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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
560/630

20.移住者2

 

 幸運と言うべきかどうか、幻獣のしもべ団団員に教えて貰った港町に行くまでに、避難する異類と合流することができた。彼らは常に異類審問官の陰に怯えていた。その一団の中にいれば自分も危ういと思わなくもなかったが、行き着いた先で共に村づくりをする仲間だ。少なくとも、彼はそう思っていた。だから、彼らを励まして、とにかく移動を優先した。幻獣のしもべ団団員が渡してくれた路銀が役に立った。彼らに渡した金銭は翼の冒険者から預かったものだという。他の避難者にも同じようにしているのだろう。ならば、どれほどの財力を有しているのか。村から殆ど出たことのない彼には途方もないことだった。

 港町ニカに着くころには、合流を繰り返して異類一行の数は増えていた。その段には彼は中心的存在の一人となっていた。世慣れた者は他にいた。しかし、彼らは異類排除令に竦んだ。密告が推奨され、一般人がいつ牙をむくか分からない。自分たちが助かるために、犠牲の羊を探している昨今だ。異能がない彼だからこそ、行く先々で交渉や折衝する役が回って来ることが多かった。慣れぬことで失敗も多かったが、それを責めることなく、異能保持者たちは彼に感謝を抱いてくれた。彼が異能について偏見がなかったのも大きい。単に異類がどんなものかぴんときていないだけなのだが。

 逃げる一行の中には小さい子供も多く、自分たちは異常者なのかと悩む者もいた。幼い者が自分を否定する姿にいたたまれなくなり、異能なんて職能と何ら変わりない。生まれ持って異能を持っているというのは、他の者よりもできることが多いだけだと話した。

「ただ、それを良く思わない者がいるから、今は隠しておこう。仲間の前では構わないし、危険な時はばんばん使って逃げろ」

 そう言うと、子供たちだけでなく、大人たちも安心して頷いた。彼らもまた、頭ごなしの否定に反発しつつも、傷ついていたのだ。

 そうするうち、彼は中心人物の一人に数え上げられるようになっていた。隠ぺいして狩りを行ったり、擬態して敵をやり過ごして情報を掴んでくる優秀な技能を持つ者たちに頼りにされると、面はゆくも、据わりの悪い心地になったので、彼はそんな時は子守をして過ごした。

 褒められると謙遜して子供たちを構っている方が気楽だと言わんばかりの彼を、異能保持者たちは好ましく思った。

 見知らぬ土地を、価値観や生活様式の違う者たちが集って旅するのは骨が折れた。ましてや、捕まったら最後、審問官の手から逃れながらである。

 ニカまで移動する間、心の余裕はほぼなかったと言って良い。

 マジックバッグなどという高価な物を持つ者はおらず、荷馬車には老人や子供、怪我人、病人で満杯で、荷物を手分けして背負っての移動だった。

 大所帯になると隊を作った。朝の時間帯は忙しなかった。食事を作り食べ、テントを片付けて出発するために準備する。村の朝の時間のなさとは違う慌ただしさに、新鮮さを感じずにはいられなかった。

 ニカで温かく迎え入れられ、人心地付き、島と見まがう亀に乗せられて到着した先には真実、恵み豊かな大地が広がっていた。

「ここが荒地?」

 花々が咲く草原を小動物が駆け、豊かな水を湛えた湖や大河が大地を潤し、木が実を実らせている。

 聞いていた通り、人工物は少ない。先に到着していた者と挨拶を交わし、次の日から開拓作業に加わった。

 彼はそこで行き詰った。

 もはや、避けねばならない審問官も密告の人目もなく、彼の役割はない。この段になれば、異能や特技を発揮して、みなが得意分野で働いた。それまで委縮していた枷から解放され、活き活きとしていた。

 誰も役立たずの彼を責めなかった。今までどれほど世話になったか、無事にここまで連れて来てくれた功労者だと言ってくれた。彼自身が自分の無能さに打ちのめされていただけだ。

 自分ができることは何かを考えた。

 この地を開拓しなければならない。

 彼は探検隊に加わることにした。

 聞けば、ここは魔族の国土だという。荒地で強力な魔獣や非人型異類が跋扈し、手つかずのままの土地だったのを、翼の冒険者が人との住み分けを依頼し、草木を植え、水を引いて大河を作り、豊かな場所に作り替えたのだという。後半部分は翼の冒険者に対する眉唾物の噂の一つであろうが、とにかく、好戦的な魔獣やらを倒してくれたのは有り難い。国さえ手を付けかねていた存在を片付けられる戦力に驚愕しきりである。

