躯は入らず、かといって、前足で掴んでは、荷車に人が座れないためにそういう運び方になったのだろう。
荷車には女性が話していた子供たちと思われる人物が二人乗っている。ティオをまじまじと凝視していてこちらに全く気付いていない。隣を歩く若い女性が彼らの母親だろう。シアンの傍らの女性に気づいて駆け寄ってくる。
「ニーナさん、無事ですか?」
「イレーヌちゃんも! シリルちゃんもエディちゃんも無事かい?」
手を取り合って涙ぐむ。
イレーヌはうりざね顔に細い眉が眉尻へ向けて下がっており、細い首をしている。ニーナよりも背が高いが、体の肉付きでは圧倒的に負けている。
「キュア!」
ただいま、とリムが飛んできてシアンの肩に乗る。
「そ、それ、何だい?」
ニーナがリムにも驚く。
「この子とあっちの大きい彼が助けてくれたんです」
ニーナがイレーヌと呼んだ小さな兄弟の母親だろう女性がリムとティオを指し示す。そこには感謝に絶えない様子があった。
ティオが静かに荷車の握りを離し、しかし、シアンの傍にいる女性二人に気遣ってか、やや離れた場所で佇む。
「凄かったよ、一撃で狼が吹き飛んだ!」
「それでね、僕たちを荷車に乗せてくれて、引っ張って来てくれたんだよ!」
兄が口早に喋るのに続けて弟も興奮して話す。
「僕がね、木の枝で狼を追い払おうとしていたんだ。お母さんが木の根につまずいて、エディが放り出されちゃったの」
弟がエディ、ということは兄がシリルだろう。
シリルは小柄だがはしっこそうで、弟は輪をかけて小さく肉付きの薄い体形をしている。
「そこをね、白い小さい子が飛んできて空で捕まえてくれたんだよ」
「こんなにちっちゃいのに、すっごく力持ちで、エディを抱えて飛んだんだよ!」
「そのまま、荷車のところまで運んでくれたの」
「荷車のところにはニーナおばちゃんが戻っていなかったんだけど、白い小さい子が僕も持ち上げて載せてくれて、おっきい子の方が曳いて運んできてくれたの」
兄弟が交互に話す。交代で話す取り決めであるのだろうか。息継ぎがスイッチなのかと思いきやそうでもないらしい。
「おっきい子も力持ちだね!」
『おばちゃんの説明よりわかりやすいですなあ』
九尾のせいで感動の再会、美しい救出劇が台無しだ。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
気にせず、シアンは出会った者たちを見渡す。
「ちょっと擦りむいたくらいで、あたしは何ともないよ」
「エディ、疲れていない? 熱はないようね」
イレーヌがエディの額や首筋に手を当て具合を確認する。
「平気だよ!」
頬を紅潮させて答えるのに微笑み、兄の方へ眼を向ける。
「シリルは?」
「僕も何ともないよ」
兄弟の元気そうな様子に母親が息をつく。
「イレーヌちゃん、子供らが心配なのはわかるけど、あんた、自分のことも気にかけてやんなよ」
「私は大丈夫です。あの、この動物の飼い主の方ですか? 助けていただいて、本当にどうもありがとうございました」
心配するニーナを他所に、イレーヌがシアンに頭を下げる。
「彼らは幻獣で僕の友人です。僕は冒険者のシアン。グリフォンがティオで白い小さい子がリム、こちらの白い狐がきゅうちゃんです」
「グリフォン?!」
「本当? わあ! これがグリフォン?」
グリフォンという言葉に兄弟が目を輝かせ、女性陣が頬を引きつらせる。何かまずかったのか、と戸惑うシアンに年配の女性が慌てて笑って取り繕う。
「いやね、伝説とも言われているグリフォンをこの目で見る日がくるとは思わなくてね。それにしても、おっきいねえ」
この兄弟を荷台に乗せて驢馬で街道を歩いていたのはエディス近隣の農村で暮らすニーナはよく街へ農作物を運ぶのだそうだ。驢馬は狼の餌食となった。代わりに、ティオが曳いてきたのだという。
