11.光の狂乱期の犠牲者
※一部痛い表現があります。ご注意ください。
親愛なるお父さん、お母さんへ
お元気にされていますでしょうか。
弟はどうしていますか。
あの子、また、山羊たちの世話をさぼっていないでしょうね。面倒を見ないから言う事を聞かないのであって、言う事を聞かないから世話しないというのは詭弁だとくれぐれもお伝えください。
ベラは餌を食べていますか。もう老犬なので、無理させず、お前が山羊の番をなさいと弟にきつく申し付けてください。
ああ、故郷の景色が思い起こされます。
毎日見飽きていた埃っぽい大地、なだらかな緑の丘、ちょろちょろと生える木々。住んでいた時はつまらないと思っていたのに、今はこんなに懐かしい。
こう感じる時がくるとは思いもよりませんでした。
いいえ、確かに嫁入りして遠方へ行くことも夢想しました。
けれど、こんな、こんな風になるなんて。
この手紙はお父さんお母さんの下へ届いていますでしょうか。
お父さんが文字を教えてくれたのが嬉しくて、貴方たちの下へ手紙を届けたことがあるけれど、遠く離れた異国の地から、ちゃんと到着したか心配でなりません。
私が異類審問官に連れて来られてどのくらい経ったでしょうか。
随分心配をおかけしたでしょうね。
でも、もう帰れないと思います。
その便りを届けることはとても辛いことですが、何があったか分からないままずっと待たせるよりは少しはましだと思い、気力を振り絞って、風の魔法に託します。
ここでは神殿で聞いた「償いの地」以上に残酷で凄惨なことが行われています。
次から次へと人が連れられて来て、薄暗い地下や半地下に入れられます。初めは一部屋に一人だったのが、足りなくなって二人になり三人になり、どんどん増えていきました。
昨日より今日、今日より明日、人が増えます。
入れられた人間は元気がある者から順に連れ出されて別室で審問を受けます。
自白を引き出そうと、係りが様々な器具を用います。
体のあちこちの肉をねじられ、つねられ、裂かれ、引きちぎられ、非常な痛みに悲鳴とすすり泣きとに埋め尽くされます。
痛い痛い痛い。
それしか考えられません。
何か審問官が言っていますが、聞こえません。
思考の全てが拷問による痛みに集中するからです。
拷問係りは嫌いです。とても怖いです。気持ち悪いです。
でも、彼らは単に仕事を淡々としているだけなのかもしれません。
逮捕された人に痛みを与え、自白を引き出すのが彼らの仕事です。
同じ牢屋に入れられた中にとても頭の良い人がいて、審問官や拷問係りが不慣れな者だと、審問は凄惨になると言っていました。具合が分からず、見極めができず、酷く痛めつけてしまうからなのだそうです。
また、審問官や拷問係りが慣れすぎていると、審問は陰惨になります。感覚が麻痺しすぎていて、審問を受ける側は同じ人間だと言うことはもはや頭にはなく、ただ、自白を引き出す対象でしかなくなっているから、らしいです。
拷問、自白。ここに来て初めて聞く言葉です。それも教えてもらいました。
凄惨、陰惨、そんな言葉があるなんて、初めて知りました。この身で知りました。
あの時、村に突然異類審問官がやって来て宣言しました。噂には聞いていたものの、何を馬鹿なことを、と村人たちは笑っていましたね。私だって、まさか自分が連れて行かれるとは思いませんでした。
あれよあれよという間に馬が曳く荷車に乗せられました。次の村でも同じことをして、新しい逮捕された人が乗せられました。荷台はどんどん狭くなります。同年代の少女が隣にいたので、おしゃべりしていました。彼女の村ではベリーが良く育ち、それを酒に仕込む作業が始まっているのに、いつになったら帰してくれるのだろう、とぼやいていました。
私だって、冬の前にピスたちにもっとたらふく草を食べさせてやりたかった。
荷台に乗った年かさのおじさんが逮捕されても、ちゃんと裁判にかけられたらそこで無罪を主張すれば良いと教えてくれました。みんなで励まし合って、その時はまだ希望がありました。
でも、ここには何もない。
冷たく淀んで臭くて暗い、いつもうめき声や泣き声がする場所です。
人が多いせいか、寒くはないのですが、床が冷たくて。あとは空気が上手く吸えません。山の上に行ったみたいに薄いのです。満足に手足を伸ばすことができないくらい、多くの人が入れられています。
