43.成獣の祝い(準備編1) ~皆みんな、大切/バレバレなの?~
「リム、成獣のお祝いをしよう」
目覚めたシアンが開口一番に言うと、リムが小首を傾げた。
「キュア?」
「リムの同族の里でドラゴンたちが言っていたでしょう? 大きくなったらそれが成獣の証で、里のみんなでお祝いするって。遅くなったけれど、やろう。リムが大きくなれて、おめでとうって」
『良いね』
『宴会?』
ティオが真っ先に頷き、リムが期待に目を輝かせる。みなでわいわい料理をして、美味しい食事と音楽を楽しむのは大好きなのである。
「うん。みんなでご馳走を作って食べよう。精霊たちも喚んで。あとはディーノさんや魔神も祝ってくれるんじゃないかな」
神とは隔絶した存在であるはずだが、魔神たちは殊の外リムを好いている。時機を逸したとはいえ、祝い事であるし、茶会も喜んでいた。
庭に出て幻獣たちに話せば一様に賛成した。
『招待状を出せば何を置いても来駕されよう。リムの祝いならば猶々だろうな』
『リムの成獣を祝うなら、幻獣のしもべ団にも声を掛けてみたらどうにゃ』
『カラムもアベラルドも祝いたいと思ってくれるんじゃないかな』
鸞の台詞にカランと麒麟も口々に言う。
『流石はリム様!』
『みなが祝いたいと思いまする!』
『人気者でござりまする!』
わんわん三兄弟が誉めそやす。あながち世辞ではない。なお、わんわん三兄弟が他者を賞賛する際には心の底から思ってのことだ。
『こういうのはこっそり用意して驚かせるものではないのですか?』
『じゃあ、作業はリム以外でする?』
『……』
『それ、吃驚するかなあ』
九尾の言にユエが提案し、ネーソスがリムは何もせずに見ていれば良いと言い、ユルクが鎌首を傾げる。
「でも、準備も楽しいからね。リムもみんなと一緒に色々やりたいんじゃないかなあ」
『やりたい!』
ぴっと片前脚を上げる。やはり、シアンは自分の気持ちを分かってくれる。何だか話が自分を除け者にする方向に進んでいくので、不安な気持ちになっていたのだ。
「ふふ。リムはとても器用で力もあるし、料理も今まで沢山一緒にしてきたものね。お客様が多いから、頼りにしているよ」
『任せて!』
リムは胸を張ってふんすと鼻息を吐く。
「料理はリムが好きなものを作ろうね。みんなにリムの好物を味わってもらおう。美味しくて楽しい記憶と、おめでとうという気持ちが一緒に残るんだよ」
『わあ……』
リムは感激して薄っすら口を開けてシアンを見上げた。
何てすごいことだろう。
とても素晴らしい考えに、リムの心はみるみるうちに温くくすぐったい嬉しさでいっぱいになった。
『では、きゅうちゃんたちもおめでとうという気持ちを籠めておもてなしの準備をします!』
『狐もたまには良いことを言う。……リム、おめでとう』
『リム、いっぱい獲物を狩って来るから。我もおめでとうという気持ちをいっぱい持っているから』
『頑張って捌くにゃ。リム、俺もみんなと同じ気持ちにゃよ』
『あは。界やカラムにも話して野菜や果物を貰ってくるね。きっと界もカラムもリムを祝う膳に美味しい素材を提供したいと思うよ。我もそうだよ』
『……!』
『ネ、ネーソス、今から狩りに行くの? 日取りが決まったらその前日に行こうよ』
『リム殿、下ごしらえの合間にわたくしと宴に供する歌の練習をいたしましょう』
『自分は調理器具の点検をしておく』
『わ、我らは何をいたしましょうや』
『祝う気持ちは人一倍あれど』
『そ、その、それほど戦力には相成りませぬ』
『それならば、招待状の作成を手伝ってくれぬか』
魔神は十柱おり、魔族語を美しく書き記すことができるわんわん三兄弟は強力な戦力だ。口にペンを咥えての筆記なのに、何故あれほどまでに綺麗な文字なのかと、ティオが驚愕したことがある。
幻獣たちが口々に、心を籠めてリムの成長を寿ぐための祝いの準備をするという。
