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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
579/630

39.同族の里1    ~見比べ/必死/狐の美味しい調理法/リム、九尾に幻惑される/ぽよよ~ん/応援の舞~

 

 大陸西方の東中央辺りで、ボニフェス山脈を越えればアダレードが位置する。更に言えば、トリスの西南に位置する。リムと出会ったのもトリスに近い山の中だった。考えてみれば分かることだった。

「リムの親御さんはこの山脈を超えてトリスに行ったんだね」

『ふーん』

 当の本人はあまり興味がない様子だ。 

 山を登るといったような標高を急激に上げると、高山病の症状が出る。しかし、シアンが言い出さないうちから、一行は気圧の違いによる諸々の悪条件が緩和されていた。強い日差しをものともせずに、幻獣たちは刻一刻と変わる山の風景を楽しんだ。

『あそこにいる』

 ティオの声に、感知能力を高めてみれば、確かに、小さく細長い体を持つ幻獣たちが数多くいた。ボニフェス山脈から少し離れた山の中腹だ。

「あれ、小さいね」

『小さい方が燃費が良いんじゃないですか?』

『必要に応じて大きくなれば良いの』

『小回りも聞きますし、場所も取りませんしね』

 九尾の戯言をユエとリリピピが肯定する。

 シアンは十分に離れた場所に降ろして貰い、周囲の植生を観察しながらドラゴンの里へ向かった。

 立ち上がった茎を守るように葉をつけ、茎の頂部に丸く膨らんだ蕾がある。葉を潰すと独特の鼻を衝く臭いがする。エークがうっかり葉を磨り潰してしまい、五感に優れた幻獣たちから悲鳴が上がる。

 ティオと一角獣に気配を薄めて貰うかどうか迷うも、相手はドラゴンだ。シアンの気づかいなど無用の長物であろうと断じた。出会うドラゴンたちは少々戸惑った様子ではあったが、生態系の頂点という考えがシアンにはあった。まだ、自分たちの規格外ぶりを自覚していなかった。

 オコジョ姿のドラゴンが住まう場所へ足を踏み入れ、肩に手をやるとリムの両前足が掛かる。暖かく脈動する体を両手で掴んでそっと差し出す。

「こんにちは。僕はシアンという名の人間です。この仔はドラゴンのリムです。この仔の生まれ故郷ではないかと思って訪ねました」

「キュア!」

 リムはシアンの手を嫌がることなく、ぴっと片前脚を上げて挨拶した。長く伸びた先の両後ろ足を動かし、楽し気だ。

 四肢を動かしてじりじりと後退していたドラゴンたちはそれぞれ顔を見合わせる。両前足を揃えて上半身を持ち上げてこちらを見上げている。全身を柔らかい毛に覆われ、短い前足をちんまり並列させ、体を支える指はくっきりと五本細く広がっている様が可愛い。

 リムと似た細長い体に蝙蝠の皮膜の翼を持っている。

『た、確かに同族です。でも、全く力が違う』

 一匹が意を決した風で応えてくれるも、怯えた様子は隠せない。

『シアン、彼らはドラゴンの亜種よりも強いけれど、ドラゴン種の中では中のやや下くらいの強さだよ』

『リムは上位精霊二柱の加護を得たため、世界最強ですからなあ』

 ティオが助け舟を出し、九尾が後ろ脚立ちし、両前脚を胸の前で組んで二度三度頷く。

 ドラゴンたちが九尾を見上げてあんぐりと口を開けている。彼らが知る狐とは全く違うのだろう。

 星形に伸びた指を持つ足でぱたぱたと地面を叩く跳ね飛ぶように歩くドラゴンたちの行動は、確かにリムとは少し違うな、と思う。

 短い脚を動かしてのたくたと進む。と、突然素早い動きをする。かと思いきや静止する。細長い体は尻の方がややふっくらしていて、一匹、大分ぽってりした者がいる。尻を振り振り歩く姿は愛らしい。

