41.同族の里3 ~それは言わないお約束/つかえちゃった/恐妻家/ぷるんぷるん~
ドラゴンたちはリムのように真っ白な毛並みのものはおらず、茶や黄、灰色といった毛色が混じっている。中には濃い茶色や黒色の毛並みが全身を蔽い、顔は白っぽく、目の周りだけが茶色や黒色の毛色をしている者もいる。また、四肢は特に濃い毛色をしている者もいて、多様な個性があった。翼は蝙蝠に似た黒い皮膜のものだ。小さい時はあまり長時間飛ばない様子だ。
体は柔軟で、歩く時には背中がぽっこり盛り上がる。非常に敏捷だが、不意に停止するのは何かを感知したか、推し量っているのだろうか。
細長い全身をそのまま地面に顎下から尾の付け根までくっつける。その状態で両前脚で支えて長い首を持ち上げる。じっと見上げてくるつぶらな瞳。投げ出された半身がいたいけに思える。地面にぺたんと付けた長い体に、ちょんちょんと前後それぞれの脚が揃えられて投げ出されている。四肢の先にはピンク色のくっきりと分かれた指、鋭い爪が伸びている。
長はふんわりと膨らんだ下半身を持ち、すぐに個別認識できる。
ぺったりと地面に体を伏せると、下半身が広がる。例えばリムは細長くなるが、長老は雫型になる。柔らかそうで思わず撫でてみたくなる。おしりを揺らしながら膨らんだ腹を短い四肢で支えて歩く。
何とはなしに眺めていると、端正な顔、つぶらな瞳がこちらを見やる。長い体をくるりと丸め、上半身を持ち上げて首を差し伸べる。
ドラゴンたちは食べたことのない美食を供されて非常に喜び、大分打ち解けてくれた。
シアンが幻獣たちにするのを見て、自分たちも撫でても良いと言ってくれた。
流石に幻獣たちのように無遠慮に触ることは出来ないが、誘惑に負けて手を伸ばす。毛並みはリムの方が艶やかで柔らかいなと内心思う。翼も闇に輝く。
食事を楽しみながら他愛ない話も交わした。
リムの親はいないかと尋ねてみるも、該当者はいなかった。恐らく、里を出て戻っていないのだろうと言われた。
シアンはふっと力が抜ける心地になった。ようやく同族のドラゴンの集落を突き止めたのに、リムを親に会わせてやることはできなかったのだ。
ドラゴンたちは成長すると、抱えられるほどに小さい姿から館ほどに大きな姿に変じることで成人する。普段は小回りが利く小さな姿で過ごすそうだ。
『大きくなると里からはみ出るし、筒の中に入れないから』
「筒?」
『崖に開いた狭い穴のことで、具合の良い遊び場だよ。後で見せてあげる』
彼らはやはり成獣とともに体が何十倍も大きく変化する。普段は小さな姿で過ごすので、成獣しても穴の中に入ることがあるのだそうだ。
そして、成獣した際には里を上げて祝うという。
「そうなんだ。……あれ、リムって大きくなったよね」
「キュア!」
「じゃあ、もう成獣?」
ゼナイドで巨大化した後、大きくなったら甘えたらおかしいと言われるかもしれないと気にしていた。あれは実際に大人になったらという意味だったのか。
『こんなに可愛くても実はおじさ……』
九尾の冗談口はティオのひと蹴りで中断させられた。
「大変だ! リムの成獣のお祝いをしていない!」
『きゅっ! そこなんですか。というか、少しはきゅうちゃんのことを心配してほしいな~なんて』
『お主は自業自得だ』
彼らは天敵がいなくなっても爆発的に増えることはなく、緩やかに子を産み育てる種族なのだそうだ。
『そうでしょうなあ。何なら神々が参拝にきそうな一族です。天敵など排除されるでしょうし』
神に拝まれるなどとは。逆ではないのかと思いつつ、さもありなんと口をつぐんでおいた。リムの同族と知れば、魔神たちが捨て置くはずもなかった。
「換毛期はないの?」
『ないよ。毛は決まった時期ではなく適当に落ちる』
『……?』
『脱皮? 私もないよ』
シアンとドラゴンの会話を聞いていたネーソスがユルクに尋ねるも、ないと知って残念そうである。
『ここのドラゴンたちからはレンツと同じくらい癒しの成分が出ているんじゃないかにゃ』
『レンツ様と! それはすごいことでござりまする』
『わんわんと同じくらい可愛いよ』
『わんわん三兄弟と同じくらいなら、相当なものだね』
「ええと、彼らなりの称賛だと受け取って頂ければ」
『ふ、お褒めに預かり光栄だね』
茶色い毛並みのドラゴンが小首を傾げて淡泊に笑う。目元だけが白い。
おもむろに両前足を顔にこすりつける。しきりに繰り返す。毛づくろいだろうか。