みなの気持ちが眩しかった。自分を大切に思ってくれ、尽力してくれるという。それはリムのことを好いていてくれ、リムが良いものだと認めてくれているからだ。
心と連動しているのか、鼻がむずむずした。
「リム? どうかした?」
『シアン……』
シアンの胸に細長い体を押し付ける。四肢できゅっと固定する。ペクチンに似た働きをする何らかの成分は今日も上手く機能してくれている。僅かの隙間なく、シアンにくっついていられる。
ここが一番安心する。肩縄張りはわくわくする。ティオの背中は頼もしい。九尾のお腹は暖かい。一角獣の角はとても綺麗でいっぱい力が詰まっているのに面白い。麒麟は話しているとゆったりした気持ちになれる。鸞はいつだって色んなことを教えてくれる。わんわん三兄弟はいつも一生懸命で、自分も頑張らなくちゃという気力を分けてくれる。ネーソスはみなを乗せてくれる。ユルクは付き合いが良く、のんびりしていて居心地が良い。カランはみなのことを良く見ていて、フォローが的確だ。ユエは色んなものを作ってくれる。リリピピは素晴らしい歌声で一緒に歌うと楽しい。
皆みんな、大切だった。共に色んなことを分かち合ってきた。どうすれば良いか、考えて来た。
『シアン、みんな、ありがとう』
リムは顔をシアンの胸に着けたまま言った。ともすれば気のない礼だと取られそうだが、リムの感激でいっぱいになった気持ちを汲んでくれた。
さて、姿や声を感知できない精霊はともかく、魔神と同席は人の身に神威が辛かろうということで、宴は二回に分けて行われることになった。
幻獣のしもべ団とカラムたち、ジョン一家で一括り、精霊と魔神、ディーノで一括りである。
「ディーノさんは人の方じゃないの?」
『魔神と仲が良いから』
当の本人には異論があろう。
『アベラルドはどっち?』
『どちらとも交流はないんですよねえ』
「島に来て貰えるくらいに体調は回復しているかな?」
無理させることになってはいけない、と見舞いに行きがてら確認することにした。その際に招待状を渡せば良かろうと話し合う。
『リベルトは? リベルトがね、またおいでっていっていたもの。今度はお城の楽団と音楽をするって!』
つるつるという愛称を笑って受け入れた魔族の国インカンデラの豪胆な王である。リムを好いていることは確実だが、今はまだ異類排除令の爪痕が生々しく、その上、荒地開墾のこともある。異民族を国民として受け入れたことから、忙しいことは想像に難くない。
『魔族の街にもまた行こうよ。自分はもっと色んな工房を見てみたい』
ユエは魔族の種族病の特効薬を作るのに協力したのだから、人間の街の工房のようにすげなく断られることもあるまい、とちゃっかりしたことを言う。
『アベラルドにはまた神殿へ食べ物を持って行こうよ、仮面の君になって』
『その方が周辺の村の子らの口にも入るだろうしな』
差入として食料や日用品、念のための薬を整える。
『リムはアベラルドに仮面の君として会っているけれど、どうしようか』
麒麟が首を傾げる。
『初めから分かっていたんだと思いますがねえ』
『ばればれにゃ』
『えっ、そうなの?』
リムがどんぐり眼になる。
九尾はティオが、カランはティオから目くばせを受けた一角獣が黙らせる。中々の連携ぶりだ。
「ねえ、リム。アベラルドさんにはもう話しても良いんじゃないかな。黙っていて済みません、って。僕が黒白の君と呼ばれているリムですって名乗ろうよ」
『うん! ……アベラルド、気を悪くしないかなあ』
『大丈夫だよ。寛容な方だからねえ』
『きっと、リムが心からごめんなさいと言ったら、受け入れてくれるよ』
『……』
麒麟やユルク、ネーソスの励ましに、リムが笑顔で頷く。
『ぼく、アベラルドに会ってくる。そこで、仮面を取ってごめんなさいって言う!』




