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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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9.キノコと薬草 ~良い菌/肩縄張り、恐るべし~

 

 コラでログインした後、街の外壁の門へと向かう。

 風の精霊に教わった入出国する者へ手向けられた言葉が刻まれているのを何とはなしに眺めていると、ティオたちがやって来た。

「おはよう。怪我とかしていない?」

『大丈夫だよ』

『たくさん狩れたよ!』

『いやあ、きゅうちゃんの大活躍をシアンちゃんにも見せてあげたかったですよ』

 三頭に囲まれ、それぞれきゅいきゅいきゅあきゅあきゅっきゅ囀るのを頷きながら楽しく眺める。

 リムがマジックバッグを覗き込み、今しも獲得物を見せてくれそうで、それは止めておいた。

「少し街を離れたところで朝食にしよう」

『じゃあ、その時、見せるね!』

「うん。どんなものを狩ってきたのか見せてもらうのを、楽しみにしているね」

 コラを出発し、今度は国都を目指す。

 西南の方向へ向かう。季節も夏に歩を進めているので、徐々に暖かくなるだろう。


 朝食は三頭で協力して狩ったという羊に似た魔獣盛沢山の肉を使った食事となった。大きな群れだったらしく、立派な角や毛皮、魔石も多くあった。

 骨付きの肉を香草と白ワイン、トマトソースで味付けたものと、薄切り肉とたっぷりの野菜とを二種類のタレで食べることにする。


 肉に塩をふり、オリーブオイルで両面に焼き色を付ける。その間に別の鍋にオリーブオイルを入れニンニクを炒める。香りが立ったらアンチョビとローズマリーを加え、焼き色を付けた肉を入れる。肉を焼いた鉄板の脂を除き、白ワインを加えて旨味をこそげ取り、肉が入った鍋に移す。そこにシメジなどのキノコと水と白ワインビネガー、トマトソースを加えて蓋をして煮込む。肉が柔らかくなったら煮汁に浸けたまま冷ましながら味をしみ込ませる。


 煮込む間に大量の野菜と薄切り肉を焼く。

 まずはタレの準備だ。

 すりおろした玉ねぎ、ニンニク、リンゴに、酒と砂糖と醤油と蜂蜜、ごま油を混ぜ合わせて甘いタレができる。

 その他、ピリ辛のみそダレも作る。すりおろした玉ねぎとニンニクに酒と砂糖と醤油と味噌にタカノツメとごま油を混ぜる。

 それぞれに薄く切った肉を漬け込んでいる間に、キャベツ、ピーマン、椎茸、もやし、南瓜、玉ねぎといった野菜を食べやすく切って用意する。

 二つの味で焼き肉を楽しめるし、野菜を沢山使用したので、朝の時分でもシアンも食べることができるだろう。ゲームの世界のせいか肉体的に問題はないが、気分的に忌避感があるのだ。


 昼食の分も肉はあるので、ティオは周囲の空を一巡り眺めてくると言い置いて出かけた。

 九尾はシアンを手伝ってバーベキューコンロの設置を行った後はテーブルやイスを配置し、食器を並べる。

 リムは食べられそうな野草や木の実を探してセーフティエリア周辺を探索していた。初見の草を見つけては、風の精霊に聞いている。

 ティオが戻って来たらすぐに肉を焼ける準備をしておいて、リムと風の精霊の様子を見に近づいた。

 尾を振り振り、あちこちに首を巡らすリムの傍らに、食べられるものを見つけて、しゃがんで指で指し示す。

「リム、これもキノコだよ」

 柄が短く、牡蠣型の淡褐色のキノコが重なるようにして密集している。

『これも? 三角に棒がついていないよ?』

「うん、色々な形があるんだよ。ね、英知」

 目を丸くするリムに微笑んで、しゃがみこんだまま中空に浮く風の精霊を見上げる。

『キノコはこういう傘や柄を持つ子実体のことを指す。つまり、土や木の中に隠れている菌の表面化した一部がキノコと呼ばれるんだ。中には球型や棚状のものなど色んな形態がある』

 風の精霊がより詳細な説明をする。百科事典だ。

『菌、知っているよ! 悪いのはシアンのお腹を痛くするんだよね。キノコは食べられるから、良いのだね』

 あちこちに菌があるので料理の手伝いの際には清潔にするよう話したことを覚えていたようだ。

『そうだよ』

『シアンが教えてくれたんだよ』

 嬉し気に言うリムに風の精霊が頷く。


 シアンが教え諭すのを、いつしか風の精霊も真似はじめた。九尾が教えることに偏らないかというシアンの心配を斟酌していることも多分にある。詳細に教えてくれる風の精霊に、リムは色々質問するようになった。それを、根気強く丁寧に解説する。

