46.成獣の祝い(第一回編) ~君が言う?1/怯える理由~
幻獣のしもべ団やカラムたち、ジョンの一家を宴に招待したのは、流行り病や天変地異の際の物資支援や、異類排除令の異類移送で尽力してくれたことへの謝意も籠めていた。彼らは幻獣たちを好いている。彼らと共に宴会をすると喜んでくれるのではないかと思ったのだ。
「今日はカラムさんたちやジョンさんたちが丹精してくれた野菜や果物、乳製品をふんだんに使って幻獣たちと料理したんです。楽しんでいってくださいね」
普段は幻獣のしもべ団らは出入りを控えている館の敷地内、広々とした庭にいくつも長テーブルとイスを配置した。何カ所かに分けて料理を置いたテーブルがあり、自由に好きなものを皿に盛って食べる方式だ。
ジョンの息子とスタニックとノエルは仲良くなった様子で、幻獣たちの姿や料理に目を輝かせている。幻獣のしもべ団団員も間近で幻獣を目にして高揚している。
「こんなに大量の料理を作るのは大変だっただろう。有り難く頂こう」
マウロはシアンの労いを理解していたので、遠慮なく団員を連れて来ていた。
「いえ、幻獣たちと楽しく作りました。それに、クロティルドさんたちからも料理の差し入れを頂いたんですよ」
「ああ、朝からうちのと一緒に作っていたみたいだな」
ジョンはその妻がごっそりと乳製品を持って行ったと苦笑している。
「わしはワインを持ってきたから、みなで呑もう」
カラムの言葉に幻獣のしもべ団が沸く。人手が足りない時には農場や牧場を手伝っているしもべ団だ。こちらも労う気持ちがあるのだろう。
『シアン様、アベラルド様をお連れしました』
セバスチャンが闇の聖教司を案内して来た。彼は大陸西の南端から船に乗って昨日やって来た。登録を済ませた転移陣を踏んで帰る予定だが、折角なのだから島のあちこちを案内したいと幻獣たちが言い、時間を作ってまた来てほしいとせがまれていた。なお、子犬三匹に変化したと聞いていたケルベロスを、実際目にして思わず涙ぐんでいた。
『神獣といえば、信仰の対象。それがこうなるか!って感じでしょうねえ』
『『……』』
九尾の言葉に鸞とカランは思わず沈黙した。発言内容には同意するも、お前が言うな、というところか。
「いいえ。いいえ。こうして元気なお姿を拝見できてとても嬉しく思います。レンツ様より健やかにお過ごしだとは伺っていましたが、この目で見ることが叶うなどとは」
さて、そんな感激しきりのアベラルドはセバスチャンの前身を知らない。船の手配を行ってくれた上、船着き場で迎えてくれ、館に案内してくれた家令と名乗る男こそが前魔神だとは知らない。
それを悟った幻獣たちは素早く目配せし合い、黙っておこうと決めた。刺激が強すぎるだろう。
『アベラルドは大変な目に遭ったばかりだもの。これ以上の心的負担はかけたくない』
麒麟の言に、全員が頷いた。
彼らは麒麟やリムに人となりを聞いていたが、実際に会ってみて一目で気に入った。
アベラルドは鸞とも何度か会っていて、その際に話したことを自分なりに調べて伝えた。鸞も興味津々で二人で話し込んだ。
普段から闇の神殿へやって来る子供たちに良くしているせいで、絵本の読み聞かせが上手で、幻獣たちにあれもこれもとせがまれていた。
「アベラルドさん、こちらが自由な翼を纏めるマウロさんです。こちらがカラムさん、ジョンさんです。この島でカラムさんは農場を、ジョンさんは牧場を営まれています」
「マウロさん、いつぞやは助けて頂き、ありがとうございます。カラムさん、ジョンさん、いつも美味しいものをありがとうございます」
「いや、俺たちは殆ど何もしていない。遠出できるまでに本復できて何よりだ」
「わしらの作る栄養たっぷりの野菜や果物、乳製品を食べていれば、すぐに良くなるだろうて」
「そうそう。ここではいっぱいできるから、またシアンに渡しておく。子供たちが良く遊びに来るんだって? みんなで食べてくれよ!」
「本当にありがとうございます。子供たちもいつも美味しいと喜んでいます」
『シアン様、開会のお言葉を』
セバスチャンが恭しく促す。
「え、僕が?」
「当たり前だろう」
