38.ドラゴンについて ~縄張りが移動するんです~
首が長いトカゲの体に皮膜の翼を持つ巨大なドラゴンは悠々と空を飛んでいた。この世界で自分は頂点に立つ存在で、下位神を下す実力を持つ。どんな敵にも恐れを抱かないし、自分の気配を察知すると、蜘蛛の子散らすように逃げていく。
それがつまらなく感じる時もあるが、そういうものだと思っていた。
だが、前方より強烈な力を感じ、愕然とした。思わず、飛行すら忘れ、地面に激突しそうになり慌てて急上昇し、高度を保つ。だが、そのまま低空飛行でやり過ごせばよかったと思った。遅かった。それはとんでもない速さで近づいて来る。
「こんにちは!」
グリフォンの背に乗った人間に声を掛けられた。
『……こんにちは』
人間からはさほど大きな力は感じられない。だが、グリフォンは違う。本当にグリフォンか、違う種族ではないのか、と疑いたい気持ちになる。だが、これほどの力は同族のドラゴンですら感じたことはない。上位神からすらない。
それに、よくよく見れば、グリフォンの傍らには同じくらい巨躯の美しい一角を持つ獣や、思わず首を垂れたくなる気配を持つ獣がいた。その他に鶏の姿に似た獣や頭に亀を乗せた巨大な蛇などもいる。グリフォンの覇気にばかり注意がいっていたが、彼らからもそら恐ろしい力を感じる。
だから、そのグリフォンの背に跨ることができる人間を粗略に扱ったらどうなるか、言うまでもないことだ。
「あの、少し質問したいのですが、宜しいでしょうか?」
ドラゴンを見れば富と名声を求めて無謀にも襲い掛かってくるか、逆に悲鳴を上げて逃げるか、失神するかくらいの反応しかされたことがない。質問して良いかと尋ねられることは新鮮だった。
『どうぞ。答え得ることならば』
「ありがとうございます。あの、この仔もドラゴンなのですが、同族の方をご存知ですか?」
言って、人間は肩に乗っていた白い幻獣を手に掴んでこちらに掲げて見せた。
「キュア!」
ぴっと片前脚を上げる。
『っ?!』
こちらもとんでもない力を感じる。
『い、いや、見たことはないな』
「そうですか。答えてくださってありがとうございます。呼び止めたりして済みませんでした」
少し落胆したが、丁寧に礼を返してくるのにもう少し付き合ってやろうという気持ちになった。
『そのドラゴンの同族を探しているのか?』
「積極的に探しているのではないのですが、僕はドラゴンの生態などに詳しくないので、何かあった時のために、できれば既知を得たいと思いまして」
『そうか。では、ドラゴンの住処をいくつか教えてやろう。その中で誰か手掛かりなりとも知っているやもしれん』
「良いんですか?」
『ああ。これが富や名誉を欲しているのであれば別だが、同族のことを思っているのならば、やぶさかではない』
「ありがとうございます」
荒地で子育てをするドラゴン、そしてオコジョを見かけたことはシアンの心に何らかの作用をした。
だから、いつにない行動に出た。
飛翔するドラゴンを感知し、声を掛けてみたいと思った。幻獣たちに相談すると気軽に同意してくれた。
九尾の言うようなファンタジーのお約束というものに疎いシアンでさえも、ドラゴンというのは力があり、それだけに獰猛かつ凶暴であることが多いと知っていた。
『ドラゴンの生態について質問するんでしょう?』
シアンがエディスでドラゴン調査の依頼を受けた際、そう言っていたことをティオは記憶していた。
「うん。でも、攻撃されそうになったら逃げよう」
『ベヘルツトなら、簡単なの』
『間違ってもドラゴンに向かって突進しないでほしいですにゃ』
一角獣の背に座るユエが胸を張って腕組みし、カランが情けない表情をする。
『……』
『え、私とネーソスでやっつけるの?』
『み、みんな、落ち着いて。まだ、戦うとは決まったのではないよ』
『大丈夫だ、レンツ。恐らく、ティオとベヘルツトがいれば、事なきを得よう』
『先だってのドラゴンと同じでござりまする』
『リム様の威嚇もお忘れなく!』
『可愛さと神々しさにひれ伏しましょうぞ』
案に反して、ドラゴンはシアンの呼び掛けに答えてくれた。
『ティオさんに睨まれちゃあねえ』
『野生の生き物は危険感知に優れているものです』
九尾が忍び笑い、リリピピが当然だと頷く。
ドラゴンの住処がある場所を教えてくれた上に、心得も伝授してくれた。
『良いか、ドラゴンは縄張り意識が強い』
「ああ、確かに」
シアンの良く知るドラゴンもまた肩縄張りに固執していた。
『そして、巨大な体、翼があるゆえにその縄張りは広い』
「ええとその、縄張りが移動する時はどうなるんですか?」
『は? 縄張りが移動?』
ちょっとよくわかりません、という表情をされる。
『シアンちゃんがどこへ移動しても、その肩はリムの縄張りですものねえ』
『ぼくのなの!』
リムは生まれた直後から力を欲した。それも力加減が上手くできるように、といった難易度の高い能力を欲した。
それはシアンの肩に乗ろうとした際、シアンが痛がったことに起因する。痛いといけないので、シアンの皮膚に爪を立てることはおろか、髪を引っ張ることすら滅多にない。
つまり、シアンの肩に乗るために力加減をできるようになりたいと願った。そして、その願いは精霊たちによって聞き届けられた。加護を渡していない精霊もこぞってリムに力を貸した。
こうして、肩縄張りの安全は守られているのだった。世界の粋の力によって。
シアンは教えて貰った場所に行き、様々なドラゴンに会い、リムの同族を知らないかと聞いて回った。
『大体、怯えられるにゃね』
『自分たちよりが足元にも及ばない存在など、ついぞ出会ったことがなかったのであろう』
『初めて味わう本能的な恐怖なんでしょうねえ』
突然押しかけて質問をするのだからと果物や野菜を渡した。魔獣の肉などは彼らならば容易に手に入るだろう。
ティオや一角獣に恐れをなして、みな、知り得ることを教えてくれた。
そうして一行は、ついにリムの同族だと思われるドラゴンの住処の情報を得た。