 魔族の国は非常に翼の冒険者に友好的で、貴光教に同じ迫害される者として異能保持者への援助をしてくれた。国兵を差し向けて治安の維持を担った。

 排除されたとはいえ、豊かな土地故に獣害が皆無というにはいかない。

 また、ようやく脅威から逃れた安心感や生活様式の違いから諍いが増えたことへの抑止力ともなった。間借りして保護してくれている国の兵士に逆らう者は流石にいなかった。

 魔族の国は兵士の他に、職人や測量技師、学者をも派遣していた。後者たちは荒れ果てた土地の変わり様を調査する。国としても、精力的に活動するようになり、人口も増えているので、新しい土地とその資源に注目をしているのだという。貴光教の逆風激しい最中に活力を持っているというのが不思議である。

 ともかく、彼はその話に飛びついた。

 豊かな大地が広がっている。次々とやって来る人々により、すぐに集落が出来、村から街へと変わる。街は複数作られている。

 始めは柵木を並べて防壁とし、地面に布を敷いて寝ていた。木を伐って小屋を建てたことから出発した。川に沿った正方形、長方形、また、川の湾曲に合わせた同心円の道を作って放射線状に区画を作った。多くは中心部に公園や各属性の神殿、集会場、学校といった公共の場所を設置した。

 目覚ましい変容である。

 集まって来る者たちの多くが故郷へ帰る意思を持っていたが、永住を考える者が増えるほどの豊かな土地で、可能性の宝庫だ。

 恐らく、この先、住民は増える一方だろう。ならば、この土地に何があるか掴んでおくことが肝要だ。

 海岸沿いの街はすぐさま港町として魔族の国やニカから船を迎えることになった。

 内陸に行くにつれ、農地が作られていた。

 目指すは奥地で、その行き着く先には屏風のように聳える山脈地帯がある。

 それまでに、どういった地形が広がり、どういった生態系があるか、川や湖の有無、その位置などを調べるのだ。

 増える住民が新たに村や街を作る指針となろう。

 そうして、探検隊は出発した。

 測量器具などの他、食料や日用品を積んだ馬車とともに出かけた。

「おっと、それは毒のある植物だな」

 細長い葉に濃いオレンジ色の小さな花が映え、顔を近づけて香りを嗅ごうとしたら、学者にそう言われ、慌てて身を起こす。

「それは花の盛りが過ぎたら茶色いサヤが開くんだ」

「へえ、詳しいな」

「だから、ここに派遣されたんだ」

 学者は猛毒を含むこの植物の葉を食べる蝶がいるのだと教えてくれた。長距離を移動する先々でこの植物に舞い降り、時に卵を産み付ける。その蝶もまた体内に毒を持つのだそうだ。

「天敵である鳥に食べられないようにな。しかし、この蝶の種全体が毒を持つのではないのではないかと最近考えられている」

「へえ。そうなんだ。そんなことも分かるんだな」

「まだ研究中でね」

 魔族にとってこの土地は隣地であっても未知の場所だ。

「隠された財宝の在処を知る妖精がいても不思議じゃないと思われている」

 そんな冗談口に笑い声が上がったものだ。

「そういえば、俺の故郷では金や銀を食べる鳥を放して金の鉱脈を探すというお伽噺があったな」

 金を食べる鳥は翼が金色に、銀を食べる鳥は銀色に輝くのでそれと分かるのだ。夜行性で、満腹だと動きが鈍くなる。だから、よたよたしているのを見つけたら、すぐ近くに鉱脈がある可能性が高く、後をつけると良いと言われている。

「なるほど。見つけたからといって、すぐに捕まえてはいけないんだな」

「夜だったら、見失いはしないだろうが、歩くのに難儀しそうだな」

 そんな風に世間話に興じることもあったが、途中、魔獣に襲われることもあった。幸い、随行する兵士が退けられることができた。魔力感知に長けた魔族が息を呑むほどの存在を遠くに目撃することもあったが、何故か襲ってくることはなかった。

 魔族から聞いたところによると、翼の冒険者が人と棲み分けて欲しいと依頼してくれていたそうで、そのお陰だという。魔族が翼の冒険者に傾倒すること甚だしく、よって、どこまで信じても良いものか不明だが、何にせよ、命拾いしたことに違いはないだろう。

 大陸西の北側とを隔てるように聳えたつ山脈はまさしく、見上げるほどであった。

 彼らは何故貴光教が魔族の国へ手出しをできなかったか、思い知らされる。

 高い山脈が遮っていることもあるが、何より、そこを住処にする生態系の頂点ゆえだ。

 その住処から飛来したドラゴンを前に、息を呑んだ。

 そして、彼は知る。

 魔族たちが言う翼の冒険者像には誇張はなかった。

 小さな白い幻獣が、ドラゴンの前にさっと飛び出して威嚇し、退けた姿に、そう悟らされた。



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