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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
580/630

40.同族の里2   ~天然は最強/驚いててんやわんやの巻/いやーん/無言の要求~

 そして、こちらもマイペースなティオとユルク、ネーソスは魔獣の群れを一掃した。淡々とした危なげないもので、尾で打ち払い、噛みつき、ひっかき、突撃し、時に魔法が飛び交い、見る見る間に魔獣の数を減らし、ついには残った少数は一散に逃げ出した。

 せっせとマジックバッグに仕舞い、戻って来る。

 その様子を見てシアンはいつもの調子でバーベキューコンロを取り出して、はたとなる。

『それは?』

「あ、ええと、いつも狩りをした後、食事を摂るので」

 言いつつ、仕舞おうとするも、その前に幻獣たちが寄って来て、調理の支度にとりかかる。

 シアンは方向性を変えることにして、長に許可を願い出た。

「あの、すみません、獲物を捌いて調理してもよろしいでしょうか?」

『え、ええ。構いません』

「よろしければ、みなさんもご一緒に召し上がって下さい」

『良いのですか? あれはドラゴンに向かってくるような魔獣です。強い分、肉も美味しい。それだけに人間は価値を見出します』

 つまり、高価なものだと言いたいのだろう。

「はい。折角だから、みんなで食べましょう」

 つい先ほどまで九尾も空腹を訴えていた。長老も食事を振舞おうとしてくれていたのだから、いつもの食事を作る流れに乗っても良いだろう。

『みんなで宴会!』

『みんなで食べるなら、もっと狩って来ようか?』

 リムがぴっと片前脚を上げ、宴会準備でできることもないから、と一角獣が言う。

「ううん、大丈夫だよ。あ、ドラゴンのみなさんはすごく沢山食べるんでしょうか?」

『いえ、これだけあれば、食べきれないでしょう』

 戻って来たティオたちが獲物を後から後から取り出すのに、長の顔が引きつる。

『ベヘルツトはユエの皮むき器で野菜の下ごしらえをしてほしいにゃよ』

 一角獣はカランの指示を喜々として受け入れ、ネーソスに野菜をセットして貰って踏み台を踏んだ。リリピピがマジックバッグから次々と野菜を取り出す。

 ユルクの尾は器用に動くので貴重な戦力である。ティオに支えて貰って狩ったばかりの獲物を解体する。

 ユエが切り分けた肉をバーベキューコンロの網の上に乗せ、九尾とカランがトングで広げて火が通りやすくする。

 麒麟と鸞はテーブルやイスを取り出し、わんわん三兄弟はそれぞれの食器をセッティングする。

『私どもも食材を提供します』

「ありがとうございます。この植物、初めて見るなあ。どんな味なのですか?」

『私が説明いたします』

 詳しいのか、他の者が進み出る。味や歯ごたえなどの話を聞き、調理方法を考える。

『色々あるね!』

「ソースに使ってみようか」

 リムの同族たちを見ているとふと思う。

 彼らの四肢の先についた指は細長い。岩場でもぎゅっと掴んで器用に駆ける。しかし、カトラリーや調理器具を掴んで操ることができる器用さには達しない。

 その点、リムや鸞、九尾、ユエ、カランは違う。後者三匹はリムほど細長い指を持たないが、複雑な動きをすることができる。

 例えば、イケメンポーズだ。指二本を立て、後の指を握り、こめかみに当てて素早く振る。これだけの動作をするのには中々の巧みさを求められる。

「そう考えると、ユルクが手刀を切るのも無理はないのかなあ」

『私?』

 うっかり口に出ていたらしく、ユルクが気にしたので説明した。

『……』

『確かに、ユルク殿のイケメンポーズはあれはあれで可愛いですよね』

『少しずつ改善されていく中、たまに真っすぐのポーズが見れるのはレア感があるにゃね』

 シアンの呟きに自分の名を聞き取ったユルクが鎌首を傾げ、ネーソスが即座に理解し、リリピピが同意し、カランが妙な関心の仕方をする。

『天然は最強、ってきゅうちゃんが言っていたものねえ』

『……』

 麒麟の言葉にネーソスが力強く同意していたが、他の者たちは麒麟もまたどちらかというと天然の方に近いのではないかと思ったが口を噤んだ。

『細胞膜は加熱すると溶けてなくなる。野菜には細胞膜の他に細胞壁があり、これが残る。しかし、過熱によって隣合う細胞壁同士を接着するペクチン質の一部が分解し、細胞壁同士の繋がりがやや緩む。この緩んだ部分を取って調味料がしみ込み、拡散によって素材の内部に入りやすくなる』