 シアンも一緒に聞いているうちに、動植物知識のスキルレベルが急上昇している。お陰で初見のキノコが食用可能かどうか分かる場合もあった。

 現実世界ではキノコは六万二千種を超えるものが存在すると言われている。こちらの世界でもそれほど多種存在するのならば、知識を蓄えておきたいところだ。


『木に寄生するものも多くいるし、中には寄生先を殺してしまう場合もあるから一概には良いものとはいえないけれど、それも食物連鎖のサイクルの一つだね。君たちもそうやってキノコを食べているんだから。他にも、君たちがよく食べていたシメジやベニタケ類と同じく木と共生する菌根菌を持つものもあるよ。色々探してごらん』

『うん!』

 元気よく頷いたリムがその小さな体で隙間に入り込んでキノコを探す。

『きんこんきーん』

 風の精霊の説明の中で耳に残ったフレーズを繰り返しながら、尾がゆらゆらと左右に揺れている。


「リムは生まれたてだから、色々なことに興味があるね。英知やきゅうちゃんに色々教わって、どんなドラゴンになるのかな」

 風の精霊としては、今の様にシアンが嬉し気に微笑んでいることが重要なことだ。

『君が不在の時に、九尾がろくでもないことを教えるのを阻止しようか?』

 シアンが目を丸くした。次いで、ふ、と吐息交じりに笑う。

「色々気にかけてくれてありがとう。何ていうかなあ、リムが色んなことを周りから教わるのを制限したくないんだ。教わったことの中から自分のものにしていく取捨選択は本人でしてほしいんだよ。そりゃあ、たまにきゅうちゃんから教わったことで、リムにびっくりさせられることもあるけど、それもまた楽しいしね。困ることもあるんだけれど、でも、いけないことじゃないかと思ったら、僕がそう言えばいい。間違っても回り道しても、そこからリムは色々学んで感じていくんじゃないかなって思うんだよ」

 それが正しいかどうかはわからないが、と付け加えたシアンに風の精霊は一つ頷くだけに留めた。

『リムは力ある幻獣だ。その力をどう使うか考えるのも、君の言う通り、自分次第だね。きっとすぐに大きくなる。私はより多くのことを深く知ることによって、その考えをしなやかで深くて強靭なものに近づけるよう手を貸そう』

「ありがとう、英知」

 加護を授けたシアン当人を助けてくれるだけでなく、シアンの意を汲んでリムにも様々に教えているのだと知り、感謝の念に絶えない。

『君の望むままに』

 胸に掌を当て微笑む。朝日を浴びて白金の髪が美しく煌く。白い頬にも金色の産毛がうっすらと輝く。まさしく人外の相貌だ。


 風の精霊はキノコだけではなく、薬草の説明もしてくれる。

『これはアルサジオモダカ。オモダカの仲間だね。賢炎、泌尿器系の結石、血尿に処方されるよ。また、血圧降下作用も持ち、血中のコレステロール量も低下させる。成分はデンプン、タンパク質の他に、トリテルペノイドを含む。利尿作用があるので、色んな薬草に混ぜ合わせて用いられる』

「そうなんだ。せっかくだから採取しておこうかな」

 風の精霊の詳細な説明に頷きつつ、冒険者ギルドから薬草採取の依頼を受けることも考え、あらかじめ取得して置くことにする。依頼が出ていなければ薬草を扱う店で売却してしまえば良い。


『こちらはバイモと称されているユリの仲間だね。万能の薬効があると言われている』

 風の精霊の言葉に興味をそそられ、指し示られた方も採取する。

 まっすぐ伸びた太い大きな茎から細長い葉が生え、頂上に下向きに咲く赤い花、その上から上向きに細い葉がいくつも生えている。掘り起こすと球根が出てくる。

『人に伝わる一説に、死産が続いた婦人がいて、彼女は毎回分娩直後に気を失ってしまったという。この薬草を煎じて飲んだ後、ついに丈夫な子宝を授かったそうだよ』

「わあ、効果てきめんだね」

『言い伝えだけれどね。実際の主成分はフリチラリンなどのアルカロイドで、呼吸中枢を麻痺させる作用があり、咳を鎮め、痰を切るのに処方される』

 万病を治す薬草などはやはりそう滅多にお目に掛かれるものではないらしい。

 いかにこの世界が季節変わりなく大地の精霊の力によって植物が育つとは言え、さすがに寒冷地でこれほどまでに豊富な薬草が揃うことはない。シアンは知らぬことだが、大地の精霊の加護を受けたシアンが採取をしようとしたので、精霊の力が宿り、植物の生育が急激に高まった。そのおかげで、この季節には見られない薬草を手にすることができた。風の精霊はそれを知っていたが、特段、話す必要もないと口にはせずにいた。


