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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
558/630

18.差し入れを作ろう  ~くっつく/きつね色/苦手なものの巻/お約束は外せません~

 

 ネーソスとユルクが荒地の様子を見に行くのに、シアンやティオ、リムも同行するという。

『きゅうちゃんもお供します!』

 面白そうなことを逃すまいと九尾が挙手する。

『シェンシ、一緒に行って、病にかかった者がいないか診てほしいにゃよ』

 カランが生まれ育った土地を離れた者たちは水が合わぬこともあろうと心配する。

『ふむ。健康状態を確認する必要もあるだろうな』

 明確に体調を崩さずとも、調子が悪い状態というのは放置すれば大きな事態に繋がりかねないと鸞もその気になる。

『シェンシなら、その場で必要に応じた薬を煎じることができるものね』

 もし重い病があるのであれば、自分の角を使ってほしいと麒麟も同行を申し出る。

『だったら、自分も行って、必要な物を作る!』

 便利な道具があれば、苦労を減らせるのだとユエが胸を張る。

『我らもお供させてくださりませ』

『豊かな土地に生まれ変わったかの地を見とうござりまする』

『バスケットから身を乗り出したり致しませぬ』

 いつも高高度のティオの背の上でバスケットから落ちかけるわんわん三兄弟が自信無げに言う。

『みんなで遠出ですか』

 嬉しそうに言うリリピピは普段、独り、風の精霊に歌を届ける旅に出ている。炎の属性の小鳥にとって栄誉なことではあるが、幻獣たちと一緒に出掛けることも好んでいるようだ。

 みな、荒地へ行きたがった。ティオとリム、一角獣が豊かで危険な非人型異類を排除した土地、ネーソスとユルクが避難者を運んだ場所だ。何か不便があれば手伝ってやりたい。

『みんなが行くなら、我も守護槍として一緒に行く』

 どうせだったら、ジャガイモの苗を持って行って栽培したらどうかと一角獣が言う。

『ジャガイモは寒いゼナイドでも良く育った』

『確かに、地中で育つから鳥害は少ないし、生産性も高いが』

『大丈夫。大地の精霊にお願いしておくよ』

 一角獣と鸞はティオの言葉に揃って頷いた。これで必要条件の有無に関わらず根付く。

「そうだ。じゃあ、ジャガイモ料理も作って持って行こうよ。どんな料理になるか分かれば、育てる励みになるからね」

 一角獣やリム、わんわん三兄弟などが賛成する。

 九尾や鸞、カランなどはシアンが作る料理は調味料を始めとする多様な材料を豊富に用いたものだということを理解していた。荒地では手に入らない材料が多いだろう。しかし、それを言うのはやめておいた。

『シアンちゃんはそれが分からないままでこその天然です』

『翼の冒険者は隔絶した存在』

『シアンは分からないままでも良いのにゃよ』

 親しみがあり穏やかな物腰の者ではあっても、手の届かない高みにいることには変わりないのだ。六大属性の精霊たちの加護を持つのだから。



 ジャガイモは放置した切り口が変色する。

『色が濃くなるね』

「これを防ぐには、水に付けるんだけれど、料理によってはそうしない方が良い時もあるんだよ」

『どんなもの?』

「ポム・アンナやポテトグラタンだよ」

『どんなもの?』

「ジャガイモの薄切りを何枚も重ねて焼くんだよ」

『どうして水に付けないの?』

「ええとね……」

 理由までには理解が及ばないシアンは答えに窮した。

『ポム・アンナやポテトグラタンは、ジャガイモのデンプンの粘り気を利用する』

 風の精霊が助け船を出す。

『デンプン?』

「ジャガイモの切り口に見える、白く粉っぽいものがデンプンだよ」

『そうだ。これは加熱すると粘りが出る。ポム・アンナでは、この粘りが接着剤となり、重ねたジャガイモ同士がくっついて焼き上がる。ジャガイモのデンプンがソースに溶けだしてソースにとろみができるんだ。だが、水に浸かると、切り口のデンプンが取り除かれるため、粘りが出なくなる』