ジョンが呆れた表情になる。
「まあ、そんなに難しく考えずに、来てくれてありがとうくらいで良いだろう」
「そうそう。長いスピーチをされると、料理が冷めてしまうしな」
それは確かに、とシアンは思わず噴き出した。
一歩前へ出て参加者を見渡した。
年齢性別、髪の色も出身地も様々な者たちだ。
「リム」
「キュアー」
呼べば、ついと弧を描いてやって来る。
セバスチャンがグラスを銀のスプーンで軽く弾いた。澄んだ音が一同の注意を喚起する。
「みなさん、先だっての流行り病や凶作への物資調達や流通に協力して下さり、ありがとうございます。少し遅れてしまいましたが、今日はリムの成獣の祝いです。いつも力を貸して下さるお礼に、幻獣たちと料理を作りました。楽しんでいってください」
「キュア!」
シアンの肩の上でリムがぴっと片前脚を挙げる。
どっと歓声が上がった。
「「「「「リム様、おめでとうございます!」」」」」
そうして宴が始まった。
『スタニック、ノエルにきゅうちゃんは怖くないよって、言ってやって』
将を欲すれば馬を射よとばかりに弟の世話を焼く兄に九尾が話しかけた。
「いやだあ!」
料理に夢中になっていた弟がさっと兄の陰に隠れる。
「ノエル、そんなことを言っちゃあ駄目だろう? ほら、仲よくしようって狐さんが」
『きゅうちゃんは悪さをしないよ』
『……?』
時折畑仕事をしにくる麒麟が言い、ネーソスがどうして怖がるのかと聞くも、口を引き結んでいる。強情なのは口元だけで、目は縋りつくように兄を見上げる。
『おや、リムのようなへの字口』
「……僕、リムみたい?」
ノエルはエディスに暮らしていて、多くの街の者がそうだったように翼の冒険者を好いていた。
『ええ。リムも怒ったときや不満な時にはへの字口をきゅっとさせていますよ』
「リムと同じだって!」
嬉しそうに兄を見上げる。思わず、スタニックは弟の頭を撫でた。
『怒らないから言ってみて。どうして、きゅうちゃんが怖いの? リムもカランも二足歩行しているよね』
「だって……、お母さんみたいだもん」
「えっ、似てないだろう?」
意外な言葉に、スタニックは驚く。
「お母さん、いっつも真っ赤なこーんな目をしていたもん」
言いながら、両眦を指で釣り上げて見せる。血走った目をしていたのだろう。
『きゅうちゃんは釣り目だから、怒っているんじゃないんだよ』
「うん……」
麒麟の言葉にノエルが上目遣いになりながらも頷く。
その後、九尾はエディスでリュカとその父親が異類審問官から立ち向かった話などをして兄弟を感心させた。
「えっ、ディルス商会の偉い人とその子供が?」
「お父さんを庇って頑張ったんだね!」
エディスでの一角獣や国王の活躍なども話してやると喜んでいた。
『ベヘルツトはとっても強いんだよ』
「そうなんだ!」
「ジャガイモが好きなんだよね」
「きゅうちゃんは芋栗なんきんだよね」
「……きゅうちゃん、僕ね、芋栗なんきんを頑張って作るね」
ようやく心の中で折り合いがついたようで、おずおずとノエルが言う。
『楽しみにしているね!』
九尾が激しく尾を振った。
ノエルは優しい兄と引き離され、スタニックは母親に売られて弟を盾に黒い布を被った恐ろし気な男たちに働かされていた。後から聞けば、一人小舟に乗せられて海に出されてこの島にやって来たのだそうだ。母親は感情の起伏が激しくて、優しくされたかと思えば、何がいけなかったのか、叩かれ怒鳴られた。酷い仕打ちを受ける際、母親の目は吊り上がっていた。
それがトラウマとなり、九尾を恐れるという形で表面化した。それを克服したのだ。自らの力で、乗り越えた。
小さな子供でもこれほどのことを成し遂げる。だから、人間とは面白い。悪い点も良い点も内包する。悪い方に傾くこともあろう。
それが権力を持つ者、例えば施政者であった際、九尾はその治世の是非を問う。それが自分に課せられた役割だ。多くの者に多大なる影響を与えかねない者を律する必要がある。
けれど、こうやって人の世で小さな奇跡をいくつも目の当たりにしていると、先の道行の眩さを感じずにはいられなかった。




