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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
545/630

5.音楽の勉強   ~それもシアン絡み/眠りにつく手法~

 

 可愛い研究会では音楽の勉強も行った。

『つまり、フーガというのは主題があって、それで呼びかけたら、返答があるということにゃね』

 指揮者という重要な立場を任されたカランがいつになく真剣な様子で幻獣たちの前に立つ九尾と鸞を見比べる。

『そうだよ』

『流石に呑み込みが早いな』

 他の幻獣たちはやや難解だったようすで、主唱? 応唱?と小首を傾げている。

『あ、分かった!』

 リムがぱっと顔を輝かせる。

『リ、リム様、お分かりになられたのですか?』

『我らにも分かりやすく教えてくだされ』

『うん。あのね、シアンに呼び掛けたらね、返事してくれたら嬉しいでしょう? そうやって楽しく話すんだよ』

『ああ、なるほど』

『あれ、そうなの?』

 そういうものかと納得する者とそんなものなのかと腑に落ちない者とで分かれた。

『概ねそんな感じだよ』

『くふふ』

 九尾に発言を正しいとされたリムが含み笑いをする。

『話しかけた内容に即した答えがシアンちゃんから返ってくるよね。この呼び掛けと返答はそういう意味だよ』

『確かに、とんちんかんな答えはおかしいなと思いますものね』

『つまり、主唱に合わせて応唱が変化するということにゃね』

 他の幻獣たちも、ああなるほどと頷く。

 鸞が書から得た音楽論を聞き流していた幻獣たちはようやっと興味を持ち始めた。

『ふう。勉強すればするほど、音楽は奥が深いのにゃ』

 指揮者としてみなの音を纏めるためにと知識を身に着けている最中のカランは果てしない音楽分野の広がりに、ただただ圧倒されるばかりだ。

『そうだな。だが、音楽は歌うことから始まったのだ』

 せめて知識の補完の上ででも手助けをと鸞が語る。

『歌から?』

『リムやリリピピは歌が上手いよね』

『リムはシアンちゃんやティオと音楽をするうちに歌うようになったんだよね』

 幻獣たちがてんでに喋り出す。

『音楽は人の手によって学問の域にまで押し上げられた代物だ。元は音や旋律を楽しむものだ。筋肉や口の動かし方によって音が変化する。いわば、身体を楽器の代わりにしたのだ』

『シアンがピアノはあらゆる楽器の音域をカバーしているって言っていたよ』

 鸞の言葉にティオがそういえば、と思い出す。

『ああ。ピアノは音色が豊かで強弱の幅も広い。独りでオーケストラの再現をすることを可能にすると言われている』

『独りでオーケストラを』

 カランは絶句する。

『シアンは独りでオーケストラの音楽をするんだね』

『シアンのピアノは美しいものね』

 ユルクが感心し、麒麟も頷く。

『シアンちゃんは大人しそうに見えて、あれで豪胆なんですよ』

 またぞろ九尾が何かを言い出したと幻獣たちの視線が集まる。

『ピアノはソリストの代表です。また、バイオリニストがコンサートマスターとなり、オーケストラを牽引していくのです。つまり、目立つことも人を引っ張っていくことも普段から行っているのです。注目されても普段通りの実力を発揮することが出来るのです。カランはあれだね、シアンちゃんをお手本にすると良いんじゃない?』

『『『『『シアン(様)をお手本に!』』』』』

 幻獣たちが異口同音に言う。

 カランとしても身近に模倣する者がいるのはありがたい。

 早速、シアンがログインした後、指揮者として必要なことを聞いてみた。

「指揮者? そうだなあ。僕は指揮を専門に勉強したことはないから、演奏者としての意見になるかもしれないよ」

 そう前置きしたシアンはカランを伴って居間で茶を飲みながら話すことにした。シアンの肩に陣取ったリム、傍らを悠然と歩くティオの他、茶菓目当てに九尾もついて来る。

「曲への理解や楽器の音色や特質を掴むことが第一に挙げられるけれど、僕たちの音楽はそんなに堅苦しくなくても良いと思うんだ。楽器は魔道具で演奏は魔力や英知の助力に頼るところが大きいからね」