シアンはそれを見て衝撃を受けた。リムの毛づくろいはブラッシングだ。汚れたら布で拭うか水で洗って汚れを取るやり方を行う。つまり、人間的なのだ。
それはシアンのやり方を模倣していたのだと、その時になって知る。
そのリムは丸い大きな容器に入り込んでいた。みなで宴会をするのに道具を入れるのに用いていたものだ。柔軟な体が丸まりジャストフィットしている。
「ふふ、リム、そこが気に入ったの?」
「キュア!」
「じゃあ、リム専用の寝床にしようか?」
そういえば、リムは狭い所が好きだったなあと思い返す。シアンが脱いで椅子の上に置いた外套に顔から入り込み、中で反転して顔だけ出していたことがある。シアンと目が合うと、キュアと鳴いた。
その習性は一族のものだったようだ。
一族とは全く異なる習性と、同じ習性を持つのだ。
人と共に暮らしてきた影響なのだろう。
狭い所なら、とドラゴンたちは「筒」を見せてくれた。
案内してくれた崖にいくつか穴が空いている。細長い体ならばこそ、入ることができるのだろう。
「本当だ。筒みたいだね」
『ふむ。内部に染み入った雨がひと所で溜まったことで、崖を穿ったのだろう』
『鉄砲水みたいに飛び出して貫通させたんですね』
ドラゴンたちは皮膜の翼で飛び上がり、崖の穴にとりつくと、筒状の地形の中へ入り込む。
「狭い所が好きなんだね」
つい先ほど、リムが狭いところに入り込んでいたことを想起する。
『落ち着くんでしょうねえ』
逆側へ繋がっているようで、入った者が向こうから出て来て姿を見せる。柔軟性を活かして内部で方向転換して入り口から出て来る者もいる。
リムも潜り抜けてみて面白かったらしく、目を輝かせて今度は違う穴に潜り込んで行った。何度か繰り返して満足げにシアンに飛びついた。
「ふふ。楽しかった?」
「キュア!」
元気いっぱいで答えたリムがはっと顔を上げる。
『あっ!』
『……ああ』
リムが声を上げ、ティオが既視感があるといった渇いた嘆息を漏らす。不思議に思って感知能力を高めると、長が筒の内部でもがいていた。
『きゅぷっ! お腹がつかえて出られない!』
九尾が変な音をたてて吹き出す。
「大丈夫かな。引っ張った方が良い?」
慌てるシアンを他所に、わたわたと何とか出てきた。何故か、仰向けで必死に四肢を動かしてトンネルを進んでいた様子だ。ぽってり広がった先にちょんちょんと短い後ろ脚が覗く。体をひっくり返すのに難儀そうにしている。
横から見ると鼻先が突き出てシャープな印象を受けるのだが、と内心誰にともなくフォローをしてみる。
『ヘソ天』
九尾が訳の分からぬことを言う。
長には伴侶がいた。
『カカア天下』
『尻に敷かれているにゃね』
今度は九尾の戯言に思わずカランが応じてしまう。
興奮して垂直に何度も跳び上がったかと思うと、魔獣の攻撃を寄せ付けない長の首の後ろに噛みつく。長は果敢に応戦するも、あえなく敗退してすたこらと逃げ去った。長の敵の攻撃を弾く技能も、同族には通用しないようだ。
『でも、あのドラゴン、料理をするとき手伝ってくれたよ』
「そうだよね。真っ先に撫でても良いって言ってくれたし、他のドラゴンとも仲が良さそうだし」
『身内に厳しい性質なのだろうか』
夫婦関係というものは不思議なものである。
『あれは我ら一族特有のじゃれ合いです』
『まあ、ちょっとその、激しい部類だが』
『長の防御も同族には効かないのです』
『ほら、長の伴侶はほっそりして美しい毛並みでしょう? 引っ込み思案ではにかみ屋で可愛い。だから、みな、そんな番を得た長を羨ましく思っているのです』
『まあ、長に対しては強情になって夫婦喧嘩ではいつも番に軍配が上がるけれどね』
他のドラゴンたちは慣れた風である。
あんなに激しく喧嘩して首の後ろに噛みつこうとし合っていたのに、二匹仲良く並んであくびし始め、長のふっくらした腹の上に乗り上げてうとうとする。長と番は丸まって眠った。
安らかな表情に、シアンは知らず唇を緩める。
『……!』
『あは、本当だ。仲が良いねえ』
『あっ!』
『どうしたのでする、ユエ』
『何かあったのですか?』
『思い出したことがあるのでするか?』
『うん。あのね、番が長老に冷たくするのって、ぷるんぷるんで羨ましいからなのかも!』
女性が羨ましがると言っていたことを想起したのだろう。
『あは。そうなのかもねえ』
『そうなの?』
『いや、違うだろう』
今明かされる事実。実は成獣していました。
リムの言う「大きくなったら」(3章)は実は本当にそういう意味だったんですね。
……リムファンが減りませんように(合掌)。