 いつものように、風の精霊が調理についての解説をする。シアンの傍らで料理を手伝っていたリムには聞き捨てならないことがあった。

『ペクチン、溶けちゃうの?』

『ああ』

 風の精霊を見上げる不安げな表情が絶望に塗り替えられる。

「リム、僕にくっ付いている時に出ているペクチンに似た何らかの成分は溶けないよ、多分」

 リムが何にこだわっているのか察したシアンは言うも、そんな成分があるかどうか不明瞭なので最後にあやふやになる。

『うん……』

 折悪く、シアンは他の幻獣のフォローに回ることになった。

 珍しく風の精霊が言葉を失う。万物を知る知恵はシアンたちにとって助けとなって来た。得た情報から何を掴み取っていくかはそれぞれ次第だ。それでも、こうやって眼前で消沈するリムに掛ける言葉を考えつかないことが歯がゆかった。

 こういう時にはシアンが思いもよらぬことを教えてくれて来たのだ。様々な視点を示してくれていた。

 幻獣も精霊もシアンを要としていた。

 リムの小さな体が作る陰からするりと闇の精霊が顕現した。

『リム。君が本当に離れたくないと思ったのなら、自分でそうする努力をしなくてはいけないよ』

『うん、深遠。でもね、ぼくにできるかなあ』

 リムが珍しく弱気な風情で闇の精霊を見上げる。シアンはどうしたって異世界へ戻らなければならない。そうしなければ、体を害してしまうのだ。それは最も避けなければならない事柄だった。

『ふふ。君は今までもずっとそうしてきたじゃないか』

『本当?』

 柔らかく笑う闇の精霊にリムの表情が徐々に明るくなる。

『うん』

 風の精霊は闇の精霊が変化したことを強く実感した。おそらく、もっと前に変じていたのだろう。自分が考えあぐねていたことをいとも簡単にやってのけた。その姿は少しシアンに似ていた。ため息交じりの慈愛の籠った笑い方も。

『リム、済まない。不用意なことを言った』

『そんなことないよ! 英知はいっつもぼくたちに色々教えてくれるもの』

 ああ、このドラゴンは強いなと実感する。

 他者がもたらしたことを不要だと断じずに、自分の感じ方を変化させようとする。

 そこから何をどう受け取るかは自己責任だが、受け止めきれなければ、その情報をもたらした者を恨むというのはままある。許容量を超えるのは自身の器の小ささが原因ではなく、外部に起因するのだと心が作用する。手っ取り早く八つ当たりの対象を得ようとする。

『うん。いつも恩恵にあずかっているのに、自分の都合の悪い時だけ責を負わせるなんて、とんでもないことだものね』

『うん!』

 闇の精霊の言葉に我が意を得たりとリムが生き生きとした表情で同意する。

『だからね、これからも色々教えてね。ペクチンが溶け出しちゃっても、ぼくはシアンにぴったりくっついていられるように、頑張るもの!』

 冬の尖った空気がほろりと柔らかくほどけるごとく風の精霊は微笑んだ。

 香りを出すためにニンニクを潰していたわんわん三兄弟は、ウノが力を籠めて潰した際に飛び散った汁がエークの鼻先にかかり、驚き跳び上がった。その着地先にネーソスがおり、さっと甲羅の中に頭と四肢を引っ込めたものの、エークは足を取られて仰向けに倒れてしまう。慌ててアインスとウノが助け起こそうとするにも、両前足はニンニクまみれだ。どうしようと前足を見やり、焦りは募る一方だ。ネーソスは甲羅の中からちょこんと顔を出したものの、もう少し事態をやり過ごした方が良さそうだと再び引っ込める。

