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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
547/630

7.温度差も互いに理解し合って   ~やっぱり怖かったの巻~

 

 ユエは元来は家事妖精であったが、物づくりをしたくて街の工房へ潜り込み、幻獣の姿を取った。そこで心無い言葉を浴びせられ時に暴力を振るわれたことから、人を恐れるようになった。

 幻獣のしもべ団たちがその名の通り、翼の冒険者である幻獣たちの役に立つために働いてくれることを知ってはいたが、やはり怖いものは怖い。

 それでも、家事が得意で館の厨房でシアンと料理をし、振舞ってくれたクロティルドには他の者よりも親近感があった。

 さらに、クロティルドの方でも村の子供たちのうち、感じやすい大人しい性質の持ち主と接し、上手く付き合った経験がある。彼らにはとにかく根気よく接することだ。時に、優しい物言いが必要となる。いつもそうしていると、今度は自分だけ腰が引けて対応されていると思われることもあるし、周囲の人間がその者だけひいきしていると思われることもある。加減が大事だ。

 その見極めができるクロティルドはユエに取って比較的接しやすい人間だ。幻獣のしもべ団団員の中で直接やり取りすることができる稀有な存在だった。

 ユエがこっそり幻獣のしもべ団を覗きに来た時、団員が気づいてすぐさまクロティルドを呼びに走った。

 ユエはそれまでに一度幻獣のしもべ団に渡した道具に不具合がないか、見に行ってみたいと鸞に相談している。ユエが改良した武器防具や調理器具などだ。ユエとしては実際に使っているところを見て、微調整やメンテナンスを行いたいと思っていた。鸞はセバスチャンを通じて幻獣のしもべ団に話して貰うのがよかろうと言った。ユエとしてはセバスチャンもまた違った意味で気が引ける相手である。そこで鸞も付き添ってくれた。

 セバスチャンはこともあろうに、幻獣のしもべ団を館に呼びつけた。

 庭にユエが手掛けた道具を扱う者が整列したのには仰天した。

 アーウェル、グラエム、フィンレイとフィオンは武器防具を、クロティルドは調理器具を携えていた。特にクロティルドが持参した荷物は多い。

 順に使っているところを見て、工房から道具を引っ張り出してきて調整していくユエを、幻獣のしもべ団は伏し拝みそうなほど謝意を表した。

 アーウェルなどは使い心地や雑感などを話してくれるのでユエとしてもやりやすい。クロティルドはまず褒め、そして自分の意見として使い勝手が悪いことを伝える。

 ユエとしても実際使う者に寄り添った道具にすることができて満足のいく結果だった。

 しかし、その場で一度か二度使って見せた程度では分からないこともある。

 幻獣のしもべ団団員が武器や道具を使っているところへ出向き、一角獣の陰に隠れてこっそり窺ったことがある。グラエムの義手を作る時も遠巻きに観察した。

 気分転換に庭を歩いていたその時も、ふとこのまま幻獣のしもべ団の本拠地を覗いてみようという考えが浮かんだ。一度思ってしまったことは消えることなく、逆にどんどん大きくなり、無視できなくなった。

 それで、草むらに隠れながら、本拠地に近づき、そっと様子を窺ったのだ。

 よくよく考えてみれば、武器防具を本拠地の敷地内で使うことはなく、調理器具は厨房にある。中に入り込まなければ見ることはできない。

 ユエは前身はお手伝い妖精だった。

 人間の営みにこっそり忍び込むのは普通のことだったのだ。

 団員に呼ばれてやって来たクロティルドはしゃがみ込んでユエと視線を合わせて、急に動くことなく根気よく話に付き合ってくれた。

 調理器具の具合を見てやったら喜ばれ、他にどんなものが欲しいかなど遠慮なく語った。

 ついでに旬の野菜を使った料理のことなどを話して、今度シアンにレシピを教えておくから作って貰うと良いとまで言ってくれた。

 その後、クロティルドはシアンから貰ったのだというブラシをユエに掛けてくれた。シアンがしもべ団の女性陣に贈ったのはとても良質なブラシだという。ユエは自分のブラシの方が何倍もかけ心地が良いことに気づいた。

 そして、それは言わないでいた方が良いと思った。

 クロティルドたちはとても良い品を貰ったと喜んでいたし、折角シアンがあげたものなのだし、何より、折角仲良くなりかけている人間に嫌な思いをさせてもし嫌われたらという思いがあった。

 なのに、ユエを迎えに来た一角獣が自慢げに、女性陣が使っているブラシよりも自分たちのブラシの方が良いものだと言った。瞬時に取って返して咥えて来たブラシを見せつける。

