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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
569/630

29.密偵たちのその後3(毒舌家・異能保持者たち)

 

「オルティアが結婚、か」

「最近、家族を持つやつが増えたなあ」

 翼の冒険者の行動範囲が広いため、幻獣のしもべ団は大陸西の各地に散り、殆ど家にいないことになるが、他の職業、例えば行商人や遍歴職人は旅をし、その間、家は妻が守る。同じく危険を伴うが、給与は安定している。第一に、仕事へのモチベーションが高い。ステータスの高い仕事に就く夫を持つ妻も誇らしく、その家庭を守ろうとするものだった。

「ああ、そうだな。私も結婚した」

「えっ」

「カーク、いつの間に⁈」

 落とされた爆弾に周囲がどよめく。

「つい先日」

「そんな暇がどこにあるんだよ!」

「どうやって!」

「ちゃっかりしてやがんなあ」

「流石は俯瞰ができる男」

 短く答えると、口々に声が上がる。武力を持たないが、誰よりも働く首脳陣の一人である。

「自由時間は貰っているからな。俺の話よりも、仕事をしろ」

 大陸西では翼の冒険者の名声が上がるのに引き上げられ、幻獣のしもべ団たちもまた評判を得ていた。

 それに関して、首魁であるシアンは自分たちが特別な存在だと思い込み、他者を害することがないように願うと言った。

 貴族たちは美しい季節にトーナメントを行い、贔屓の者に賭ける。勝てば喜び、負ければ悔しがる。それは何も金銭を賭けているからだけではない。現に、賭けには参加しない庶民が結果を聞いて、贔屓の者が勝つと、自分の功のごとく誇る。自分が期待を寄せる者が優秀であると思いたがる。

 そういった自民族中心主義、自文化中心主義の最たるものが以前の貴光教だった。自分たちの価値観が全てで、異なったそれを持つ集団を蔑視し敵意を抱いたのだ。

 人は自分自身や身内に対して良い認識を持つ。欠点に目を瞑りがちだ。自分にとって好ましくない情報は無視するか歪曲することがままある。

 一旦、自己認識が出来上がると、それを正当化しようとする。そのため、自己認識に合致する情報を選んで集めてくる。これが自己確証バイアスだ。そのイメージに沿った行動をし、イメージを正当化してくれるような人と人間関係を結ぼうとする。

 多くが、自分を認めてくれる者と付き合いたいと思う。常に否定する者とは付き合いづらい。それが極端になると、自分を褒めたたえてくれる者しか周囲に置かなくなる。

 他の者もそう言っている。みながそう思っている。

 そういった論法で、他者をコントロールしようとする。いや、その意思もなく、純粋に自分の考えが普通だと思い込んでいる。周囲のごく狭い範囲の人間たちの行動にしかすぎないのに、多くの者が自分と同じ意見や行動を持つという思い込み、誤った合意を持つのだ。

 権力を持つ者ほど、その権限や影響力を行使したがる。権力のない者たちの努力を不当に低く評価しがちだ。下の者たちの成果が上がらないのは彼らだけに起因する問題で、成果が上がった場合は自分の影響力を評価する。