『シアーン、キノコを見つけたよ! 綺麗なオレンジ色!』

 やや離れた所でリムが後ろ脚を下にして片前脚をぴっと上げて左右に振って合図している。

 シアンが手を振り返すと嬉しそうにへの字口を緩めた気がする。

 リムの傍らには朽ち木があり、その割れ目から鮮やかな色の五センチほどの三角錐の形をした傘、七、八センチほどの柄のキノコが数本生えている。リムは興味津々で顔を近づけ、鼻をひくつかせる。

 メートルやセンチ、キログラムといった単位はゲーム製作会社の意向か、現実世界と同じようなものだ。定規や測りを持ち込むことはできないので、目視や体感ではあるが。

『シアンはあのキノコには近づかないで。もっと離れて』

「リムは平気なの?」

 風の精霊に促されるまま、後退しながら、やや不安げに尋ねる。

『支障ない。でも、君は危ない』

 風の精霊の言葉に、リムが振り向いた。その拍子にキノコに触れてしまい、胞子が辺りに飛び散った。うっすらと煙が立つのが目視できた。

 鼻に入ったのか、リムがくしゃみをする。

「リム、大丈夫?」

『はぁーい』

 鼻をぐずつかせながら間延びした返事をするのに、シアンは安堵で噴き出した。

「リム、鼻をかもうか?」

『近づいてはいけないよ。毛に胞子が付着している』

 シアンは不安げな表情になった程度だが、リムは違った。

 闇夜を切り裂いて雷が走るごとく、深い絶望と鋭くも強い衝撃を受けた。そんな感情を全身で表すかのように、驚愕の表情を浮かべながら体を固まらせた。

『ぼく、シアンの肩に乗れないの?!』

『キノコの胞子を取り除くまでは、近づいてはいけないよ』

 すがるように風の精霊を見上げたが、淡々と返される。

 肩縄張りどころか、触れることすら、いや、近づくことすらも許されないと言い渡され、眉尻が下がり、への字口が急角度になる。情けない顔つきだ。

『ぼく、近寄っちゃダメなの?』

 リムの湿った声に、しかし、風の精霊は無情に切り捨てる。

『ああ、シアンの身の障りとなる』

 リムの顔が紙を握りつぶしたようにゆがむ。

『リムやティオはもともと身体能力の高い幻獣だし、精霊の加護があるから大抵の毒は大丈夫だが、シアンは異界の眠り持ちだから僕たちの力が及ぼす具合もリムたちとは違う。だから、慎重なくらいが丁度いい』

 妥協できない理由の懇切丁寧な説明はだが、リムの気持ちを落ち込ませるだけだった。しおしおとしょぼくれて地面に着地する。

「英知、リムについたキノコの胞子を取り除くことはできる?」

 シアンは風の精霊に助けを求める。

『取って! 英知、取って!』

 リムが四肢を踏ん張って顔を上げ、懸命に訴える。

『分かった』

 答えると、風が巻き起こり、リムの周囲を覆った。

『もういいよ』

「キュアー!」

 喜び純度百パーセントの声でシアンに飛びついてきた。早速シアンの肩に乗り、頬を寄せてくるのに手を上げて支える。

「それにしても、リム自身はあのキノコの胞子を体にかぶってもどうともないんだね」

『うん、大抵の毒は効かないね』

「すごいんだね、リム」

『ううん、シアンの肩に乗れないならすごくない』

 肩縄張り、恐るべし。



 朝食を済ませた後、一同はティオの背に乗った。

 天候に恵まれ、風に後押しされて旅は順調に進む。

 時折、セーフティエリアで休憩を取った。早咲きの花畑を見つけて一休みする。大きな花をリムがのぞき込み、ティオは周囲を見渡し、危険がないかを確認してから寝そべる。

 人影も見られるようになった。花畑の絵を描いている人もいる。

 シアンは人の気配がないセーフティエリアで楽器の練習を行った。幻獣三頭は楽しそうに歌ったり踊り、足踏みをした。スローテンポな曲では子守歌代わりに眠ったりもした。

 そんな風にして、旅をした。



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