『ベヘルツトの馬鹿! そんなこと、言うものじゃないのに!』

 ユエは怒りに駆られて叫んだ。自慢げに言うなんて、シアンがやったものに優劣をつけるなんて、それを聞いた者がどんな風に思うかなんて考えてなどいないのだ。そこには、強くて優しい一角獣への僅かな失望も含まれていた。それは身勝手な期待でそれを裏切られたからと言って相手を責めるのはお門違いだ。

 ユエはすぐにはそれを悟れなかったが、傷ついた表情を見て、瞬時に一角獣が強いこと、それへの怯えとそれ以上にそんなに強い者が今までユエのためにしてくれていたこと、館の守るべき幻獣の仲間として遇してくれていたことなどを思い出す。

『ご、ごめん、言い過ぎた』

 違う、もっと言い方を考えるべきだったのだ。苛立ちをそのままぶつけてしまった。一角獣の気持ちを慮りたかった。いつもユエのために色々してくれるのに。

「ああ、本当、とても良いブラシね」

 でも、クロティルドは一角獣が見せつけたブラシを褒めた。

「本当だ。俺にすら解る!」

 しもべ団団員たちはブラシが幻獣たちのものの方が良いものだと分かっても、怒ることなく、それどころかちょっと嬉しそうだ。

 不可解さはどんどん膨らみ、ユエは勇気を振り絞って聞いてみた。

「いや、俺たちは幻獣のしもべ団だからな」

「そうそう。幻獣が大切にされているのが嬉しい」

「だから、ユエさんが気にすることはないんですよ」

「むしろ、そんな気を回して貰ってこそばゆいと言うか」

「リム様なんてドラゴンだしなあ」

 でも、それはリムだからだ。ユエは一介の家事妖精から幻獣に変化しただけの取るに足りない存在である。

「いやいや、ユエさんは色々作ってそんなすごい幻獣たちを喜ばせてあげられるじゃないですか」

『そうだよ。ユエが作ってくれた皮むき器のお陰で我もシアンの料理の手伝いができる』

 一角獣が自慢げに言う。

 一角獣も何となく、自分とユエの人間への接し方の違いを悟った。

 自分は頼りないあの子の願いを聞き届けるために人間に力を貸した。誇り高い一角の獰猛な獣なのだ。人間は弱く、守ってやらなければ生活もままならない。そこで力を貸してやっていた。時折やって来るあの子の子孫たちは、どんどん増長していき、彼女への気持ちだけでとどまっていたが、気持ちが濁るのを止めることはできず、魔力が変化してしまった。

 それほどのことを耐え抜ける一角獣も相当なものだが、ユエは違う。元々人間社会のすぐ傍にいた。道具作りをしたいということからそこから飛び出したが、工房を渡り歩き、結局人間たちと密接にかかわって来た。

『ごめんね、ベヘルツト』

『うん、良いよ』

『また、一緒に素材集めに行ってくれる?』

『任せて! 今から行く?』

『え、ううん、何が必要か分からないから、調べておくよ。日を改めて連れていってね』

 白馬の背中にちんまりと鎮座する薄茶色の丸い尻と尾、という可愛らしい姿を、幻獣のしもべ団たちはうっとりした表情で見送った。

 館に戻った後、ユエはシアンを見つけて、一角獣にブラシを掛けてやってくれとせがんだ。せめてもの罪滅ぼしに、一角獣が好きなことをと思ったのだ。

 シアンはユエの剣幕に一瞬間きょとんとしたが、笑って頷き、ちょうど一角獣が咥えていたブラシを受け取って掛け始める。リムも手伝い、それを見たわんわん三兄弟も我も我もと参戦する。

 一角獣はちょろちょろする小さな幻獣たちに、身動きが取れなくて困った。ここ最近で一番困った。魔獣と相対する方が気安い。わんわん三兄弟を蹴り飛ばしたら大ごとだ。わんわん三兄弟が一所懸命だから、やめてくれとは言いたくなかった。勢い、じっとしていることになる。それは全く嫌なことでも僅かの苦痛もなかった。こそばゆかった。

 一角獣はお礼に角遊びを勧めてみた。

 リムは喜んではしゃぐ。

 あまりに楽しそうだったので、わんわん三兄弟もやってみる。

『きゃーっ』

『いやーっ』

『あーれーっ』

『結局、こうなるのか』

 いつの間にかやって来たティオがぼそりと呟く。

『ユエもやってみる?』

『……う、うん』

 一角獣に尋ねられて腰が引けつつも頷いた。

 一角獣の角は美しいだけではなく、力の源だ。それでもって遊ばせてくれるというのだから、彼の気持ちを無碍にしたくはなかった。

 そうして、幻獣たちと笑い声を上げて遊んだ。楽しいいつもの風景だった。




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