49.ドラゴンのお兄さん1 ~黒い陽炎を纏うグリフォン/お兄さんについて~
魔族の国インカンデラの西の地は長らく荒れ果て乾いた土地だった。強力な魔獣や非人型異類が跋扈し、植物も乏しい場所で、およそ人が住むに適したものではなかった。
しかし、翼の冒険者の誘導で異類排除令から逃れて来た異能保持者たちは、そこに緑野が広がり、緩やかに大河が流れ、数多の動植物が穏やかに暮らす光景を見た。
そして、荒地が豊かになり、育成に適していると、ドラゴンたちが仔ドラゴンを連れて来るようになった。ドラゴンは時に魔獣と称され、時に幻獣と称される。場合によってはとても好戦的であるが、高度知能を持つので人と交流した伝説も残っている。
仔を持ったドラゴンは神経過敏となり、非常に危険な存在となる。
そんなドラゴンは荒地で人間の集落には近寄ってはいけないと子供たちに言い含めていたが、だからこそ、度胸試しとして接近してみる仔ドラゴンが現れた。
平原の中ほどを探検することを好む仔ドラゴンたちはそこでとても小さいドラゴンと出会った。
初めはドラゴンの中でもそう力がある種ではないなと思ったが、途轍もない力と優れた知能を持っていることにすぐに気づいた。
そのドラゴンは小さいものの、仔ドラゴンたちがじゃれついても平然としていられる強靭な肉体を持ち、何よりとんでもない魔力の持ち主だった。
そして、仔ドラゴンたちに色々遊びを教えてくれる。すぐに懐いた。
住まいである山脈を風に乗って下りる。期待を込めて待っていると、人間の集落がある方から覚えのある気配がみるみる近づいて来る。
『リムお兄さんだ!』
今日は何をして遊んでくれるのか、仔ドラゴンたちは浮き立った。
リムは以前、魔獣の雛を見つけ、飛び立つことができるようになるまで面倒を見たことがある。
その時、必要以上に手を貸さない方が良いと言われたので、横目で見ながら懸命に堪えた。雛ときたら、危なっかしいのだ。はらはらした。でも、シアンと約束したのだ。そのお陰か、雛は早々に飛ぶ力を得て去って行った。
その時のことを思い出す。
懸命にした見て見ぬふりは、今回はしなくても良いだろう。
だって、相手は同族なのだ。種類は違うも、生態系の頂点に立つ。
幼児とはいえ、ドラゴンである。
大きくて狂暴だ。
そこへリムが混じる。幼児たちがはしゃいでじゃれつき、もみくちゃにされる。シアンが見れば、小さい体がいとも簡単にひきさかれそうでさぞかし気を揉むことだろう。
「キュアッ!」
リムが鋭く一喝する。
『はーい!』
ふざけるのをやめて片前足を掲げる。リムがそうするのと酷似していた。リムもまたシアンの物言いを真似た。そうやって模倣することで様々に覚えていくのだろう。
狂暴かつ他者の意見に耳を貸さないドラゴンの子供に、普段から言い聞かせていた。
『みんなで仲良くしなくちゃダメだよ!』
『みんなで仲良く?』
仔ドラゴンが小首を傾げる。
『そうだよ。さっきみたいにみんなで一緒に遊んだでしょう?』
『遊ぶ!』
ぱっと笑顔になる。
可愛いものである。
新たな遊び場は今まで見たことのない平地の豊かな場所だった。そこへリムお兄さんは毎日来るのではなく、一日中いることはまずない。
『シアンが目を覚ます時間だから、帰るね!』
と言って、いそいそと行ってしまうのだ。
「シアン」というのが一日中いる時はやって来ない。
いない日は長居していっぱい遊んでくれることもある。
でも、仔ドラゴンたちは「シアン」がいなくなれば良いなんて思わない。
何故なら、リムお兄さんが「シアン」がいない日はしょんぼりしているからだ。いつも元気で素早く移動するのに、その日はどこか力がない。
それに、ティオ様だ。
何度かリムお兄さんと一緒に来たことがあるグリフォンから、「シアン」と会った時の心得を諄々に説かれたのだ。
あのグリフォンはやばい。
逆らうなど、もっての外である。
背後に覇気がゆらめいている。それは仔ドラゴンたちには禍々しく映った。翼はあれど、自分たちの皮膜とは違う羽毛に覆われている。あの翼と甚大な魔力で、逃げてもすぐに追いつかれることは想像に難くない。
『あんなの、俺が知るグリフォンじゃない!』
『あの威圧感ったら!』
『後ろに黒い陽炎が見える!』
そのティオ様もリムお兄さんは強いと認めている。英知溢れるドラゴンだ。
お父さんとお母さんがしばらくは昼間は平地へ遊びに行っても良いよ、と言ってくれた。
新しい遊び場だ!
