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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
587/630

47.成獣の祝い(第二回編)   ~食べられちゃった/喧嘩しても仲良し~

 

 アベラルドが転移陣を踏んで闇の神殿に戻る際、幻獣たちがあれもこれもと土産を持たせようとした。

 あまりの分量になったため、麒麟が送りがてら、一旦マジックバッグに収納して闇の神殿へ行くことになった。

 恐縮しきりのアベラルドに、幻獣たちはまた来てくれとせがんだ。美しい湖や浜辺、山を散策しようと誘った。

『自分もカランも人の里で衰弱していたの。でも、生きていたからこそ、こうやってみんなで楽しいことをすることができるの』

 ユエが胸を張る。言外に、良く辛抱して生き伸びたという意味合いを受け取り、アベラルドは自分が存在していることを純粋に喜ばれ、何とも言えぬ心持になる。

 シアンの現実世界との折り合うことから、精霊と魔神たちの宴は翌日に行われた。

 忙しないかと思ったが、幻獣たちは準備も楽しんだ。

「メニューは変えた方が良いかな?」

『えぇー!』

『美味しかったから同じものが良い!』

『また食べられると思ったから、人間たちに遠慮していた!』

 そういうことならば、と同じメニューを料理する。

「アベラルド聖教司が先の宴に呼ばれたのに、どうして俺がこっちなんですかねえ」

『魔神どもとの橋渡しだ』

 招待客の一人であるはずのディーノはお茶会と同じく先んじてやって来ていた。セバスチャンの指示である。

『ディーノ、道具作りの相談があるの』

『ユエ、宴の準備があるのだから、後にせぬか』

「じゃあ、後で伺いますね」

 ユエが早速捕まえ、鸞に諫められ、ディーノに約束を取り付けた。

『カラムからまたワインを貰って来たよ』

『水明が喜ぶ』

 ティオが両前足に掴んで運んできたワイン樽二つを覗き込んで一角獣が莞爾と笑う。

 そうこうするうちに、招待状の刻限になり、続々と魔神がやって来る。

『こやつのことは捨ておいてくださいますよう。下級神にしましたので、今後より一層使ってください』

 梟の王と談笑している際、ディーノのことが話題に出て、何でもないことのように言われる。

 シアンは絶句した。

 友人が神になっていた。

『なんだ、じゃあ、こちらの宴で良かったんじゃない』

 一角獣が蹄で地面を掻く。

『魔神も人から人ならざる者になったゆえな』

『古来から、神が人を神に引き上げる神話はありますからね』

 鸞と九尾はそうは言うも、シアンは懸念を抱かずにはいられなかった。

「ええと、大丈夫なんですか?」

 人の身に余る力を得れば、不調も出るのではないだろうか。

「ええ、まあ。普段と変わらないですよ」

 もとより、ディーノはシアンといち早く接触している。シアンはその後に闇の精霊の加護を得ていた。そのため、梟の王から分不相応な力を貸与されていた。

 異類排除令といった人の世の騒乱が起き、今までよりも一層花帯の君に尽くせと下級神に封ぜられたのだ。

「そういえば、トリスのお店はどうなっているんですか?」

「今は他の者に任せています。俺はカノーヴァで店を持っています」

 島から得た産物はディーノを通して流通させている。店を持つに至った様子だ。

 よろず屋を営む下位神か、と思っているとリムが声を上げる。

『じゃあ、ディーノもお祝い!』

 リムがぴっと片前脚を上げる。

『黒白の獣の君の成獣と共に祝われるなどと!』

 梟の王が悲鳴じみた声を上げる。

『ある意味、魔神たちよりもリムにとって身近な存在ですよね』

『ディーノ、神様になったら、もうこの島に物品をもってきてくれないの?』

『流石に気軽に頼めないにゃね』

「いいえ。そちらは今まで通り伺いますよ」

『それは有り難いですね』

『ディーノもお祝いだね』

『……』

『おめでたいねえ』

 幻獣たちが我がことのように喜ぶ。

『ディーノ、おめでとう』

 ティオに悠然と寿がれ、新しく神となった男は自然と膝を折り、首を垂れた。

「ありがとう存じます」

 幻獣たちにきゃっきゃきゅあきゅあきゅぃきゅぃきゅっきゅと囲まれる。

 便利使いしようとした梟の王が切歯扼腕したとか。



 闇の上位神は茶会に招いたことがある。

 二度目の招待はそれほど緊張せずに済んだ。

『もうね、リムが「××の王へ 〇月〇日、宴を開きます。来てね! りむ♡」ってシンプルな文面で招待状を出しても喜々として駆け付けてくれますよ』

「それだったら、転移陣でかち合うかもしれないよ?」

『いや、それも重要な事項ではあるが、まずはそこではなかろう』

 九尾の冗談口に返すシアンに、鸞が呆れた眼差しを向ける。

 鸞が作法に則った文面を考え、わんわん三兄弟が清書した招待状を携えた者たちが揃った。

「みなさん、リムの成獣の祝いに来て下さってありがとうございます。英知、雄大、稀輝、深遠、水明、廻炎、いつも本当にありがとう。今日は楽しんで下さると幸いです」

『『『リム、おめでとう』』』

『『『おめでとう存じます』』』

「キュア!」

 そうして、二回目の宴が始まった。

 一回目と同じく、庭にテーブルと椅子を配置する。

 シアンは庭に置いたイスに座って黒い楕円形の深遠を膝に乗せた。肩から腕を伝ってきたリムが深遠の上に前足を乗せる。

「リム、深遠の上に乗るの?」

「キュア!」

 弾力がある黒い球体はリムの半放射線状に開いた指を受け止めても痛そうには見えないが、一応、確認してみる。

「ええと、深遠、大丈夫?」

『うん!』

 どんと来い、なニュアンスの返事だ。

 リムは深遠の上で丸くなる。艶やかな球体は中央を少しへこませ、リムが座り良い形をとっている。リムは具合よい体勢を取り、時折シアンを見上げてへの字口を横に伸ばして緩める。