「そうだったんだ」

『リムもデンプンよろしくシアンちゃんにいっつも引っ付いていますよね』

『ぼくはペクチン!』

『じゃあ、ぼくがデンプンで』

 九尾が揶揄うとリムはぴっと片前脚を掲げて否定したので、それならば自分がとティオが言う。ティオが参戦したことによって、九尾はそれ以上の無駄口を控えた。

『また、デンプンは加熱すると甘味が出る。水につけずに用いると、ジャガイモの持ち味を最大限に活かすことができる』

「そうなんだね。切って時間を置くと変色するから、ポム・アンナやポテトグラタンを作る直前に切るようにするくらいしか知らなかったよ」

『それで充分だよ』

『そうだよ。シアンは美味しくて体に良い料理を作ってくれるもの』

『逆にジャガイモを素揚げする時は水につけると良い。これは変色を防ぐというよりも焦げにくくするためだ。ジャガイモに含まれている焦げやすい成分が表面から取り除かれ、均一なきつね色に揚がる』

「なるほど」

 風の精霊の言葉にシアンが得心する。

「話に出て来たし、ポム・アンナを作ろうか」

『ポム!』

『どんな料理だろうね』

 シアンが提案すると、リムと麒麟が顔を見合わせて笑い合う。

『リムとレンツはほのぼのしているね』

『……』

『確かに、ユルクが加わっても違和感はないね』

 口を横長に緩めるユルクにネーソスが二頭と似た雰囲気を持つと言い、一角獣が同意する。

「澄ましバターを使うんだよ。黄金色の焼き色になると良いなあ」

『狐色かにゃ』

『きゅうちゃんは白いよ』

『それは生焼けではござらぬか』

 カランの言葉にユエが九尾を見やり、ウノが目を丸くする。

『澄ましバターというのは何でござりましょうか』

『綺麗に澄んだバターでござりましょうや?』

『ふむ。バターの上澄みのことだろうか』

 エークとアインスが小首を傾げ、鸞が類推する。

「うん。バターの純粋な油脂の成分のことなんだよ」

 バターをボウルに入れて湯せんをし、泡になって浮いてきた灰汁を取り、真ん中の層の油脂を利用する。

『下の層にできるのは乳しょうで、これが焦げる原因になる』

「贅沢なバターの使い方だよね」

 薄切りにしたジャガイモを水を付けずに焼くと焦げやすくなるので、バターの上澄みを使用する。

『どうして乳しょうは焦げるんでしょうか』

『バターの乳しょうは主に水、タンパク質、糖質からなる。これらのタンパク質アミノ酸と還元糖が、アミノカルボニル反応を起こすからだ。脂質はこれらよりも比重が軽いので、上の層になり、加熱してもアミノカルボニル反応は起こらず、結果、焦げる確率は減る。その分、香ばしさは弱くなるが、バター独特の風味やコクが出る』

 リリピピは自分の何気ない疑問に、尊崇の象徴である風の精霊が丁寧に答えてくれたことに茫然とした。小鳥特有の小首を傾げたポーズのまま固まっている。

「ポム・アンナは肉の付け合わせとしても相性が良いよね」

『お肉も焼こう』

 シアンが何気なく言うと、ティオがその気になる。

 早速とばかりに一角獣が鳥型の魔獣を狩って来る。あっという間のことだった。

 皮を剥いたジャガイモを輪切り状にスライスする。更に少しずつ重なるように並べて澄ましバターをかけてオーブンで焼く。

『ジャガイモの花だ!』

 ポムアンナは薄いジャガイモを花弁に見立てて、ずらして重ねて焼く。大輪の花が出来上がる。

『バターとジャガイモが合わないはずがありません!』

『美味しいね』

『本当だ。お肉とも良く合う』

『こちらもどうぞ』

 いつの間にか現れたセバスチャンがクレソンのお浸しも出す。体に良いもので肉料理の付け合わせとして常備しているのだ。

『この癖のある辛みと苦みが口の中をさっぱりさせてくれまする』

『……』

『アインス、無理せずとも良いのだぞ』

『いや、せっかくセバスチャンが持って来て下さったのだ』

 苦いものが苦手なアインスはきゅっと目を瞑るとえいやっと口の中に放り込み、涙目になりつつも咀嚼する。

『口直しに肉を食べるのだ!』

『そら、このジャガイモも!』

『クレソンが口直しじゃないのかにゃ』

『あは、頑張って食べたものねえ』

 子犬三匹が頭を突き合わせてせっせと何かする姿は微笑ましい。本人たちは至って真面目である。

『このやり取りももはや定番』

『何だか、いつものやり取りで安心すら覚えますねえ』

 ティオと九尾が肉を頬張りながら表情を薄くする。




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