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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
562/630

22.アイドル幻獣

 

 街の上空をのんびりと旋回していると、足下で指さされて耳目を集めている様子だ。

 下から翼の冒険者、蛇、亀といった声が聞こえてくる。

『ユルク殿とネーソス殿はこちらでは大人気ですね』

『ニカでもだよ。巨大な亀に乗って、蛇が護衛してくれての航海だからね』

 リリピピと九尾のやり取りに、ユルクが眼下を見下ろして鎌首を下げると、その上に乗っていたネーソスも首を長く差し向ける。ネーソスが短い尾を振るのは見えなかっただろうが、ユルクが尾を振るのは見えたらしい。どっと歓声が上がって両手を天に差し向けて振って来る。

『特に子供に人気にゃね』

 カランの言葉に並走する麒麟と一角獣が顔を見合わせ、麒麟の背に乗ったユエが胸を張る。

「降りようか」

『それが良かろうな』

 シアンたちが街の入り口に舞い降りると、知らせを受けたのか、スルヤが立っていた。

「スルヤさん、お久しぶりです。お元気そうですね」

 ティオの背から下りて駆け寄る。

「シアンさんも。翼の冒険者のご活躍、しかと耳にしております。キヴィハルユでは多くの民を救ってくださったとか。本当に、本当に感謝しております」

 シアンの両手を握って涙ぐむ。

 少し痩せたが、表情は明るく、疲労の影響は見受けられない。

 大きく開いた扉の向こうからは子供も大人も集まって来ていた。魔族の姿もあり、不用意に幻獣たちに近づかないように人員整理をしている。

「お時間があれば、ぜひ寄って行ってください」

「はい。お邪魔します。短期間でこんなに立派な街を造られたんですね」

「みなが頑張ったからできたのです」

 スルヤの言葉に群衆が誇らしげな顔つきになる。

 巨躯を誇る幻獣たちが並んで歩いて余裕がある大通りは石畳が敷かれていた。

「畑だけでなく、近隣の村や街、ニカやインカンデラからの荷馬車が行き来するので、頑丈な石造りの道にしたのです」

 魔族の国から派遣された測量技師や学者などが設計したものに合わせて造っているため、水はけも良いらしい。

「大陸西のあちこちから人や物、技術や知恵が集まり、新しい文化が作られようとしています。料理ひとつとっても、様々なものを取り込んでいるんですよ」

 それこそが翼の冒険者が求めるものだ。

「それは楽しみですね」

 ぜひ食べて行ってほしいというのに礼を言いつつ、多様な価値観、生活様式の衝突も少なからずあっただろうということは容易に類推できた。

 スルヤはそんな苦労よりも多くの者が生き延びることができたこと、新天地が豊かな土地だったこと、第三者が助力してくれたこと、そして何より、異能を持ち、それによって迫害されたからこそ、他者を尊重することができているのだということを語った。

 街の中心にある集会場に案内されようとしたが、好天であるし、隣の公園で話さないかと提案したら快く受け入れられた。

 シアンを中心に、思い思いに寝そべり横寝する幻獣たちをスルヤは眺め渡す。

「これほど立派で理知的な幻獣様たちを間近にできるなんて」

「みんな、力があったり、知恵があったり、技能があったりするんです。それぞれできることをして、今回の流行り病や天変地異に対処してくれました。ああ、こちらの住民の方々と同じですね」