 毛玉。

 そんな単語が脳裏を掠めるシアンは自分の前に進み出た者にようやっと注意を向けた。

 短い両前足を揃えて首をこちらへ伸ばす。

 つぶらな瞳が多い中、切れ長の瞳をしている。ひと際艶やかな毛並みと相まって神々しくも愛らしい。

『ようこそ、我らの里へ。私は一族の長を務める者です』

 四肢も他の同族より短く太い。そのため、両前足をちんまり揃える形になる。

「ご丁寧にありがとうございます。僕はシアンです。この仔はリム」

 長だと名乗った者は理知的な眼差しをしていた。高貴な面構え、白い毛並みに灰色が混じっている。ピンクの鼻の下にはへの字口がある。

 リムが無言で長の腹をまじまじと見つめた。短くない時間眺めていたが、はっと息を飲み、勢いよく振り向いて九尾の腹を見やる。さっさっ、と素早く首を巡らして長老と九尾の腹を見比べる。

『やめて下さい』

 長老の腹はふっくらしていた。

 とてもぽってりしていた。

 無論、リムに悪気はない。共通点に気づき、見比べていただけだ。

 しかし、その無邪気さが他者を酷く傷つけることも時にはあるのだ。

『気にするにゃよ。リムだって悪気はないのにゃよ』

 カランがいたたまれない風に言う。

『きゅうちゃん、自分もダイエットに付き合うよ』

 ユエは普段、生産に勤しむあまり寝食を忘れることもあり、スリムである。

『ち、違うもん。きゅうちゃんはあそこまでふと……ぽっちゃりさんじゃないもの!』

 禁忌のその言葉を自分で口にしかけて慌てて言い直す。

 狐、必死である。

『そ、そうだよね。白い長い毛で丸く見えるだけで』

『丸いなど、その様な!』

『そうでござりまする。ちょっとばかり、その、ふくよかなだけであって』

『決して、決して太っているのでは!』

 麒麟が慌てて言い、わんわん三兄弟が止めを刺す。

『何が悪いの。良いじゃない。肉付きが良い方が食べ出があって』

 野生で生きる一角獣に、九尾が震え上がる。

『狐を食べるとお腹を壊しそう』

 ティオが心底嫌そうに顔をしかめる。

『……』

『え、どうかな。調理方法を変えてもきゅうちゃんはきゅうちゃんだから』

『ユルク殿、それより、九尾殿を食べるという考えから離れましょう』

 ネーソスが恐ろしいことを言うのでユルクが戸惑い、リリピピが原点に立ち返る。

『みなが思っているのだ。九尾は少し節制すると良い』

 鸞が呆れた顔をする。それでも優しい鸞はみながどう思っているのか、具体的なあの禁忌の言葉は触れずにおいた。ウノがうっかり口にしたが。

 それを聞いていた長は腹が空いているのかと歓待したい旨を申し出た。

「あ、いえ、空腹というのでは……」

『きゅうちゃん、お腹と背中がくっついちゃう!』

『えっ、きゅうちゃん、くっついちゃうの?』

 言いながら、リムがふっくらした九尾の腹を片前足で撫でる。星形に伸びたピンク色の指が白毛に沈み込む。が、確かな厚みがそこにあった。

『背中までへこむくらいお腹が空いたということだよ』

『????』

 リムは九尾の丸い腹を軽く押しながら小首を傾げる。

『そら、全くへこんでいないから、リムが混乱しているだろう』

 鸞が呆れる。

 九尾とリムのやり取りを見て、長がシアンに向き直る。もはや、何も言えず、苦笑した。

『シアン、魔獣が近くにいるから、それを狩ってくる』

 これはいつもの流れだと心得たティオが進み出る。

「えっ、そうなの?」

 ドラゴンに怯えて魔獣の類は近寄らないものだと思っていた。

『我らは里の中では体が小さいままで過ごすことが多いですから、侮られがちなのです。食料が向こうからやって来てくれるので、言うことはありません』

 可愛く見えてもドラゴンらしい性格をしているようだ。

 現に、魔獣が近寄ってきているというのに、ドラゴンたちは落ち着いたものだ。シアン一行がやって来た時の方がよほど慌てふためいていた。

