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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
577/630

37.どれだけ強くても心配はする   ~ふーして!~

 

 大気が乾き、大空は青く雲が彼方に棚引き、天空を高く見せる。

 シアンたちは爽やかな道行きを味わった。

 足下には炎のように色づいた森が広がっている。鮮やかな生命力が伝わって来る。圧倒的で強烈な光景に息を飲んだ。

『あ! あれ、見て!』

『あは。リムの姿にそっくりだねえ』

「オコジョだ。可愛いね」

 一角獣と麒麟が鼻先を向ける方に意識を凝らせば、細長い白い毛並みの獣が見える。

「もう冬毛に変化しているんだね」

『北の山の方からやってきたのやもしれぬな』

 すでに積雪がある所を住処としていたのが、ひょんなことから移動することもあるという。

 ティオがそれと知れぬようにリムを気づかう素振りを見せるのに、ようやくシアンは彼がいち早く気づくも口を緘していたのだと気づく。けれど、それはオコジョを見て思わず可愛いと言ってしまった後のことだった。

『ぼくはあの小さいのとは全く違うもの!』

 リムがきゅっとへの字口を急角度にする。

 リムに似ていると言った麒麟がおろおろと忙しなく首を動かす。一角獣がそんな麒麟を気づかわし気に見やりながら虚空を蹄で掻く。

 腕を伸ばすと麒麟が顔を寄せて来たのでそっと撫でる。

「そう? リムに似ているからつい可愛いと思ったんだよ」

 リムを可愛いと思っているからオコジョも可愛いと思った、自分が起点だと言われ、への字口が緩む。

 機嫌が上向いたのは明白で、麒麟と一角獣がほっと安堵の息を吐く。

『リム様はドラゴンです』

『世にも稀な闇の精霊王と光の精霊王の加護を持つドラゴン!』

『可愛いドラゴン!』

 わんわん三兄弟の言葉に、リムは中空で後ろ脚立ちをし、胸を張ってふんすと鼻息を漏らす。

『他の四属性の精霊王にも好かれているにゃね』

『加護を貰っていなくても色々して貰っているの』

 一角獣の背の上で、カランの前に座ったユエが振り向く。二匹はこっくりと頷き合う。

『……』

『え、そう? 確かに、オコジョと姿は似ているけれど、仮面をつけても分からない、かなあ?』

 リムは仮面をつけたら分からないから、というネーソスにそんなことはあるまいとユルクが戸惑う。シアンと近い常識を持つのは、暴れん坊の祖父に振り回されてきた所以か。

『オコジョの天敵は猛禽らしいですよ』

『私も恐ろしいです』

 九尾が豆知識を披露しつつ、こっそり鳥獣の王たるティオを盗み見、機を見るに敏であるリリピピが首を竦める。小鳥は時に大鳥の餌食になる。

『相手の首の後ろが急所でそこを噛もうとする。人の手首がちょうどその形に似ているから、みだりに手を出さぬように』

『シアンはリムを撫でていれば良い』

 鸞の説明にティオが長い首をたわめて背に乗るシアンを振り返る。

「ふふ、そうするね」

 リムがいそいそと近づいてきて頭を差し向けてくるのを、指の腹でくすぐった。



 幻獣たちは頑強だ。

 麒麟やカラン、ユエは島に来るまでに弱っていたが、魔力が横溢する島で体に良い食事を摂ることで体力をつけた。高位幻獣は様々な耐性を持つ。カランやユエといった幻獣もまた精霊たちの助力を得た。

 しかし、シアンは人間だ。

 異世界人でもあり、複数の精霊の加護を得てもどこか危なっかしい。それはプレイヤーという枠組みで料理人兼吟遊詩人という職業が強く影響するからだ。

 幻獣たちと行動することによって経験値やスキルを多く手に入れても、どこか頼りない印象が拭えない。

 今もまた、何もない所で躓いた。

『シアン、大丈夫?』

『痛くない?』

 途端に幻獣たちが心配する。

『過保護ですなあ。……シアンちゃん、シリアスな場面でやってみてくださいよ』

「わざとやっているのではないからね」

 九尾のからかいに苦笑するしかない。

 今まさに、やってしまいそうだ。そんなことを考えることができるくらいには余裕があった。

 別の時には、指をぶつけた。何とはなしに、息を吹きかけた。

 それを見ていたリム、自分の片前足を差し出す。

『ぼくもね、さっきぶつけたの! ふーして!』

 目を見開いた後、息を吹きかけてやると、うふふとくすぐったそうに笑う。

「もう痛くない?」

『うん!』

 きっと、最初から痛くなかっただろう。

 満面の笑みが見たれたのだから、言うことなしである。

 例えば、リムとわんわん三兄弟では強靭さで大きく異なる。けれど、シアンは同じように心配する。幻獣すべてに等しく心を配った。いくらリムが頑丈でも、他と同じく気になった。

 それがわかるからこそ、リムもティオも嬉しく思う。いくら強くても少しも気にかけて貰えなければ寂しい。

 リムは小さい姿から大きくなる種族だ。二柱もの加護を得たリムは、急速に急激に成長したので、負担も大きかった。シアンが取り乱し憔悴するほどに気を揉んだのを記憶しているので、心配させすぎるのは良くないと思っている。

 動物は無暗に触られるのを嫌う傾向にある。野生であれば顕著だ。人馴れしていないので、当たり前のことである。

 人も動物だ。馴染みのない者から触れられるのに嫌悪を抱く。それと同じだ。

 幻獣たちは高度知能を持つ。

 力や技能のある高位存在であるため、その傾向が強い。

 シアンは足元で後ろ脚立ちし、両前脚をめいいっぱい高く掲げたリムを見下ろした。

「キュア!」

 依頼に応じてその細長い体を両手で包み込み、そっと持ち上げる。

 途端に、長い指が手にかかる。

 シアンに全幅の信頼を置いて身を任せている。

 リムもまた、他者から不用意に触れられるのを嫌う。人間に許容するのはシアンの他は数人くらいなものだろう。

 自分が心が狭いなと思うのはこういう時だ。

 リムに特別な人間だと思って貰えるのが正直嬉しい。リムに構うことができて喜ばしい。

 幻獣たちもさほど他者と慣れ親しむことはない。しかし、島の幻獣たちはシアンの役に立ちたいと常に思っている。

 だから、何かをすることを面倒だと発想することはない。シアンを手伝うことによってできた時間で構って貰えるのが嬉しい。一緒に何かをするのが楽しい。

 島の生活も遠出も、一緒に分かち合うことを、殊の外好んだ。




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