 カークはアダレードに行く前にそういう世界にいた。

 自分を価値あるものと結びつけることによって、自分もまたその栄誉を共有したがる。ちょうど今、翼の冒険者のおこぼれに預かろうと群がる者たちのように。

 シアンはそれを否定する。

 幻獣たちがすごいのであって、自分には大した力はないという。

 それをなさしめるのは彼以外には何者にもでき得なかっただろう。

 シアンはそんな評価とは全く別のところにいて、できる者ができることをし、して貰ったことに感謝を抱き、働きに正当な報酬を与えようとする。

 かつてないほどに、充実した居場所だった。

 しかし、そこを離れようという者もいた。

 別離は必ず訪れる。



「ベルナルダンとアシルが村に戻って後進の育成、か」

「グェンダルと相談して決めたんですってね」

「じゃあ、私に子供が出来ても任せられるわね。ロラはやる気に満ちているんですもの」

 村の子供は村人が育てる。クロティルドも他の子供たちの面倒を見て来た。だから、自分の子供と離れるのは寂しいものの、それが不自然なことだとは思わない。

「まあね。私はとことんやらせて貰うわ」

 ロラがふ、とため息に乗せて不敵に笑う。

「それが仕事へのモチベーションに繋がるなら歓迎する。しかし、感情に捉われて目を曇らせるな」

「分かっているわ。いいえ、そうね。重要なことね。忠告、胸に留めておくわ」

 ロラはこういうところがすごいと思う。

 灼熱の感情を持ったまま理性を維持し得るのだ。だからこそ、狙撃手としての異能を手に入れることができたのだろう。

 カークとロラとテーブルを囲んで食事をしつつ、こんなに穏やかに話すことができるとは、と感慨が深い。

 振り返ってみれば、自分の覚悟が足りずに迷惑を掛けて来た。見捨てられる瀬戸際に立ったこともある。しかし、グェンダルを始めとする多くの者たちが尽力してくれた。

 その同族であるゾエ村出身のベルナルダンはマティアスのことを聞いて、思うところがあったようで、村に戻りたいと願い出た。

「俺はカリーネとの間に子供はできなかったが、でも、村の子らは村人全員で育てるからな。異能持ちで実践に出た者として、教えることもあるだろう」

 そういうベルナルダンに、当然、アシルもついて行く。

「ベルナルダン一人に任せておいたら、育つはずの次代も育たねえよ」

「まあな!」

 冗談口ではあるが、言われた当の本人が認めてしまっている。アシルと共に当たった方が事は上手く運ぶと思い知ってのことだ。

 ベルナルダンはカリーネの仇を討ちたいと思っていた。シアンの采配でマティアスはその罪を伏せられたままゾエの復興に従事した。彼もまた異類だとして迫害された犠牲者だ。更には寄生虫異類に半ば操られていた。

 では、誰がカリーネの仇なのか。

 幻獣のしもべ団として寄生虫異類を追った。

 それまでゼナイドでも一部しか移動したことがない。それが大陸西のあちこちに行くことになった。様々な集落を見て、多様な生活様式、考え方を知った。

 世界が広がったベルナルダンは度量をも広げた。カリーネが大切なことには変わらない。変わらないまま、器が大きくなったのだ。簡単にマティアスを悪だと断じることができなくなった。

 そして、異類排除令でマティアスがゾエ村を守り、逝った。その時、二度も奪わせてなるものかと言ったのだという。

 言い様のない、強いて表現すれば憐みと虚しさを覚えた。

 また、ゾエ村に国王が慰問に訪れたと聞いた。

 それまでのゼナイド王室は人型異類に冷淡だった。難癖をつけて集落に兵士を差し向けたこともある。王室の中心人物である国王が、異類排除令で大きな被害を受けただろう異能保持者たちを見舞うために国土を横断しているのだそうだ。

 異能保持者たちが翼の冒険者の支援団体の一員となっていることも大きいだろう。

 それでも、立場や価値観が違っても手を取り合おうという姿勢を見せたのだ。新国王は一角獣に恥じぬ振る舞いをしたいと考えているという。

 人も国もその在り方を変えることが出来る。ただし、それは自らが変わろうとしなければならない。相手が謝ったら自分も謝るではないのだ。まずは自分が行動に出なければならない。

 一角獣は得意の突進で凝り固まった価値観に風穴を開けた。開けた視界の向こうに初めての視点を見ることが出来た。後は眩しい途へ踏み出す勇気を持つだけだ。

 ベルナルダンにそういった国王の心情が全て分かったのではない。ただ、幻獣の存在を身近に見聞きし、国王も変化を遂げたのだと知る。

 ならば、自分も変容しても良いではないか。

 カリーネを大切にする気持ちのまま、誰かを恨んだり憎んだりするよりも、生まれてくる異能保持者の能力を伸ばすことに手を貸したい。

 カリーネとは子をなすことができなかったが、村の子はみなの子だ。異能を持つ先達として、また、幻獣のしもべ団団員として活動した経験を活かし、それらを継承していく。そうして無形のものを次代へと伝えていくのだ。



 リリトはベルナルダンがゾエ村に戻ると聞いて躊躇した。

 自分も帰るべきだろうか。

 何となく、ベルナルダンに話す前に誰かに聞いてもらいたくて、クロティルドに話した。

 村では良くあることだった。普段、口うるさいと顔をしかめる子供も、何か事が起きればクロティルドに相談を持ち掛ける。簡単に解決することではなくても、心の底では信頼しているのだ。

「ベルナルダンはカリーネのことを忘れないまま、仇討ちではなくてもっと他のことに取り組みたいと思ったんですって。私はそんな風に前向きに変わることができなくて。そんなことではいけないと分かってはいるんだけれど」

「ああ。シアンのこと? 別に思いきれなくても良いんじゃないの?」

 殊更言葉を濁して話したのに、クロティルドに察せられ、明確に言葉にされてリリトは喉の奥でくぐもった声を発することしかできなかった。

「別に今すぐどうこうって訳でもないんでしょう?」

 こういう時、揶揄ったり哂ったりすることがないからこそ、クロティルドに相談しようと思うのだ。それに、言いにくいことを遠回しに言っても話の本筋を察し、建設的な意見をくれる。

 リリトはおずおずと頷いた。

 そうか。この気持ちを殺さなくても良いんだな。

 そう思った途端、心が軽くなった。

「セルジュも前途多難ね」

「何か言った?」

「いいえ、こちらのことよ。そう言えば、聞いた? アメデに袖にされた女性がロイクとの仲を疑ったという話」

「えぇ⁈」



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