表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
567/630

27.密偵たちのその後1(貴婦人1)

 

「俺、昨日の晩、良い夢見たわ」

「どんな?」

「なんかさ、草の上に座ってたの」

「ふんふん」

「そしたらさ、足に何か感触があって。見たら、リム様が俺の膝に前足をかけてたの」

「なにぃ⁈」

「それでさ、吃驚して動けなくて」

「それで、どうしたんだよ!」

「ちょ、近えよ、離れろって」

「その先は!」

「耳元で怒鳴るなって。そんで、そのままちょろちょろっと膝の上に乗り上がって、腕を伝って肩の上に乗られた。あの小さい指と爪の感触! ふわふわの毛!」

「う、羨ましくなんかないんだからね!」

 幻獣のしもべ団団員の雑談を聞くともなしに聞いてしまったシアンを、リムが不思議そうに顔を覗き込む。

「キュア?」

「確かに、膝の上から腕を伝って登ってくる、ってよくやっているね、リム」

「キュア!」

 リクエストしたつもりはなかったのだが、先のしもべ団団員が言っていた通り、リムはシアンの膝に乗り上がり、腕を伝って、肩に陣取った。

「これって、夢のようなことなんだね」

 肩の上でリムが首を傾げると柔らかい毛並みが顎や頬に当たってくすぐったい。

「リムと一緒にいれることは、とても楽しくて嬉しいということだよ」

『ぼくも! シアンやティオたちと一緒にいれて嬉しい!』



 オルティアは新居として建てられたクリーム色の石造りの、青色の屋根を頂いた優美な館を眺めた。

 飾り窓がいくつもしつらえられている。正面には、両側に広がる外階段が二階の扉へと続いている。五階建ての比較的高い建物だが、横にも広く、また、外側からも一階の天井の高さが分かる広々とした造りをしている。

「こんなに立派な家をいつの間に用意していたんだ」

「オルティアとの手紙のやり取りで、婚約を継続してくれると言った時に。その、勝手に決めて悪かった。気に入ってくれると良いのだが」

 優美な容姿に反して肝が据わり、先進的な考えの持ち主であるエミリオスは、普段の冷静な態度はどこへやら、落ち着かない風情でオルティアの表情を探る。

「どうして? 夫が妻の住まいを用意するのは普通のことだろう?」

「うん。でも、私は君との住まいは一緒に色々決めたかったんだ。君が住み心地が良い家にしたかったし」

 それでなくとも、活動的で有能な婚約者はあちこちで頼りにされているのだ。せめて居心地が良い場所にしなければ、共に過ごす時間が目減りする。

「ああ、良い雰囲気だ。ただ、大きすぎやしないか?」

「あれこれ付加したらこうなったんだ」

「ふうん」

 贅沢に興味のない気質の婚約者に、エミリオスはせっせと弁明する。

「ほら、翼の冒険者が訪ねてくるかもしれないだろう? 厨房もそれなりのものでないと」

 手紙にはオルティアが翼の冒険者と幻獣のしもべ団女性団員とで料理をしたとあった。この館に招いた時に同じことがなされる可能性は高い。

「ああ。シアンは料理をするからそうだな。庭も広いから幻獣たちが寛げそうだし」

「そうだろう?」

 ようやく新居への興味が熱を帯び始めたオルティアに、エミリオスが安堵のため息を吐く。

 婚儀は来春行う予定だ。早々に建てられた邸宅はエミリオスが腐心しただけあって使い勝手が良く、春を待たずに使って良いかと聞かれて快諾した。

 エミリオスも滞在しようとしたが、連泊は執事に諫められた。

「婚儀の前に外聞を憚ります」

 次期当主に物申すことができるのは、本家で長年勤めあげて来た信頼できる使用人だ。オルティアへの接し方も良い。

「エミリオスは本家の方での執務があるだろう?」

 未来の妻にもそう言われてすごすごと邸宅を辞した。

 オルティアは婚約者を見送った後、自分も仕事をするために神殿へ向かい、転移陣を踏んだ。

 マウロには来春婚礼をすることを報告している。そろそろ、他の団員たちにも話しておくべきかと考える。

 アルムフェルトでも有数の貴族であるフィロワ家は先だっての異類排除令を撤回させ、貴光教の腐敗した上層部を一新させ再出発に大きく貢献した翼の冒険者にいち早く汲みした者として一目も二目も置かれるようになった。翼の冒険者と誼を結びたい者たちがこぞってフィロワ家に口利きを願い出る。それを確約せずに立場の強さだけを印象付けることに成功していた。