 シアンは理論に縛られず、ただ譜面を追うだけでなく、折角なのだから、幻獣たちの音色の多様性を殺さない方向でいくと良いのではないかと言った。

「色んな奏法や音楽があって、それを楽しめたら良いんじゃないかなと思うんだよ」

『そうにゃね。何も俺たちは決められた枠組みの中で競い合っているのではないのにゃ』

 シアンの言葉に、カランの身体から重責による力みが抜けた。

『毎回どんな演奏なるのか楽しみだね!』

『うん。そんな音楽をしたい』

 リムがぴっと片前脚を上げ、ティオが重々しく頷く。

『毎回違った演奏の音楽。我々らしいではないですか』

 九尾は口元に生クリームをつけながら二度三度首肯する。

「みんなの音を殺さずに纏め上げるのだから、大変だよね」

 シアンはそう言いながら九尾の口元を拭ってやる。幻獣たちは人に触れられることを好まないが、シアンに世話を焼かれたり撫でられるのは好きだ。

『確かに。でも、俺たちはずっとシアンに教わった通り、互いの意見に耳を傾けて考えを尊重し、励まし合って、喜びを分かち合ってきたのにゃよ』

 カランの心が据わったことにシアンは唇を綻ばせた。

 次に、表情や身振りから、奏者にどんな演奏をしてほしいかを誘導するということを語った。

「簡単に言うと、小さい音にしてほしい時は背を丸めて指揮棒を低くして小刻みに動かす感じかな」

『じゃあ、大きい音を出し欲しい時は胸を張って指示棒を大きく動かせば良いにゃね』

「うん。後は掌を上にして軽く上下させて、音をもっと引き出すような手ぶりをしてみたりとか」

『初めてリムが大きくなった時にシアンがやっていたね。小さく小さくって。ぼくにも分かったよ』

 ティオが言うのは、エディスでドラゴンの屍を退けた際のことだ。

『シアンはバイオリンを弾きながら伝えてくれてね、ぼく、小さく小さくっていうの、分かったよ!』

「そうなんだ。リムは初めて大きくなった時もとても上手に歌っていたよね」

『リムはいつでもシアンちゃんの音楽と共にありましたからなあ』

「指揮棒は大きく振れば「強く」、小さく振れば「弱く」という指示なんだ。また、指揮棒を持たない方の手の掌を上に向ければ「大きく」、下に向ければ「小さく」という意味なんだね」

 指揮者は強弱を指示する他、曲のテンポを決め、曲の雰囲気を作り上げ、休符後の入るタイミングを指示する役目も担う。

『指揮者によって重々しくなったり軽やかになったりするのですなあ』

『ゆっくりになったりもするんだね』

『前に同じ曲でも弾き方によって印象が変わるんだよって、シアンが教えてくれたね』

 ティオの言葉にあったあったとリムと九尾が頷き、カランがどんな曲だったのかと興味を示した。そこで、シアンが曲調を様々に変えて演奏した。

『格好良かったり穏やかだったり荘厳だったりするのにゃね』

『同じ曲なのにこうも受ける印象が違うのですよねえ』

 カランが感じ入ったように言い、九尾が両前脚を組む。

『前にね、ぼくがうとうとしていたら、シアンがこの曲をゆっくり小さく弾いてくれたらね、うっとりしながら眠ることができたんだよ』

『シアンちゃんの演奏を子守唄代わりにできるなんて、リムは贅沢ですなあ』

「ふふ、そう? きゅうちゃんも今度眠る時に弾こうか?」

『大丈夫。ぼくが眠らせてあげるから』

 九尾の婉曲な賛辞にシアンが演奏の提案をするも、ティオがすげなく却下する。

『そ、それは一撃で眠らせるっていうことにゃか』

『こ、怖いことを言わないでよ! ち、違いますよね、ティオさん』

 カランが怯え、九尾が震え上がる。

『手加減はするから。しばらく目が覚めないだけで』

『シアンちゃん、きゅうちゃんは自力で眠るから、演奏は遠慮しておきます!』

 ティオの保証はだが、九尾には恐ろしいものに聞こえ、大本を絶つべしとシアンの提案を断る。



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