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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
568/630

28.密偵たちのその後2(貴婦人2)

 

 貴族は使用人に対して鷹揚さを示すことで、敬愛されるようになる。そこで、貴族たちは年に一度使用人に対して晩餐会を催したり、大きな貢献した領民を招待して舞踏会を開いたり、領民のための祭りを行ったりする。無論、それ相応の金銭が必要とされる。

 そして、貴族の慶事に祝い物や酒や菓子を振る舞うことで民心を掴む。

 身分制度が明確な国では、主が配下の者たちに「お仕着せ」を与える習慣があった。時が下るにしたがって、次第に制服は使用人の身分、職種、季節、時と場合によって細かく規定されるようになり、雇用契約書にも明記された。

 人から羨まれる者を配下に置き、自家の「お仕着せ」を着せることは一種のステータスであった。例えば、名声高い剣聖を家臣にしたことで権力を誇示できると考えたようにだ。

 なお、当代の剣聖はそういったことを好まないが、仕えたいと認めた者に対しては勧められれば喜んで身に着けただろう。しかし、その主の立場にある者たちもまたそういったことを好まなかった。

 ともあれ、そういった「お仕着せ」は外圧から保護する意味合いもあった。また、使用人の方でも、人気ある主から与えられる制服を身に着けることを名誉に感じた。

 フィロワ家でもその傾向が見られた。

 オルティアは幻獣のしもべ団の活動の一環として一族の異能保持者と共に領地の安全確保の任も担っていた。元々やっていたことを、マウロが幻獣のしもべ団の任務としても継続して行うように取り計らってくれたのだ。

 幼いころから共に訓練し、非人型異類討伐という死線を潜り抜けて来た者たちとは強固な絆を得ている。

 幻獣のしもべ団に入団したオルティアの先見の明とその能力が飛ぶ鳥落とす結社に認められたことを誇らしく思っている風だった。幻獣たちの話をしてやると嬉しそうに耳を傾ける。翼の冒険者たちが料理をすることに、大抵驚かれる。器用だったり知能が高い者たちがいると聞いて、そんな者たちと共に料理をしてきたと話すと更に仰天された。

「ははあ。オルティアも女らしくなってきたんだな」

「でもさあ、本来、貴族の女性は料理をしないって言うじゃないか」

「いや、うちの一族のトップの女性たちは菓子作りをしている。それで一族に財を成したじゃないか」

「なら、流石は時期当主の側室、といったところか!」

 概ね、オルティアの結婚を祝福してくれている。結婚した後も、今までの仕事は変わらず続けると言うのに、オルティアらしいと笑って受け入れてくれた。

 そんな彼らが守る領民たちもオルティアとその婚儀を祝おうという動きがあった。納税の他に特産物がどんどん運び込まれる。天変地異による凶作があっても、自分たちはこれほどのものを作り出せるのだという自負もあった。

「オルティアは領民に愛されているからなあ」

「体を張って彼らの生活を守って来たからな」

 大量に運び込まれる物品の仕訳や処理といった手間が増えたとは思わずに、良い面を見てくれる家族がしみじみ言う。

 これまでやって来たことを認められて、不意に涙ぐみそうになる。

 そこで、オルティアは結婚の祝儀として領民に揃いのスカーフを渡してはどうかと二人の母に相談した。それを身に着けさせることでフィロワ家の家臣であると示し、外圧から保護するのだ。フィロワ家の威光が強い今、一層彼らを守る盾となろう、と。

「折角だから、花嫁衣裳と同じ色で染めましょう」

「まあ、良いわね! みな、喜ぶわ」

 浮き浮きと手配に乗り出す母二人に手伝いを申し出ると、お前は領地の守護と幻獣のしもべ団の仕事で忙しいのだから、と断られる。何なら、婚礼の準備すら任せてしまっている。

 こういうことは花嫁が張り切るものだが、オルティアには途方もないことなので、有り難いことこの上ない。楽しそうに二人ではしゃいでいるのに時折参加するくらいだ。

 せめてもの礼にと新居でシアンに教わった料理を作って差し入れしようとしたら怒られた。

「しようのない子ね!」

「そういうのはね、まずはエミリオスに渡すべきよ。私たちが恨まれてしまうわ」

 助言を有り難く受け入れ、そのまま未来の夫に渡すと嬉しそうに食べた。

 あまりにも幸せそうだったので、エミリオスの好きな料理を聞き出し、それを作ろうとは思ったものの、自分一人では途方に暮れる。

 クロティルドに相談すると、シアンとまた料理をすることになった。

「新居にぜひ遊びに来てくれ。エミリオスがシアンが料理をするから、厨房も充実させたと言っていた。実際、色々器具も揃っていたし、広かったよ」

「伺わせて頂きますね」

 そんな風にして、自分なりにエミリオスと接しているのを見て、二人の母はにこやかに囁き合った。

「ハールラ家には頭が上がらないわ」

「何を仰るの、当主の妻なのに」

 次期当主の心を整え、巷で最も関心を買いたい翼の冒険者の来訪を約束されたのだ。フィロワ家は得難い人材を有していた。

 貴族社会では根回しが重要だ。訓練を盾に逃げ回っていたオルティアも、フィロワ家に嫁ぐのだから、社交界に顔を出さないわけにはいかなくなった。オルティアの最も不得手な部分である。

 そんなオルティアに意外な救いの手が差し伸べられた。

 アメデがアドバイスを行ったのだ。貴婦人たちには「紳士的に」振舞う。

「オルティアは貴婦人の儚さはなくても、凛々しさがある。欠点を克服するよりも長点を前面に押し出してごらん」

 流石は数多の女性とやり取りしてきたアメデである。

 オルティアの特性を掴み、女性の世界の駆け引きには初めから勝負を持ち込ませず、違う方面からのアプローチを示唆した。

 結果、オルティアは騎士や貴婦人から人気を得た。

 騎士からは力へのあこがれを向けられ、貴婦人たちからは毅然とした頼りになる存在と目された。物硬いオルティアの雰囲気がそれを後押しした。伸びた背筋で、さり気ない助けの手を差し出してくるオルティアに、老いも若きも貴婦人たちは頬を染めた。それでいて、翼の冒険者の幻獣たちの話を訥々と話すのも愛らしいという評判である。

『ギャップ萌え? いつの時代も男装の麗人というのは女性の憧れなのですなあ』

 妙なことを知っている狐ならばそう評したかもしれない。



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