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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
556/630

16.弁疏

 

 ゴスタは口端に唾を貯める。

「わ、私はエルッカ師のためにやったんだ。あの方の指示通りにしたんだ」

「だからといって他の者をあれほど痛めつけらることがよくできましたね。ご自分のしたことに責任を持たないおつもりですか?」

「私は悪くない。悪いのはそうさせた上層部だ。上層部の言う通りに行動し、上層部の意を汲むのが私の仕事だ。どれだけ忖度し、どれだけ丁寧に接するかで違ってくるんだ」

「そうやって今の地位に上りつめたのですね。ですが、それが通用する貴光教はもうないんですよ」

「そ、それはどういうことなんだ?」

「それなりの地位に就いていた大人です。自分がやったことの責任は負わなくては」

「君は口が過ぎるな。それなりに経験を積んだ女性ならば、男の稚気を優しく包み込むようでないといかん!」

「ちょっと言っていることが良く分かりませんね。それと貴方が率先して拷問に加担したこととどう関係するのですか?」

「ああ言えばこう言う! 人の言うことを素直に聞けないのかね。揚げ足取りばかりしおって」

「なるほど。女性には可愛げが必要と言うことですか」

「そうだ。ようやく解ったのかね」

「貴方の可愛げというのは道理を無視して貴方の言うことに何でも頷くということなんですね。結構。上には従順、下には服従を強要する人柄と報告を上げておきます」

「なっ!」

「お間違えなく。私は貴方の主張を拝聴しに来たのではなく、調書を取りに来たのです。今までのように、道理を無視して我を通すことはできないですよ」



 ヘイニはにやにや笑う。

「お前、自分がしたことを分かっているのか?」

「まあ、俺も悪かったが、他の者もやっていたことだ。あんたもそうだろう? 上の者の指示で動いている。見て見ぬふりをしていたのも同罪だ。みんな、ちょっとずつ悪かったんだ」

「もう一度言う。お前、自分がしたことを分かっているのか? どれだけの人間がそうされる罪を犯したのでないのにもかかわらず、突然逮捕されて拷問され殺されたのか、最前線で見て来たんだろう? 他の者がどうこうではない。お前のことだ」

「ああ、そうだよ。そうせざるを得ないじゃないか。俺にだって家族がいるんだ。ちゃんとまずいって言ったよ。でも、誰一人として聞きやしないんだ。あんただって、俺と同じ立場だったらそうせざるを得なかっただろうよ」

「お前、自分がしたことを分かっているのか? いや、分かっていてやったんだな。その上で他の者も同じ穴の狢だとかごちゃごちゃ言っているだけか。よし、連れて行け。こいつは判断能力があり、立場や現状を把握していたが保身に走り、拷問して死に至らしめた。その数、多数!」

「いや、だから、俺だけじゃないって! 声を上げなかったあんたたちも悪かった! 黙って連れて行かれたやつらも、家族が連れて行かれたのを止めなかったやつらも悪かったんだ!」

「ああ、もういい。こいつの言う事には耳を貸すな」


 イルタマルは切々と訴える。

「亡くなった子供のためにと思って!」

「だから、子供を殺したのか? 自分の子供が死んだからって、他人の子供を殺していいのか? 子を失った自分と同じ目に合わせてやろうと思ったのか?」

「違う! わ、私は良かれと思って!」

「良かれと思って、美男を嬲って美女を痛めつけたのか? そんなもの、お前の良かれじゃないか。他の者にとっては苦痛以外の何物でもない」

「あ、悪辣な魔族の矯正のためにやったのに!」

「相手に非があれば何をしても良いというのか。僅かな瑕疵があったとして、それを錦の御旗に悪行の限りを尽くしてきたお前たちは何なのだ」

「私一人に言われても。そ、そうよ、これは陰謀よ」

「言うに事欠いて陰謀だと?」

「そう! 私はサバサバしているから、粘着質な女性の世界には馴染めなかったの! だから、仕事で力をつけることで黙らせてきたわ! それに嫉妬したのよ!」

「部下や同僚、神殿の他の者たちからお前こそが粘着質に責め立てたと聞いている。ありもしない失態を作り上げては絡んでいたとな。他にもあるぞ。自分は若いと思い込み、二十歳も若い男性部下と連れ立てば姉弟に間違われると言っていたそうだな。おめでたいものだ。そんなことはともかく、魔族は悪ではない」