 事実、翼の冒険者は自由の冒険者だ。誰の紐付きになることも好まないということをフィロワ家は熟知していた。

 そんな者と親交を深めることに成功した時期当主であるエミリオスの手腕が認められ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの翼の冒険者の支援団体である幻獣のしもべ団の団員であるオルティアは一族の中でも確固たる地位を築いていた。幻獣のしもべ団の入団は今や非常に困難で、それでも、入団希望者は後を絶たなかった。

 カークやディラン、グェンダルといった中枢の者に婚礼の報告を行う。

「おめでとう」

「そうか。ついにか」

「寂しくなるな」

「何を言っている。私は幻獣のしもべ団を退団する気はないぞ」

 貴族の婚礼であるので、ある程度の日数を必要とされる。そのため、任務に支障が出ないように報告連絡を行ったまでである。

「え、だって、お前」

「フィロワ一族は翼の冒険者との強固な関係を望んでいる。次期当主の側室が支援団体の団員など打ってつけじゃないか」

「しかしな、その次期当主をどう説得するんだ?」

「大丈夫だ。強力な助っ人を味方につけたからな」

 エミリオスとオルティア、双方の母だ。現当主も翼の冒険者との繋がりを弱めることは望んでいない。

 エミリオスが折れる他はなかった。

「オルティア。君はハールラの血を受け継いでいないかもしれない。でも、一族の血は受け継いでいる。それに、君は君だ。私が愛したのは強い異能を持ち、それ以上に強い信念を持って運命を切り開こうとする君だよ」

 エミリオスはオルティアは自身の為すべきことをすると良いと言った。

 四六時中傍にいなくても、家族となろうと話した。

「エミリオス、君が私の秘密の共有者で良かった」

 そっとエミリオスの手を握ると、力強く握り返してきた。

 オルティアは自身の出生の秘密を、結局、エミリオス以外には漏らしていない。その罪を犯した産みの母は今はなく、血の繋がった父とは会ったことすらない。

 オルティアの家族はハールラ家の父母と兄弟たちだ。そして、今後は新しい家庭を築いていくことになろう。

 欲しかったものは手の中にあった。これからはエミリオスと共に作っていく。

 この上なく喜ばしいことだった。

 さて、フィロワ当主は次期当主の婚儀の前に、ファガー家のクロエを側室から廃籍した。翼の冒険者に行った暴挙はクロエの友人がしたことであるとクロエとその父親は抗議した。客人の粗相は招いた側にも責がある。娘の責をお前が被るのかと返され、ファガー家は何ら関与するところではないと白旗を上げた。これにはクロエが青ざめた。あれほど自分に甘かった父親が掌を返したのだ。友人と同じくお前も修道院に行くかとまで言われて引き下がるしかなかった。

 その自分が退いた座に、あのがさつで乱暴なオルティアが就くという。エミリオスは自分に見せたことがない柔らかい表情を向けている。

 これほどの屈辱、これほどの侮蔑があろうか。

 よりにもよって、あのオルティアに。自分よりも優れた点など、異能を持ち、男たちに混じって戦うことくらいなのに。ああ、何て野蛮なのか。

 見目良いエミリオスの隣に並んでそん色のない自分を差し置いて。雅さから遠く隔たり、社交界でろくに受け答えができないだろうオルティアが。

 荒れ狂う気持ちをどうにかしたくて、友人たちに声を掛けたが一人も応じない。どころか、オルティアに繋ぎを取ってくれという者までいて、クロエの心を更にささくれ立たせた。

 惨めだった。

 だが、それだけで終わらなかった。

 ファガー家に戻って来て、しばらくは傷心に浸るつもりでいたクロエに、父が言ったのだ。

「若いうちに再婚しろ。お前はまだ美しい。貰い手がある今のうちだ」

「そんな、お父様!」

 泣いて縋っても父は考えを変えなかった。

 ならば、エミリオスほどの容姿と頭脳、行動力や財力を持つ者をと望んだが、どれひとつ遠く及ばない。

 そこそこの財力を持つ父親と歳の近い男やもめに嫁ぐことになった。

 クロエは全てを呪った。

 いつか復讐してやる。

 返り咲いてオルティアも父も見返してやるのだと初めは息巻いた。それは長くは続かなかった。精力的かつ嫉妬深い夫に家から出ることを許されず、手も足も出なかったのだ。そうしてクロエは子を数人産み、対外的には穏やかな生涯を送った。それに満足していたかどうかは、当人の資質次第である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