「まあ」

 幻獣たちと同じだと言われ、スルヤだけでなく、集まって来ていた住民たちが喜んだ。

 彼らは幻獣たちを遠巻きにしながら公園はいつになく賑わい、入れなかった者で溢れ返っていた。

 料理の話題が出たことから、抜け出て厨房に駆け込む者もいた。

 スルヤが語ったところによると、異類排除令が解除された後、四分の一ほど郷里へ戻ったが、恵まれた場所だからと言って大半が残った。

「ここだけではなく、他にも街があるんですね」

「はい。急に住民が増えたため、フィネスキ陛下が送って下さった学者や測量技師の方々の御力添えで建設は素早く行われました」

 街が建設された後、その学者や測量技師たちは探検隊を編成して荒地の奥地を調査しているのだという。

「魔族の方々もこの地がどんなものか興味がおありの御様子です」

『探検隊?』

『きゅうちゃんたちがいつもしていることだよ。遠出してあちこち知らない場所を見て回るんだよ』

『正しくは未踏破の場所や不透明なことを調査するのだがな』

『でも、探検隊って何だかわくわくするね』

『ユルクは海だけでなく、陸地の湖をあちこち移動していたからにゃあ』

『探検好きだね』

『……』

『確かに、リム様と相通ずるものがありまする』

『うん、そうかな。でも、みんなで一緒にあちこち見て回るのも楽しいよ』

『ぼくも!』

 途端に、鳴き声を上げ始める幻獣たちに、スルヤ他街の者たちが注目する。

「何かございましたでしょうか」

「この土地を探検されているというのに興味を持ったみたいです」

「この地に跋扈する非人型異類を討伐し、強力な魔獣に人との住み分けを説いてくださったとか。本当に感謝してもしきれません」

 深々と頭を下げるスルヤに顔を上げてくれるように言う傍ら、ティオがついと顔を持ち上げ虚空を睨む。

『良い匂いがする』

『本当だ』

『トマトの匂いだ!』

『野菜と肉が煮込まれている料理だ』

『えっ、本当?』

 五感に優れた幻獣たちがそわそわする。

 スルヤに街の人間が近づいて耳打ちする。頷いて見せてシアンに向き直る。

「シアンさん、街の者たちが料理を作ってきたようです。ぜひ食べて行ってください」

「ありがとうございます」

 お返しとばかりに、幻獣たちと作った料理の他、物資や薬を渡し、恐縮された。

 スルヤに陣中見舞いを渡す間にも、湯気が立ち上る大鍋が幾つも運び込まれる。

 乾燥白いんげん豆を羊肉とトマトペーストとで煮込んだ料理、羊の肉団子とジャガイモを煮込んだ料理、ピーマンに羊のひき肉と飯を詰めてスープで煮込んだ料理などが並んだ。

『羊肉が多いにゃね』

『煮込み料理を取り揃えてきましたなあ』

『わ、ジャガイモだ』

『他から運んできたのかな?』

『馴染みがあるなら、ここで育てるのはちょうど良いね』

 大鍋の料理を幻獣たちの深皿に注ぎ、一頭ずつ目の前に置いてやる。全員に行き渡ってから食べ始める幻獣たちを、行儀が良いと感心しながら人々は眺めた。美味そうに食べる姿に、作り手冥利に尽きる料理人たちは、涙ぐむ者までいた。

「蛇さん、それ、私も手伝ったの! 私ね、亀さんの甲羅から落っこちて海に沈んじゃった時に、蛇さんに助けて貰ったんだよ!」

 料理人たちの最前列で小さな子供が身を乗り出す。

『ああ、あの子か。元気そうで良かった。この料理もとても美味しいよ』

「覚えているんだって。元気で喜んでいるよ。料理もとても美味しいって」

「やったあ!」

 シアンがユルクの言葉を伝えると、頬を紅潮させて歓声を上げる。

「亀さーん!」

「連れて来てくれて、ありがとうな!」

「いっぱい食べてね!」

『……』

 のっそりと首を上げたネーソスがきゅっと目を瞑った。

「「「「わあぁぁぁ」」」」

『アイドルみたいですね』

「大人気だね」

『ある意味英雄にゃよ。救世主の方かもしれないにゃね』

『ネーソス様の乗り心地は格別ですから』

『速度も速うござりまする!』

『潜水も可能でする』

 わんわん三兄弟が煮込みの深皿から顔を上げて尾を激しく振る。その顔は料理の汁で汚れていて、シアンは笑いながら拭ってやった。





ユルクとネーソスの属性は水です。きっとテーマカラーは黒で方角は北。

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