「ど、どういうこと?」

「新しく就任された大聖教司様がそう宣言されたのだ。貴光教は新たに出発するが、それにはやったことの非を認め、贖罪しなければならない。それまで甘い汁を吸っていたのだから、断罪されてしかるべきだ」

「そんな! ああ、あの子がいれば! 私はこんな風にはならなかったのに!」

「確かにお子さんを亡くしたのは大きな苦しみだったことだろう」

「そうよ!」

「だが、お前のお子さんによって傍若無人の限りをされた方はより一層の苦しみを味わったんだ。確か、学徒でありながら、平均よりも進級速度が遅かったとか。それもその筈、勉学よりも女性にちょっかいをかけたり飲酒や賭博に熱中していたそうだな。いや、ちょっかいなど生ぬるい。婦女暴行だ。好き勝手した挙句、街のいざこざに自ら首を突っ込んで命を落としたとか。亡くなったこと自体は痛ましい。だが、被害者の方々からしてみれば、溜飲が下がることだったかもしれんな。もしかすると、もっと自分たちの味わった苦しみをその身に受ければ良いと思う者もいただろう。その親である貴女が魔族に施した虐待のように」



 アンセルムは虚勢を張る。

「俺はやってのけたぜ。みなが俺を頼って、まあ、困ったものだ」

「全員、貴方の指示でと言っていますが、間違いないんですね?」

「そんなのは自己責任だ!」

「ですが、示し合わせたのではなく、多方面からそう言っているんです」

「そ、そんなはずは……。あいつは?」

「その方も貴方に強要されたと言っています」

「じゃあ、あいつは?」

「貴方の意見に逆らうと陰険な仕返しをされるから仕方なくと言っています」

「じゃ、じゃあ、あいつらは?」

「ああ、あの子たちですか。全員面談しましたが、何とまあ、示し合わせたように同じタイプの女性をよく集めましたねえ。しかも若いのばかり! 中身はどうでも良かったんですね。話してみれば気の強いのや意地の悪いのが結構いましたよ。一見して清楚で従順そうではありましたが。みんな、貴方の強いこだわりに付き合わされてうんざりしていたと言っていましたよ」

「そ、そんな! 今まで俺がどれだけ便宜を図ってやって来たことか! ちくしょう! 恩知らずどもめ!」

「ところで、貴方が私情を挟んだのは人事だけでなく、拷問の上でもそうだったようですね。異類審問は異能保持者を見出すことであって見目良い者に嫉妬心をぶつけるものではありませんよ。男性には嫉妬、女性には自分に振り向かなかった腹いせですか」

「なっ……!」

「異能保持者は危険ではないとみなされました。ということは、貴方がしていたことは単なる私情による暴力です」



 貴光教は異類審問官に聴き取り調査を行い、その結果、これはお手上げだとなった。そこで、大聖教司とともに司法の手に委ねた。

「何故だ。私たちは上に言われたとおりにやった」

「では、話してやろう。そうすれば、私の、私たち貴光教の熱い思いが分かる。そうしたら、私たちを処罰するなどもってのほかだと分かるだろう!」

「人にはね、命を賭してやらなければならない時もあるのよ」

「俺たちは正しいことをしただけだ。臆病者ができないことをやってのけたんだ」

 事の始まりは人の命よりも大事なことがあると言い、終息に当たっては人命よりも尊い物はないという。そして、自分たちの熱意ある思想によってなしたことだから、間違っていないという。その思いを他者も汲んで当たり前だという。

「貴方たちがしたことは無実の者への一方的な虐待であり、暴行だ」

 事の最中に気づいて行動を顧みたり、事の中断をすることはできないものなのだろうか。

 異類審問官の聞き取り調査の他、拷問係への調書も取られた。拷問係は淡々と作業の一つひとつを話した。見ず知らずの人間を締め、引き絞り、砕き、捻じり、切り刻んで行った。痛みに苦しみ泣きわめく様に胸の痛みを感じ、怯えすらしても、それが仕事であるのだから、とやってのけた。最後には作業の一環でしかなかった。数をこなすことだけが頭を占領していた。どう効率良く処理していくかでいっぱいだった。




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