どんな所だろう。何があるのかな、とわくわくしていた。
空気が澄み、清浄な魔力が漂う心地よい場所だった。少し前までは荒涼としていたそうだが、川や湖ができて草木が生え、それを食べる動物とその動物を食べる動物がやってきて賑やかだった。
そこで会ったのがリムお兄さん。
リムお兄さんの一番の特徴は小さい。
ぼくの体中を見回って最後には口の中を覗き込んで、大きいねえと言いつつ、勢い余って中に入って来ちゃった。
ついうっかり飲み込みそうになったけれど、出来ちゃう大きさなんだよねえ。
あと、リムお兄さんは元気。
いつも楽しそうにあちこち覗き込んだり、歌を歌いながら頭や尻尾を振ったりしながら飛んでいる。
狩りをしたり、獲物をそのまま食べずに人間がするみたいに捌いたり、料理をしたり、小さな短剣や三叉の棒で食べる。
リムお兄さんは狩りが上手い。
小さい体を活かして対象を翻弄するし、豊富な魔法を使う必要がないくらい素早く動いて仕留める。力もとても強い。たぶん、お父さんの何十倍もある。だから、狩りもあっさり終わっちゃう。
リムお兄さんは頑丈だ。
前にじゃれついた時についうっかり噛んだり引っかいたり尾ではたいてしまったことがあるけれど、全く平気そうだった。
でも、大分後になってリムお兄さんが良く話してくれたシアンという人間がそれを見て悲鳴を上げて尻餅をついて驚いた。
人間は弱いな、と思っていたら、ティオ様がゆらりと前へ出て来てしこたま怒られた。
ものすっごく怖かった。
あまりに怖くてちょっと漏らしちゃったのは秘密。
泣いちゃったのは隠しようがなくて、でも、お陰で人間がとりなしてくれたので、ティオ様のお説教は途中で終わった。
本当に怖くてものすごい威圧感でぺしゃんこになりそうだった。
リムお兄さんと遊ぶのは良いけれど、人間は繊細でか弱いのだから、大切に大事に扱わないといけない。特に、リムお兄さんの肩縄張りを持つ人間には。
リムお兄さんはあの人間の肩は自分のだと言っていた。だから、ティオ様もあまり触れないんだそうだ。
すごいな、リムお兄さんはもう専用縄張りを持っているんだね。
なんかね、精霊認定なんだって!
そう、リムお兄さんは精霊の加護を持つんだよ。
もう世界最強だよね!
でね、その精霊にもたまに、ほんのちょっとだけなら縄張りを貸してあげるんだって。
精霊が大好きだからね、って人間に言われて、うふふ、って笑っていたリムお兄さんはちょっと得意げだった。
リムお兄さんは肩縄張り人間とティオ様がとっても好きだ。
ティオ様もリムお兄さんと肩縄張り人間がとても好きだ。
だから、この世であの人間は一番大切にしなくちゃいけない。
ティオ様が怒ったら大変だからね。きっと地面が割れちゃう。
その人間はとても綺麗な音を出す。リムお兄さんとティオ様と一緒に楽器を弾くととても楽しい気持ちになる。眠る時は静かな音をたててくれて、いつの間にか気持ちよく眠っている。
リムお兄さんがその人間にブラシをして貰っているのを見て、ぼくたちもしてほしいなって思ったから、今度、他の人間に頼むことにした。
だって、リムお兄さんの肩縄張り人間にお願いしたら、ティオ様に怒られちゃうもの。
リムお兄さんはとても頭が良い。
魔族の言葉が書けるんだ。そして、ぼくたちにも教えてくれたんだよ。
ぼくたちの名前、両親の名前、兄弟の名前、そしてリムお兄さんとティオ様の名前も書けるようになった。リンゴ、トマト、肉、と色んな言葉も覚えたよ。
それともちろん、シアン。
これを忘れてはいけない。リムお兄さんの一番好きな人間の名前。
あとはタンバリンとか太鼓とかピアノとかバイオリンとかも。
脈絡なく色々教えてくれた。
リムお兄さんはキノコや薬草にも詳しい。
前にすっごくお腹が痛くなったことがあって、リムお兄さんが山へ行って薬草を採って来てくれた。これを島に戻って薬にしてきて貰う、と言ったんだけれど、そんなの間っていられなくて、そのまま食べた。しばらくしたらじんわり効いて来たんだよ!
すごいなあ。