 シアンはリムと深遠を撫でながら微笑み返し、麗らかに注ぐ日の光やそよぐ風が頬をよぎるのを楽しんだ。

『全魔族が列をなして拝跪しそうな光景ですな』

『いや、五体投地は確実だ』

『全く。麗しいの一言に尽きます』

 魔神たちは恍惚の表情になる。傍らのティオが似た表情で眺めていた。

 セバスチャンは給仕役をする。これほどにぎやかで楽しく過ごすことができるなど、この島へ来るまでは考えもつかなかった。

 昏くじめついた狭い空間で鬱々と同じ思考を何度も何度も擦り切れるほどに辿り、何かがじわじわとすり減っていくのに元の強靭な精神が耐性を備えていて、だから狂ったままでずっと保っていた。そのくせ、僅かの刺激で周囲に黒煙のような瘴気をまき散らすほどの怨念が渦巻いていた。

 彼に取って眩いほど輝かしい存在と接することができるようになるなんて、思いもよらなかった。

 リムが闇の精霊を抱えて料理が乗ったテーブルに飛ぶ。自分で移動できるという闇の精霊に、連れて行ってあげる!と意気揚々としている。行って帰って来る着地点はシアンの膝の上である。ちゃっかり闇の精霊の上に陣取り、ドラゴンはご満悦だ。

 シアンは苦笑しながら闇の精霊とリムを撫でた。

 魔神たちは料理とともにリムとのおしゃべりを楽しむ。

『ぼくね、シアンに食べられちゃったの!』

『えっ……』

 短い声を漏らした後、絶句する。一斉に視線を向けられて、シアンはいたたまれない気持ちになる。対してリムはとても良いことだとぴっかぴかの笑顔である。

『黒白の獣の君が花帯の君に、ですか?』

 常に仲の良い様子を見知っているだけに、リムの言葉の真意を測りかねる。

「ちょうど他の方と話している最中に、リムが肩の上で動いたんです」

 それはいつものことだったのでシアンは気にしなかった。だが、ふとした拍子にリムが上半身を上げ、前足をシアンの顎に掛けた。少し勢いが余り、唇に触れる。話す勢いも急には止まらず、そのため、唇でリムの指を挟んでしまう。

 そう説明するも、どんぐり眼になったリムはどこか嬉し気に言う。

『食べられた!』

「違うよ。食べようとしたんじゃないんだよ」

『これは純粋な事故でしょうねえ』

 九尾も茶化さない。しかし、リムは喜色満面で食べられたという。

 なぜ、嬉しそうなのか。

『ぼくね、シアンに食べられそうになったの! ぼくがシアンの口に足をおいたらね、ぱくっと!』

『なるほど』

 うふふ、と笑うリムを魔神たちが目を細めて眺める。シアンは肩身の狭い思いでいた。

『リムはシアンちゃんに食べられると嬉しいんでしょうかねえ』

『あは。リムはシアンにされることは何でも嬉しいんだよねえ』

 それもどうなのか、と思わないでもないシアンだった。



 リムは魔神たちが好きである。

 色々良くしてくれるということもあるし、シアンを大切にしてくれるというのもある。例えば、こんなことがあった。

 話しているうちに、九尾のしでかしたことを思い出し、リムの中で怒りがぶり返した。

『もう、きゅうちゃんは! 仕方のないきゅうちゃんなんだから!』

 すると、魔神たちは同調せず、おろおろしたり宥めようとしたりした。中にはそっと九尾を擁護する者までいた。

『しかし、リム様、九尾様は何も悪気があられたのではないのでは』

『さようさよう』

『きっとちょっとした悪戯心ですよ。リム様とそういったコミュニケーションを取るのがお好きなのでしょう』

『そうです。意地悪といったのではなく、からかってやろうと思われたのでは?』

『リム様にお相手してほしかったのでしょう』

 言い募られるうちに、リムもそうかな、という気持ちになって怒りの矛先を収めた。

 魔神たちは闇の上位神だけあって敏い。光の属性を持つ九尾のことも、精神を司るだけあってその性質を良く見抜いている。

 何より、リムが何だかんだ言っても九尾のことを好いていることを知っていた。つい先ほどまできゅうちゃんが、きゅうちゃんと、きゅうちゃんに、と様々に語っていたリムである。分からないでか。

 リムの愚痴に乗じて九尾をバッシングしては不興を買うことも知っていた。

 なお、魔神たちに宥められて気持ちを持ち直したリムは、様子を窺いに来た九尾にともに茶菓を食そうと誘った。

 ちょっとやりすぎたかな、と反省していた九尾はリンゴを用いた茶菓をそっとリムの皿に乗せてやり、リムはへの字口を横に伸ばして尾を振っていた。

 その様子を魔神たちは莞爾と眺めた。

 さて、今回は茶会ではなく、リムの成獣の祝いだからといって、魔神たちは大量に贈り物を残していった。

『わあ、蜂蜜だ!』

『木の実と混ぜて固まらせると美味しいんだよね』

「パンケーキやアイスクリームにも掛けよう」

『カカオだ!』

『チョコレート、作ろう!』

『リム、リンゴのお酒があるよ』

『こっちはワイン』

 贈り物を開けるのも楽しんだ幻獣たちだった。



今明かされる事実、パート2。

ま、まあ、下級神ですし。

あと、一度、ハートマーク使ってみたかったんです。

最後だからって好き放題して済みません。


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