24.探検 ~いつも通りじゃないと/がおー!/プロデュース力~
異類審問のから逃れ故郷を離れるのは一時避難のつもりだった者も、恵み豊かな土地を目の当たりにした。土地を耕したり獣を狩ったりして十分に暮らしていくことができる。物づくりをする者もいた。
中には、故郷に残った親族を呼び寄せたいと言う者もいる。
スルヤはシアンとそう言う者に許可を出すかどうかの相談をした。
また、人々は生産物を出し合って公共のものへ充てていた。
「これからは税という形で徴収する必要があると思うのです」
となれば、管理して意見の調整を行い、法整備をし、裁判をする必要がある。
裁判は神殿でも古来から神明裁判という形で行ってきたため、簡単なものはできる。しかし、法整備による裁判が必要になって来るだろうとスルヤはいう。
「大陸西のあちこちから集ってきたのです。習慣も文化も違います。考え方が違えば衝突は起きます」
今でも大小さまざまな諍いが起きたが、その都度、スルヤの言葉に耳を傾けて矛を収めてくれた。
それは苦難を共にし、時に命をかけてスルヤが避難民を守って来たからだ。
「ですが、定住した後はそれも難しいでしょう」
ここは魔族の土地だ。だから、魔族の法に従うことが良いのではないかというが、その意見も出たことがある。もろ手を挙げて賛成される向きはなかったという。
「彼らはでき得ることならば、翼の冒険者に統治されたいと思っているのです」
シアンはそれを望まない。スルヤはよく分かっていた。
そしてまた、インカンデラ国王リベルトも熟知していた。
国王自らこの地へやって来て、移住と開拓の労をねぎらった。その上で、気持ちは分かるが、翼の冒険者は自由の冒険者であって、人を治めることも人に治められることも厭うであろうと言った。
「陛下は我らに語ってくれました。キヴィハルユでの一件を。それまで初めて見る威厳溢れる偉丈夫の陛下に圧倒されるばかりだった住民たちも、身を乗り出して聞き入りました」
空からまばゆい光に包まれ一歩いっぽ降りてくる翼の冒険者、その周囲にはグリフォンやドラゴンはじめとする稀な高位幻獣が数多従っていたという。
そして、処刑されようとする罪なき異能保持者たちを救った。
「こちらではユルク様やネーソス様の人気は高く、彼らを伴われていたことや、その後の非人型異類が大挙した時に奮戦された様子などを聞いて、大層感じ入り、喜んでいました。そして、陛下はおっしゃったのです」
自分や他の魔族たちも翼の冒険者たちに救われた。彼らを慕い尊敬する気持ちは君たちと変わらない。魔族は他の者たちからしてみれば奇異に見える宗教観を持つだろう。しかし、同じ存在を心の支柱とし、彼らの恩に報いるために幸せになろうとしているのだから、手を取り合えるはずだ。魔族は貴光教のした行いを深く胸に刻み、同じ過ちを犯したくない。だからこそ、多様な考えを持つ者たちが互いにできることをし合ってより良い生活を築き上げよう。
「陛下は難しい言葉を使わず、ゆっくりと真摯に人々の目を一人ひとり見つめながら語られました」
これほどまでに自分たちに真摯に向き合い、対等に語り掛けて共に頑張ろうと言ってくれた為政者がいただろうか。
「わたくしたち全ての者が陛下の臣民となることを決めたのです」
こうして、魔族に他の血が入ることになる。
緩やかに滅ぶ道を歩んでいたかに見えた民族が多様性を持つようになった。
魔族の国では少し前に建築ラッシュを迎えた。街を清潔に保つことが多くの疫病から守ることだという鸞の教えを掲げ、上下水道を整備した。その建築は中央から地方へ広まりつつあった。その波が荒地にも届いた。魔族の地方の街よりも、未整備である荒地の方が不便だろうからそちらを優先してほしいと言う自治体も多くあった。