 麒麟が駆け付け、エークの後ろ首を咥えて他のわんわん三兄弟から一旦引き離す。賢明な判断である。

 ユルクがするすると近づいて、ネーソスを頭の上に回収する。ようやっと息がつけるとばかりに甲羅から頭と四肢を出して感謝を込めて相棒を見下す。きょろりとした目と合い、莞爾と笑う。

『アインスとウノは作業に戻っても大丈夫にゃよ。エークはすぐに鼻を拭ってやるからもう少しの辛抱にゃ。レンツはそのままエークを持っていてほしいにゃ』

 カランがてきぱきと指示をする。エークの鼻を拭いながら麒麟の咄嗟の判断と行動を褒めるとエークと麒麟が顔を見合わせて微笑み合う。その様子を見届けたアインスとウノがこちらも対面した後、頷き合って調理に戻った。

「流石だね、カラン」

 騒ぎを聞いてやって来たシアンが鮮やかな手腕に感心する。

『カランは名指揮者だもの!』

 何故かユエが胸を張り、一角獣が嬉し気に鼻を鳴らす。

『そんなことはないにゃよ。ところで、ニンニクはそのままだったり半分に切ったくらいではそんなに匂いがしないのに、潰すと香るにゃね』

 褒められたことで動揺し、それを隠そうと別の話題を振った。

「うん。ニンニクの中にアリインという物質とアリイナーゼという酵素があるらしくて、それぞれ別のところにあるのが、潰すと接触して作用するんだって。そうするとええと、何とかという物質に変わって匂いを作り出すらしいんだけれど」

 以前風の精霊の説明を受けたものの、名称を全て覚えるには至っていない。

『それで意味は分かるにゃよ』

 なお、アリインが分解されてアリシンに、最終的にジアリルジスルフィドという物質に変化して独特のにおいを作り出す。

 シアンはこれらのニンニクにみそや酒、みりん、砂糖、ショウガ、長ネギを混ぜて肉に塗って焼いた。焦げ目から香ばしい香りが漂ってくると、幻獣たちだけでなく、リムの同族たちもそわそわしだす。

 他にも用意していたタレとマヨネーズを合わせ、肉に揉み込んで少し寝かせてから焼く。皮目を下にして焼き色を付ける。

 リムの同族たちは調味料を用いた料理どころか、肉を加熱したこともないというが、作った料理を絶賛しながら食べた。

 マヨネーズやタレを手土産として渡すと非常に喜ばれた。

 後に、彼らは調理した肉を好むようになり、自生のニンニクやハーブと一緒に食べ始めた。火も怖がらないので、加熱も覚えた。

 沢山食べて膨れた九尾が満足そうに腹をさするのに、何となく手を伸ばして一緒に撫でてみた。

『いやーん』

 台詞のわりに嫌がっている風ではない。

 リムがそれを見て、自分の腹をさする。そして、シアンの顔を見上げる。その視線に誘われるようにその腹をそっと撫でるとくすぐったそうにへの字口を緩める。うふふと笑い合う。

 その様子をティオとカランが微笑まし気に眺める。

 彼らの視線に気づき、シアンはつい悪戯心を出し、二頭の腹も撫でる。

 ティオは気持ちよさそうに喉を鳴らし、カランは面映ゆそうに身じろぎする。

『あは』

 笑い声をあげる麒麟の腹も撫でるとうっとりと目を細める。その傍らで羨ましそうに地面を蹄で掻く一角獣の腹にも手を伸ばす。

 ユルク、ネーソス、鸞、ユエ、わんわん三兄弟、リリピピと順番に撫でて行く。

 腹というデリケートな部分を触ることができることは信頼の証だ。高度知能や力、技術を持つ高位幻獣が弱い部分を預けてしまう。

 それこそがシアンの特権である。

 世にも稀な高位幻獣たちの中で唯一脆弱に見える人間が共に行動していることに、リムの同族たちは合点がいった。





あれ、シアンと幻獣って天然が多いですかね。(もしかして、今更? シアン、麒麟、ユルク……くらい? リムも? だとしたら、多いというほどではないですよね。多分)

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