私がペンと紙を持っていたのか、不思議でしょうね。
死にゆく人から貰いました。
その人とは同じ牢屋に入っていて、文字を読み書きできると知ったことから仲良くなりました。私と同じように彼女にとっても文字を識ることは誇らしい出来事だと話してくれました。
私よりも随分前から牢屋にいて彼女は、正直言って擦り切れていました。
酷い怪我をしていて手当もされずにいたので私が何とかできないかと牢番に話したり、止血したりしたことを感謝してくれていたみたいです。弟のやんちゃでしょっちゅうけがの手当てをしていたことが、こんなところで役に立つなんて。
ペンと紙は貴重です。でも、ここでは何の役にも立たない。
少なくとも、彼女はそう思っていたし、自分はもう使わないからと私にくれました。
私は私の風の魔法のことを話すべきかどうか迷いました。話せば、その人も家族に手紙を出すことができるかもしれない。でも、私は彼女の故郷を知らないから、届けられるかどうか。方角だけ教えて貰っても、行き過ぎたり、逆に大分手前で山羊の餌になるかもしれません。
迷った挙句、正直に話したら、笑って彼女の代わりに私の家族に手紙を届けてほしいと言ってくれました。
彼女の最後の拷問は酷いものでした。
戻って来た彼女は虫の息でした。
拷問係りの手許が狂ったそうです。
拷問係りがこれ以上は危険だと止めようとしたのに、審問官が継続を命じたそうです。そうこうしているうちに、酷く痛めつけてしまったのだと。
彼女が審問官に生意気な態度を取ったから怒ったのだというのです。
「この俺を睨みつけやがって!」
普段は牢屋にはやって来ないのに、彼女には絡みつくように付いてきて、唾を吐きかけました。
彼女の処刑当日、牢屋から引きずり出される際、それまでの憔悴した様子から一転、大きな声を出しました。
「やっぱり返して! 故郷に手紙を書いて。この苦しみ、悔しさ、無念を伝えてちょうだい」
彼女はそれまでの彼女ではありませんでした。
眦が吊り上がり、眉根が下がって眉尻が上がり、眼がぎらぎらとしていました。鼻に皺が寄り、口がひん曲がっています。
形相が怖くて、牢屋の奥、他の人の影で縮こまっていました。
私はどうすれば良かったのでしょう。
ここでは他の人のことを考えている余裕なんてありません。
連れて来られた道中でおじさんが言っていた裁判、私の分は明日、行われます。
私はそこで有罪だと言われ、刑に処されるのだそうです。
みんな同じです。
拷問に耐え切れず、自白を行ってしまうのです。
裁判は有罪を申し渡す場所となっていると誰かが言っていました。そのまま処刑され、もう戻っては来ません。
私もまた、拷問に耐えることができずに、ありもしないことを言いました。
審問官がそれとなく教えてくれる道筋に沿って話しました。
始めは分からなかったけれど、目くばせや持って回った言い方で察することが出来ました。
処刑に使われるロープなどといった諸々の器具にもお金がかかります。
大抵の者は持っていません。
そのため、体で支払うのです。
中には、無抵抗になった女性にしか性欲を抱けない男の人もいるそうで、傷ついて身動きできないのは打ってつけなのだそうです。私も私の身を差し出すしかありませんでした。体を固くしてじっとしていたら終わりました。
男の人って若い女の人が好きなんですってね。いっぱい支払ってくれたので、すぐに終われる刑の道具を買えるそうです。逆に、歳をとった女の人に支払われるお金は少なくて、最期の痛みは長引くのだそうです。そう言って、男の人は良かったなと笑いました。私もつい一緒に笑ってしまいました。
でも、全部が済んでひと息ついた後、思うのです。男の人にも子供はいないのでしょうか。自分の子供が同じ目に遭ったらとは思わないのでしょうか。
男の人が好きな男の人もいて、同じように買われます。
それが嫌すぎて、狂ってしまった人もいるそうです。
私はまだ、気が狂わないでいられているのでしょうか。
お父さん、お母さん、明日のことを考えると眠れません。
この手紙を届けるために魔力を振り絞ります。明日の裁判を迎えられなくても良い。どちらにしたって、同じなのだから。
もう、戻れないのだから。
さようなら。
お元気で。
後に、貴光教の異類排除令が発令された期間を光の狂乱期と称された。