 そんなことを話しているうちに、近寄って来ていた魔獣が視界の中に入った。

 黒く長い毛の牛科の動物に似た姿をしていた。歪曲する大きな二本角があるせいで余計そう見えた。

『シアン、下がって』

 ドラゴンの里へ押し入りかねない様子に、ティオが注意を喚起する。

 シアンは逆らわずにユエやカランとともに後退する。

 魔獣が前傾姿勢を取る。双角の先に光が灯り、互いが引き合うように尾を引く。激しく首を振る。と、光の礫が飛んで来た。

 同族たちの中でひと際ぽってりした体の長が敏速に前に出る。

 直撃する、とシアンは思わず息を飲んだ。

 ぽよよ~ん、と弾かれる。

「え?」

 見間違えたかな、と思った。

 何らかの力で体に届く直前で阻まれたのではないかと考えた。

 脳は見たもので理解が及ばなければ、認識のうちに一番近いものにすり替えて理解しようとするのかもしれない。

 今度は長の腹に噛みつこうとした魔獣の牙がつるりと滑る。

『食べでがありそうだから腹部を狙ったんですかねえ』

『ぷるんぷるんで弾かれちゃったね!』

『そう表現されると若い女性に羨ましがられそうにゃね』

『……』

『え、ネーソスを食べたら肌がぷるんぷるんになるの?』

『ネーソス殿、先程から恐ろしいばかり言わないでください』

 魔獣が襲ってきた緊迫する状況なんだけれどなあ、と考えるシアンも呑気なものである。

『他のもやって来る。シアン、ぼく、行って片付けてくるね』

 ティオは我関せずで、全体的な趨勢を捉えている。

「あ、うん。独りで大丈夫?」

『ぼくも行く!』

『……』

『じゃあ、私も行こうかな』

 リムが意気揚々と、ネーソスが常になく敏速に、それぞれ挙手したので、ユルクも参加することにした。

『我はここでみんなを守っておくよ』

 一角獣はシアンや麒麟、鸞といった仲間たちを庇う位置に立つ。

『きゅうちゃんは応援の舞を踊っています。リリピピ、歌をお願いね。バックミュージック、スタート!』

 自分もと名乗りを上げたリムだったが、九尾の言葉に、面白そうだと興味をそそられている。

 仕方ないとばかりにティオは鼻息を一つついて、軽く四肢で地を蹴り助走とし、翼を大きくたわめて飛び上がった。長を執拗に攻撃する魔獣を行き掛けの駄賃とばかりにひと蹴りして倒していく。

 ネーソスを頭の上に乗せたユルクがその後に続く。細長い胴体がみるみる大きくなる。黒い皮膜の翼が羽ばたく。

『こう、右に三歩行って顔の右横で前足拍子、左に三歩行って顔の左横で前足拍子。リズムに合わせてね』

「キュア!」

 リムが中空で腹を見せる格好で、小刻みにタップダンスをしながら右に左に行きつ戻りつしつつ、両前足を打ち付ける。

『見事な舞でござりまする!』

『あ、それ。あ、それ』

『それそれそれそれ!』

 わんわん三兄弟が応援の舞を踊るリムを合いの手を入れて応援する。

『……リムは応援の舞を踊る方にしたのにゃね』

『ま、まあ、ティオとユルク、ネーソスで十分だものね』

『ティオ一頭でも大丈夫だよ』

 カランの呟きにユエがフォローし、普段張り合いがちな一角獣がティオを認める言葉を口にする。

『あは。楽しそうだねえ』

『応援になっているかどうかは分からぬがな』

 わんわん三兄弟の合いの手に合わせて麒麟が首を上下させ、鸞が笑えば良いのか呆れた表情をすれば良いのか迷う。

 始めは戸惑いつつ歌っていたリリピピもどんどん興が乗って来て高らかに歌い始める。

『……いつもこんな感じなのでしょうか』

「ええ、まあ」

 呆然と幻獣たちを見ながら呟くリムの同族らに、シアンは苦笑する。

 良くも悪くもマイペースな幻獣たちであった。





九尾の幻惑の力はすさまじいですね。世界最強ドラゴンをすら惑わせます。

そして、ドラゴンをも唖然とさせる幻獣たちのマイペースさ。


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