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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
549/630

9.荒地への差し入れ   ~のんびりしているように見えて~

 

『あっち向いてほい!』

『あ、あれ?』

『……』

 ログインして部屋を出ると、いつもの通りリムが待っていた。常と異なるのは、その他にユルクとネーソスもいたことだ。

 三匹で遊びながらシアンが目覚めるのを待っていたらしい。

「何かあった?」

『あのね、前にね、界のところでアベラルドのお見舞いの薬草を摘んだでしょう?』

『私たちも体に良い植物を採取して荒地に持って行きたいんだ』

『……?』

「うん、もちろん」

 闇の聖教司への見舞いはともかく、荒地への物資を持ち込むのに関してはシアンの許可を得ようと待っていたのだそうだ。

「そうだね。どうしているか様子も知りたいし、スルヤさんに会いに行ってみようか」

『……!』

『ぼくも行く!』

『私も。あの、でも、植物を採取してきてからでも良い?』

 ネーソスが敏速に是と答え、リムも同行すると言い、ユルクが慌てた。

「ユルクとネーソスさえ良ければ、日を改めて出掛けない? 折角だから物資を整えようよ。今日は島で体に良い植物を探してみよう」

『うん。そうしよう』

『……』

『英知に色々教えてもらおう!』

 リムがぴっと片前脚を挙げる。

『え、そんな風の精霊王に教えて頂くなんて、良いのかな』

『……』

「はは。あり得るね」

 鎌首をたわめるユルクにネーソスがシアンやリムが探していれば問わずとも教えてくれると言うので、思わず苦笑が漏れる。

『シアン、どこかに出かけるの?』

 門扉に向かう最中にするりとティオが傍らにやって来た。巨躯をものともせずに滑らかな音のない動きだ。

『体に良い植物を探しに行くんだよ!』

『離れた所に行くのなら、ぼくが乗せていくよ』

「じゃあ、お願いしようかな。ユルクとネーソスも少し足を伸ばしても良い?」

 元は大海原や湖を拠点としていたユルクとネーソスは今や陸地も空も自在に移動するので否やはない。

 そうして一行は島の平原へと移動した。

 リムはシアンの肩から飛び出してユルクやネーソスと並走しながら、尾をふりふり歌を歌う。蛇と亀の尾も合わせて振られ、浮き立つ気分が伝わって来た。思わずため息交じりで笑うと、ティオが振り向いて微笑んだ。鷲の鋭い眼光が斜に構えられ、鋭さと可愛さが同居していた。

 緑野に降り立つと、ネーソスの言った通り、下生えを揺らして清風が渦巻き、人型を取り、風の精霊が現れた。

『英知! あのね、体に良い植物を教えてほしいの!』

『荒地で開墾を頑張っている者たちに持って行きたいのです』

『……』

 リムは元気良く言い、ユルクは鎌首をたわめ上目遣いになり、ネーソスは畏まる。

『この島にならば多くあるよ。例えば、この香りの良い植物はテルペンアルコール、ノエル酸を有する。発汗を促す他、駆虫にも用いられる。茶に混ぜて飲むことが多いね』

 風の精霊が指し示す先には白い細長い花びらに囲まれた黄色い球体よろしく盛り上がった花がある。

 リムが早速鼻先を近づける。

『わあ、リンゴの香りに似ているね!』

「本当だ。リム、折角だから、僕たちも少し貰ってお茶に入れて飲んでみようか」

「キュア!」

 二人のやり取りを眺めていたティオが大地をぽんぽんと叩く。途端に、むくむくと土が盛り上がり、細い茎が枝分かれして伸びあがって行き花を咲かせる。

『流石はティオ。こんなに大量に咲くなんて』

『……』

 ユルクが感心し、ネーソスが謝意を籠めて水を生じさせ、花を咲かせる植物に散布した。

『この薬草の薬効成分はアネトールで、健胃や、鎮痛の薬に用いられる』

 傘の骨が強風で逆向きにされたような放射状に弧を描いた先に花が咲いて、大きなひと塊に見える。葉は血管よろしく細く沢山枝分かれしている。

『お腹を丈夫にするんだって』

『美味しいものをいっぱい食べられるね!』

「荒地で普段食べ慣れないものを摂取しているかもしれないから、ちょうど良いね」

『私も陸のものを初めて食べた時にはちょっとお腹の調子が悪かったよ』

『……!』

『ううん、今は大丈夫だよ。ありがとう、ネーソス』

 口元にぐいぐい採取した薬草を押し付けるネーソスに、ユルクがのんびりと礼を言う。

「そうだったんだ。気づかなくてごめんね」

『気にすることはないよ。それに、今は何でも美味しく食べられるし』

 ユルクは島に横溢する魔力を常に取り込み、六属性の精霊の助力を得ている。それこそ、上位神よりも力がある存在だが、シアンと出会ったころはそうではなかった。高度知能をと強靭さを誇る幻獣ではあったが、やはり環境の変化に対応するにはそれなりのものを要求される。

『良かった!』

『シアンが料理に身体に良いものを使ってくれるから強い体になっているんだね』

 リムが安堵の息を吐き、ティオが重々しく頷く。

『……』

『え、どれ? わあ、本当だ。これも良い香り!』

 ネーソスが指し示した植物にリムが興味を示し、摘んでシアンに差し向けた。

「レモンのような香りだね」

『シトラール、リナロールなどからなる精油やタンニン、没食子酸が含まれている。精神安定剤、芳香性アルコール製剤が作られる。強心剤、着付け薬ともなる』

『荒地で良い慰めになる』

『ああ、そうだね』

 ティオの言葉に頷いて、ユルクがせっせと採取する。

『こっちのは、庭にもあるやつだね』

「ああ、料理にも使ったね。ええと、抗酸化作用があったんだっけ」

『そう。それに、腎臓疾患にも薬効があり、消毒剤や歯磨き粉としても用いられる』

 そうやってシアンたちは多くの薬草を集めた。

「沢山手に入ったねえ。荒地に行く前に実際にお茶に入れたり料理に使ってみようね」

 渡す前にどんなものか知っておくのも良いだろうと提案すると、幻獣たちは興味津々で頷いた。

「ユルク、ネーソス。僕も一緒に行きたいんだ。向こうの世界の予定もあるから、少し後の日でも良い?」

『うん、もちろんだよ』

 そう急がないとユルクは鷹揚に頷いた。

『どんな風になっているか、楽しみだね』

『……』

 リムが浮き浮きと言うと、ネーソスもきゅっと目をつぶった。

『シアンはぼくが乗せていくよ』

「ありがとう」

 ティオがいれば、シアンはどこにでも行くことが出来る。幻獣たちと一緒なら、この世界の見たこともない光景を分かち合うことが出来るだろう。



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