「ティオ、後ろ足でも掴めるんだね」
見上げながら聞くと、前足よりも掴みにくいけどね、と返って来る。
『地面も岩場も柔軟に掴み、かつ強靭に蹴りつける後ろ足ですからね。荷車を曳くくらいは簡単なものでしょう』
当の本人よりも詳細に九尾が語る。
『前よりも器用になった気がする。それも雄大の君のお陰かな』
『ティオ、すごいね!』
シアンの傍らで三頭の幻獣が鳴き声を上げる。
「あんた、この子たちが何を言っているのか判るのかい?」
親子の様子が大丈夫そうだと判断したニーナがシアンに近づいて来る。
「はい。といっても、僕はテイマーや召喚士ではなくて料理人なんですが」
「何言ってんだい。こんなに強そうな幻獣たちに友だちだと認められたんだろう? 胸を張りな!」
ニーナがシアンの背を叩く。勢いがあってつんのめりそうになったが、幸い、肩に乗ったリムが転がり落ちることはなかった。
ニーナは威勢と気の良い人、という印象を受ける。
驢馬を失ったことは痛手ではあるものの、全員無事で荷車の農作物が残っていたことを喜んだ。襲撃に遭って潰れたり売り物にならなさそうなものを食べさせてくれた。
「キュア!」
リムが目ざとくトマトを見つけた。
「おや、リムちゃんはトマトが好きなのかい? いいよいいよ、それもお食べ。おばちゃんが大地の精霊様にたんとお祈りして作った初物だよ!」
ニーナは自分のことはおばちゃんと呼んでくれと言った。
『おお、まさしく、おばちゃんだったのですね。きゅうちゃん先見の明!』
奇しくも、九尾が呼んだ通りの呼び名だった。
『おばちゃん、美味しいよ!』
リムはティオ程でもないがやはり初対面の人間には警戒する。しかし、可愛がってくれていたカラムと同じく農業を営み、好きなトマトをくれ、九尾がおばちゃんと呼んでいることから、素直に口にする。
「そうかい、美味しいかい。頑張って作って運んできた甲斐があるってものさね」
会話が成立しているが、せっせと食べながら、元気よく鳴く様から察することは容易だ。
自分もティオと出会った当初はこんな感じだったな、と想起する。
助かった後の弛緩した空気が流れている時だった。
草むらを揺らして暗緑色のものが飛び出てきた。色合いから草から草が吐き出されたようにも見えた。
一メートルほどの直径の緑の太陽の姿をしたものだ。薄い円状の体から四方八方に広がった二十四本もの触手を持つ巨大なヒトデが近づいて来る。触手をくねらせ、ビロードのような柔軟な表皮が木の根や石といった障害物をうねりながら上り下りして突撃してくる。
地に着いた足から何かが這いあがってくるかのような光景である。瞬間的に驚きはしたものの、シアンは取り立てて慌てはしなかった。
「ひぃっ!」
「っ!」
「な、何、あれ?!」
「き、気持ち悪いよ」
ニーナやイレーヌ親子は各々悲鳴を上げ、息を飲んだ。
ニーナがあたふたとヒトデから少しでも距離を取ろうと野菜を放り出し、イレーヌはエディを抱きかかえ、シリルの手を掴んで駆けだす。二人も連れてはヒトデの速度に適わない。固まって動きが鈍いので獲物に定められたのか、地面を無数にある管足でみるみるうちに距離を詰められる。触手が蠢き草や小石を払う音がすぐ傍で聞こえ、気配がしているだろうに、イレーヌは子供たちを離さなかった。
「ティオ、リム!」
ティオが助走もつけない跳躍でヒトデを間合いに捉える。一蹴りで吹っ飛んだ。
イレーヌが走るのを止めないまま振り向く。間近にティオがいることに驚いて足がもつれた。その場に座り込む。シリルも釣られてしゃがみこんだ。エディは母親の胸に顔を埋めている。
「大丈夫ですか?」
シアンが駆け寄って手を出しても、荒い息をつきながら子供を離そうとしなかった。