国民となった途端、職工が訪れて驚く荒地の住民に笑って見せた。新しく同じ民となったのだから、と。
シアンは偉丈夫の国王を想起する。
統治者の気質は国民にも伝わるのだろうか。
気持ちの良い彼らが種族病から解き放たれて活き活きと活動していることが、とんでもなく得難いものに思えた。
その特効薬を作り出した幻獣たちやアンデッドたちに感謝の念を改めて抱いた。
シアン一行は荒地の様子を確認し、みなが息災でいることを知り満足した。物品を渡し、そこで大陸西の文化が入り混じって新たなものが作り出されようとしていることを感じることが出来た。シアンはスルヤとも再会することができた。
暇乞いをした後、幻獣たちは探検をしたいと言った。
「探検? そうだなあ。じゃあ、もう少し奥地まで行ってみようか」
地面が良く見えるようにと低空飛行気味で飛んだ。
『緑の中に川がぐねぐねしているね』
『ユルクみたい』
『私?』
『蛇行というくらいだからな』
『ユルクがゆるゆると流れて行くんだね』
鮮やかな緑に川が水面を光らせ、水鳥が飛び、群れを成した獣が水を飲みに方向を転換する。
「色んな動植物がいるね」
『うむ。一度ゆっくりと観察したいものだな』
『スケッチブック、いっぱい持って来よう』
『あは。シェンシは沢山描くものがありそうだねえ』
『あの動物たち、美味しいかな』
『見たことがないのもいる』
『こっちは全種類狩って味見しそうにゃね』
『街で食べた料理は美味しゅうございましたゆえ』
『羊肉が多かったので、羊を家畜として殖やしているのやもしれませぬ』
『……』
『ネーソス、どうかしたの?』
ネーソスがユルクの頭の上で左手前方へ顔を伸ばす。ユルクが鎌首をもたげる。そのまま小首を傾げればネーソスが滑り落ちそうでシアンははらはらする。
『……』
『それは大丈夫。前に人と住み分けてくれと言った時、快諾してくれた魔獣だから』
ネーソスの言をティオが否定する。
「えっ、どういうこと?」
『ネーソスがね、向こうに強い魔獣がいるのに気づいて退治しようかって言ったの。でも、その魔獣はね、前にティオが人がいっぱい来るんだけれど、豊かな土地になって他に食べるものもいっぱいできるから、食べないであげてね、って言ったら、良いよって言ってくれたんだよ!』
驚いて声を上げるシアンに、リムが説明してくれる。
「そ、そうなんだ」
『ちなみに拳で言うことを聞かせたんでしょうかね』
シアンが聞きたかったものの、口に出せずにいたことを九尾が代弁する。
「ティオ、そうなの?」
『ううん。お願いしますって言ったら受け入れてくれた』
長い首をたわめて後ろを向くティオはシアンを見るついでに九尾にも視線をやる。よくも無駄口を、という意志を読み取って九尾は明後日の方向に視線を滑らせる。すかさずリムが口笛を吹く。こういう時に吹くものだと学習したのだ。正しくは、胡麻化したい本人がする動作である。九尾の冷や汗が増加する。
『誰かいる』
『馬で荷車を曳いている』
「ああ、スルヤさんが言っていた探検隊じゃない?」
『何か飛んでくる』
千客万来、荒れ果てていた時とは大違いだなあ、とシアンは呑気なことを考えていた。
『大きいね』
『探検隊に気づいて向かっていくよ』
「えっ! 敵意があるかな」
『うん』
シアンは逡巡した。
大きいものが探検隊に敵意を向けている。ティオに近づいて貰ってスリングショットを撃ち込んだとして、怯んで逃げて行ってくれる確率はいかほどだろうか。風の精霊の助力があるから命中はするだろうが、怒って、もしくはこちらに的を変えて、襲ってくるのではないだろうか。こちらには麒麟やカラン、ユエといった戦闘に向かない幻獣たちがいる。
