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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
565/630

25.子育て  ~ギュワ/ブラシ待ち行列~

 

 翼の冒険者一行に救われた探検隊が山脈にはドラゴンがいるという情報を持ち帰った。

「ドラゴンはこっちの方には来なかったんだがな」

「それは荒地だったからじゃないか」

「とどのつまり、豊かになったら、やって来ることがあるというのか」

 ようやく暮らしが立つようになり、魔族の国からの援助も必要なくなるのではないか。税を納めるにはあと数年の猶予はあるが、それを甘受せず、少しずつでも支払って行こうなどと前向きに語り合ってきたところだった。

 ドラゴンは生態系の頂点にたつ種族だ。

 だからこそ、食料とみなされたり、ちょっとした慰みにいたぶられでもしたら、待つのは死だ。

 住民たちは暗い表情で怯えた。

 ようやく異類排除令から逃れ、発令が撤回されたのに、新天地での生活を脅かす存在が現れたのだ。

 魔族からしても、ドラゴンは難敵だったが、昨今では一概に悪だと決めつける風潮はなかった。彼らが慕う黒白の獣の君がドラゴン種だからである。

 重苦しい空気に沈む街に光が差したのは、再来した翼の冒険者からもたらされた朗報だった。

「ドラゴンが子育て、ですか?」

「そうなんです。あの屏風岩の山脈はドラゴンの翼くらいの強靭さがなければおいそれと超えることができないそうなんですが、今までは荒地の環境が良くなかったので来ることはなかったそうなんです」

 再び来訪した翼の冒険者はまたしても彼らに希望をもたらした。

 豊かな土地になったことに気づいたドラゴンが卵から孵った子供を育てるのに飛来するようになったのだという。

「ドラゴンから聞かれたのですか?」

「はい。こちらにもドラゴンがいますから」

 言って、肩の上に乗った小さい白い幻獣を撫でる。

 後に、その小さい幻獣が襲い掛かってくるドラゴンを追い払ったのだと調査隊から聞いた街の人々は感心しきりだった。

 親の四分の一ほどの体格の子供を連れたドラゴンと話し合い、住み分けを了承して貰ったという。

「他の魔獣も飲んでくれたので、もしかすると、と思って提案してみたら、意外に快諾されました」

 ティオが言っていた通りだね、と今度は傍らのグリフォンを撫でて微笑むが、その場にいた誰もがそんなことが出来る人間は翼の冒険者の外にはいるまいと断じた。理知的ながらも威圧感溢れるグリフォンに甘えられる翼の冒険者以外には。

「分かりました。他の集落の者にも使いを出して、子連れのドラゴンに無暗に手出しをしないように伝えます」

「ありがとうございます」

「いえ、そんな。お礼を言うのはこちらの方です」

 人にはどうにもできない難事に目の前が真っ暗になった者たちに光を与えてくれた。

 何でもないことをした風情の翼の冒険者は早々に立ち去った。

 さて、探検隊は勇猛果敢だった。

 ドラゴンが飛来するというのであれば、どの地点に来るのか。ちょっと山を下りたくらいのものなのか、調査しようと乗り出した。

 その中の魔族の一人がドラゴンと出会う。

 探検隊が周辺の動植物の植生観察に出かけた後、荷馬車の見張り番をしていた時のことである。川辺で水が潤沢にあるから、ブラシで荷馬車をゴシゴシやっていたら影が差した。見上げれば小ぶりのドラゴンが飛んでいて、興味津々の態で舞い降りてきた。

 両者ともに翼の冒険者から棲み分けてほしいと言われていたので、すぐさま襲い掛かることはなかった。

 やんちゃなのか、小さめのドラゴンは体を汚していた。物珍し気に荷馬車に鼻先を近づけてしきりに臭いを嗅ぐ。馬は少し離れた所に繋いでいた。

 壊さないでくれると良いなあと思っていると、ドラゴンは魔族の男は持っていた長い柄のついたブラシに鼻先を近づけた。驚いたものの、自分でも何故だか分からないが、ブラシで体をこすった。すると、乾いてこびりついていた泥がぽろぽろと零れ落ちる。

 硬い鱗のお陰で痛くはないらしい。逆に、目を細めてどこか気持ちよさそうだ。

「はあ、ドラゴンもマッサージされると気持ちが良いものなのかねえ」

 同じ動物なんだなと呑気に考えられたのはその時までだった。

 増えていた。

 鳴き声に振り向けば、仔ドラゴンが三頭、四頭、いる。こちらを見ている。空から飛来する。どんどん増えていく。

「ギュワ?」

「ギュワワ」

「ギュワギュワ」

 下りて来た一頭がブラシにふんふんと鼻を近づける。

「な、何だあ? お、お前もやってほしいのか? ほれ」

 魔族の男は怯えつつも、そっと首筋をこすってやると、やはり目を細める。

 可愛い。

 面白いことに、仔ドラゴンたちは一列に並び、順番を守るのだ。

 こうなってはみなにブラシを掛けてやるしかない。腕がだるいがここが踏ん張りどころだ。

 探検隊が戻って来て、留守番をしていた仲間がドラゴンをブラシでこすっているのを見て仰天する。

「お、おま、何をやっているんだ」

「俺も良く分からないが、ブラシを掛けてやる羽目になってさあ。悪いんだが、こいつら、大勢の人間を見たら驚くか興奮するかもしれないから、他のやつらに下がっていろと言っておいてくれるか?」

「分かった!」

 その後、男は仔ドラゴンのブラシ係となった。ドラゴンとの友好の関係を維持したい新天地の住民たちから、大役を仰せつかったのだ。危険手当込みで結構な給料が各街から支払われる。

 天気の良い日に仔ドラゴンたちに出会った場所でブラシ片手に待っていたら、飛来してくる。そうして、一列に並んで待つ仔ドラゴンたちにブラシを掛けてやるのだった。

 魔獣は鼻が利くのか、以降、男は単独で荒地をうろつきまわっても襲われることはなかった。

「きっと、ドラゴンの臭いが染みついているんだなあ」

 強者の気配を敏感に察知して近寄って来ないのだろう。

 その話を聞いた他の魔族たちはどこか羨ましそうにした。彼らにとって、ドラゴンは特別な存在なのだ。



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