33.密偵たちのその後7(眠り猫・テイマー・画家)
スケルトンが元勇者で、イレルミやディラン、リベカといった剛の者を赤子の手をひねるように簡単に扱う姿を見て、ダリウス、セルジュ、ルノー、レジスは密偵技術の再勉強に励んだ。
自分たちも、と発奮したは良いものの、あの人外の訓練について行けるとは思わない。マウロからも、今後は武力よりも密偵の方に力を入れる方針だと聞いて、そうしようと思ったのだ。
「目標はアーウェルかな」
ダリウスが言うも、陽だまりで眠る猫の雰囲気を持つため、やる気があるのかどうかは今一つ分からないところだ。
彼はカークが結婚したということを聞いて、心から祝福した。魔獣によって家族を奪われた彼は、大陸西において天変地異や流行り病によって人々が家族を失っていく光景に、内心歯噛みした。人ならざる手によって奪われていく、どうしようもないことでも心をかきむしられるような気持になるというのに、貴光教は人の手によって家族を壊した。
密偵として情報を咥えてくるに長けたダリウスは、異類審問官の非道によって多数の亡骸が流れ着いた岬での惨状を聞いて胃の腑の物を吐いた。えづき、涙を浮かべながら誓った。
必ず、貴光教に復讐すると。
もちろん、六大宗教の大陸西の総本山である。ダリウスが太刀打ちできるものではない。分かっていながらも、誓わずにはいられなかった。
今はもう記憶が薄れて来た家族の面影が、身内を連れて行かないでくれと泣き縋る者たちに重なった。だから、異類排除令が発令されてから、自分の無力さをまざまざと思い知らされる毎日だった。
けれど、シアンは幻獣のしもべ団を使って大陸西に物資を届けた。それに手を貸すことができることが嬉しく感謝した。これほどの財力、物資を整えることができ、それを流通に乗せることができる伝手を持つことに心の底から感心する。
そして、翼の冒険者はやってのけた。
無辜の者を公開処刑するという暴挙に出た貴光教を止めたのだ。更には、貴光教の研究者が放った大量の非人型異類を討伐し、大聖教司を罷免し刑に服させた。貴光教を光の神を崇める宗教として再出発させた。何より、その登場により、多くの人々に開眼させ、希望を感じさせたのだ。
「エディスの英雄は大陸西の英雄になったんだな」
エディス出身の者として、この上ない喜び、誇りであった。
「俺はテイムモンスターとの連携だな」
セルジュは小鳥の魔獣をテイムするテイマーだった。幻獣のしもべ団に入団した当初は、次にテイムするのは武力のある魔獣をと願っていた。しかし、小鳥というのは密偵にとって使い勝手が良い。それで一羽増やしたところ、リリピピというお手本を得て、テイムモンスターが変化した。知能が高まり、ある程度はセルジュと意思疎通ができるようになった。
未だに、リリピピの言う事の方を良く聞くが。リリピピがシアンの立場を慮ってセルジュに協力的だから、非常に助かっている。
面白いのは、リリピピのことを褒めると、テイムモンスターが誇らしげな風を見せることだ。
そうと知ってからは、いくら言い聞かせても知らん顔をする時にはリリピピを持ち出して言い含めることもある。
リリピピには感謝しきりで、一度、テイムモンスターに褒美として与える高価な餌を進呈したことがあったが、どうやら口に合わなかった様子だ。シアンからリリピピの好物を聞いて、カラムの農場で熟した果物を貰って献上した。美味しそうに食べてくれたし、嬉しい誤算としては、リリピピが喜べばテイムモンスターの気分も上向いたことだ。
セルジュは方向転換して、小鳥の魔獣を増やすことにした。できれば、どこにでもいそうな目立たない者が良い。
「敢えて地味なテイムモンスターを増やすんですか?」
シアンに聞かれた際、派手な羽色で人目を引いて記憶に残られる方が支障を来す可能性が高いのだと伝えた。
「ああ。隠密といった感じなんですね。翼のある自由自在の隠密かあ」
感心した風情で言うシアンに、セルジュは目を見開いた。
「え、それ、格好良い!」
『確かに! とても良いですね!』
セルジュにはリリピピの言葉は聞こえる。幻獣たちがそう望めば意思疎通ができるのだという。とんでもない規格外のできごとであり、羨ましいことこの上ない。それをテイムモンスターとするために、セルジュは常に四苦八苦している。
「ふふ。リリピピも自在の翼の隠密だね」
『わ、私の地味な風貌が逆に意味があるということなんですね』
数多の鳥を従えて勇猛果敢に飛ぶ小鳥がシアンに甘える姿に、セルジュは頬を緩めた。あんな風に自分も、いつかはテイムモンスターと絆を結びたい。
「対象の特徴を掴むことって、案外重要なことなんだな」
強力な魔獣や非人型異類は初見で対処することになったら、厄介だ。大抵はそうである。密偵として情報は金に値することをルノーも熟知していた。
「写生をする時に素早く描くようにしたら、特徴を掴む訓練になるかもしれない」
また、大陸西の各地を巡る幻獣のしもべ団ならばこそ、土地の動植物の情報を得て、特有のそれらを描いて来ては鸞に見せる。
興味深そうにルノーの絵を覗き込むのは鸞だけでなく、時にリムや麒麟も加わった。
『わあ、綺麗な色だね』
『あは。実物を見ているようだよ』
『ふむ。これは初めて見るな』
「あ、今度また近くに行くことがあるので、土付きで持ち帰りましょうか?」
『やはり、狐顔は違いが分かる上に出来る逸材だね!』
いつの間にか九尾もやって来ていて、ルノーにかこつけて自分の株を上げようとする。幻獣たちと交流できることが嬉しい身としては、自分を出汁にできるのであれば、いくらでもしてほしいものだ。
ルノーはエディスで高名な画家に弟子入りしていた際、自分の才能を信じていた。今も信じてはいるが、その才能で成そうとすることが違う。ただ対象を描くのではなく、生き生きとその内面さえも写し出したい。
偏見や認知の歪みを是正し、知識や情報が物事をあるがままに捉えることの重要さを知った。ただ美しいと思わせるだけでなく、そこから得られる情報によって、より良い成果をもたらす。
大陸西の各地を巡り情報を得るに際して、自分の容姿が有利に働くこともままあった。誰しも自分のしていたことを止められて質問されれば鬱陶しいと思うものだ。それがそこそこ整った自分の容姿が緩和してくれる。
立場を悪くしたことのある外見ではあったが、今は役に立っている。前よりは少し、自分のことを受け入れられるようになった。