シアンの気持ちを読み取るに長けたリムがさっと飛び出した。
「リム!」
『大丈夫! 威嚇するだけだから!』
反射的に、だったら大丈夫かな、と思ってしまったが、ともあれティオに後を追って貰う。
よくよく考えてみれば、大きいものだと言っていた。小さいリムの威嚇が通用するだろうか。
数瞬後、シアンは想像だにしなかった事態に唖然となった。
『シアンちゃんとゆかいな仲間たちの前にドラゴンが現れた!』
『見たらわかるにゃよ』
『九尾の言はおそらく、何らかの悪ふざけか判じ物であろう』
九尾の言葉にカランと鸞がコメントし合う。
『生態系の頂点に立つ竜種の中でも上位に位置していそうなドラゴンだというのに、みな様、いつも通りですね』
『……』
『あは。ネーソスがリリピピに突っ込みを入れるなんて、珍しいね』
『レンツ様が突っ込みなどというお言葉を覚えられるなんて』
『いや、それも九尾様に馴染み深い証拠』
『それでもおっとりした雰囲気を失わないことこそを称えるべき!』
『ドラゴンに威嚇されているんだけれど……』
『いつものことなの。むしろ、いつも通りじゃないと大ピンチなの』
今にもブレスを吐きそうに首をたわめるドラゴンを前にしてもマイペースな様子の幻獣たちにユルクが戸惑い、ユエが諭す。
ドラゴンブレスを前にしても危機ではないとしたら、彼らの大ピンチとは一体何なのか。
そう、幻獣たちが言う大きいものとはドラゴンだった。
砂埃をたてて走る探検隊に生態系の頂点に立つ獣が狙いを定め、下降しつつある場面へ、一直線にリムが飛んで行った。
「リ、リム! 戻って!」
シアンの言葉にリムが停止して振り向く。
その間にも、ドラゴンは着地した。探検隊の荷車を曳いていた馬が棹立ち、一気に混乱に陥る。
リムがさっと飛び出し、ドラゴンの眼前というにはやや下の方に位置取る。
そして、中空で後ろ脚立ちし、両前足を高く掲げた。
『がおー!』
シアンと一部幻獣が呆然とその様子を眺めた。
彼我の体の大きさの違いがすごい。
小さい幻獣に妙な仕草で威嚇されたドラゴンも半瞬間、戸惑った。
ティオはふわりと音もなく着地し、シアンを下ろした。リムに駆け寄ろうとするのを、同じくティオの背から降りた九尾が止める。ティオは背からわんわん三兄弟が入ったバスケットの持ち手を嘴で咥え、シアンに託す。力のない子犬を預ければ、滅多なことはしないだろうと思ってのことだ。
首をたわめ、くわ、と口を開き、今まさにブレスを吐こうとしていたドラゴンは見た。
妙な気配のする小さな白い獣の後ろに、ぬ、と進み出たグリフォンと、ふ、と現れた一角獣を。知らず、一歩後退さった。
ティオと一角獣は気配を薄めることを一切行わなかった。その上で、静かに確固たる意志を持ってドラゴンを見返す。
その威容に気圧されたドラゴンは尻尾を巻いて逃げ出した。
『威嚇成功!』
リムは満足げな笑みを浮かべてシアンの元へと戻ってきた。
『バックに怯えて逃げて行ったのにゃ』
『でも、逃げて正解』
『そうだな。まともにやりあったら痛い目を見るのはあのドラゴンの方だっただろう』
カランとユエ、鸞が囁き合うも、リムは気にしない。シアンに成果を披露する方が重要だったのだ。
ふんすと鼻息を漏らし、シアンにえっへんと胸を張って見せるリムをティオと一角獣が頬笑まし気に見やっている。精霊の加護を得た幻獣三頭を相手取ることができるのは、シアン以外にこの世のどの生物でも無理だろう。
『リム様はお強いのです!』
『ドラゴンもひと睨み!』
『強くて可愛いリム様!』
『さすがはきゅうちゃんの弟子ですね!』
九尾は可愛い狐かどうかはさておき、リムに様々な仕草を教えた。つまりはリムに可愛いを教えるプロデュース力はあったのだ。




