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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
543/630

3.納涼   ~それ、飲み水/水浴び/皮剥きの巻/魔神が束になってもの巻~

 

 乾燥して埃が立ちやすく、うだるような暑さに、打ち水を行った。

 今夏も桶に水と氷を入れ、トマトやリンゴ、キュウリ、瓜、スイカ、そして桃、メロンなどを追加する。

 陽光を遮る傘の役割をしてくれる木陰で食べる。

 一角獣は真っ先に鼻面を突っ込まずに、割り当てられるのを待つ。

 シアンはふふ、とため息交じりで笑ってその首を軽く叩く。一角獣は少し自慢げに鼻を上げる。

 カランが他の幻獣と分け合って中の野菜と果物を食べた後、桶に入った。氷が浮かぶ水にうっとりと目を細める。

『にゃ~、気持ち良いにゃ』

 まるで寒い日に温泉に入ったみたいな風情である。

『ちょっと! もう、その水飲めないじゃないかっ!』

 一角獣が蹄で地を掻く。

『俺はベヘルツトと違って暑いのは苦手なのにゃ。涼をとりたいのにゃ!』

「ベヘルツト、こっちの桶にまだ水も氷も残っているよ」

『でも、それはシアンのだもの』

「僕は飲まないから。どうぞ、飲んで」

 桶を持ち上げようとするシアンに慌てて一角獣が移動する。

「ユエも暑さには強くないかな? じゃあ、みんなで水遊びしようか」

「キュア!」

「キュィ!」

「きゅ!」

「みゅ!」

 歓声が上がる。

『以前も湖でしたねえ』

『あれはまあ、わんわん三兄弟の特訓のついでだがな』

「あの時は泥だらけになったから、雄大にお願いして浅いプールを作って貰って、水を溜めて遊ぼう」

 シアンは大型の幻獣複数がいるので、二十五メートルプールほどの大きさが必要だろう、足首がつかる位に水を満たすことができたらと考えた。水に顎までつかって泳ぐのならば、海や湖に行けば良いのだから。リムが四つん這いになれる程度で良いのだ。

『冬に作って貰った露天風呂みたいなのだね』

 ティオは更に広大なものを想定した。

 加護を与えた幻獣から強請られた大地の精霊は、シアンの腿の半ばほどの高さの仕切りを作り、地面も岩で覆ってくれた。これで泥まみれにならずに済む。

「こんなに広くなるなんて」

『一キロ四方ありそうですな』

 ティオと一角獣が軽く駆けまわれる程度のものを、と広大なプールができた。

 一角獣が嬉々として水の精霊に頼んで水を満たし、リムが闇の精霊に頼んで水を冷やして貰う。

「あ、深遠、冷たくしなくて良いからね。ぬるくない程度でお願いします」

『ちょっと冷たいくらい?』

「うん、このくらいでいいんじゃないかな。ね、カラン、ユエ。リムは体が水についちゃうね」

 カランは囲いに頭をもたれかからせ、ユエは囲いに腰掛けて、両者ともに入浴さながらである。

『顔を上げたら鼻に水は掛からないから大丈夫!』

 リムは水の中で四つん這いになりながらシアンを見上げて笑う。

 その隣には闇の精霊の楕円形の黒い姿が水に浮いている。

 そのうち、リムはその上に乗って水上の揺らぎを楽しむんだろうな、と簡単に予測がつく。

 シアンの背中に水しぶきがかかる。

 振り向くと、ティオが前足を軽く振って柔らかくしぶきを飛ばしてくる。

 シアンも水をかけてやる。目を細めて気持ち良さ気で、まさしく水浴びだ。

 水深が浅くともユルクもネーソスも自在に動き回る。

 冷たい水しぶきにはしゃぐ幻獣たちは水の掛け合いをし、きゃっきゃきゅぃきゅぃきゅあきゅあきゅっきゅしながら遊んだ。

 一角獣がむきになってティオに挑み、さらりとかわされ、ようようプールで四肢を踏ん張るわんわん三兄弟が流れ弾をくらう。それをげらげら笑う九尾をカランとユエが連携して狙う。リリピピはさっと飛び立って上手く逃げる。

 リムはシアンとゆるゆると水をかけあっている。

 我関せずだった鸞もはしゃいだ麒麟に水を掛けられて参戦する。あんなに楽し気な麒麟を久方ぶりに見た、と後でしみじみ言う。親交のある闇の聖教司が捕らえられて大怪我を負い、気を揉んでいたのだ。

 リムが如雨露を持ってきて、上から散水した。虹色の光とともに水滴が降り注いでくる。

 水遊びを終えた後、シアンがカランとユエに入浴をして体を温めなおすよう促すと、リムがプールの水を温めてみなで入ろうと言う。

「随分大きなお風呂だね」

『みんなで入れるね』

『洗いっこしよう!』

『わんわん三兄弟は桶に入っておく?』

『大きな盥を用意しよう』

『それより、一匹ずつ入れる小さなものの方が良いんじゃない?』

 多くの魔獣や好戦的な非人型異類を討伐し、集落や街道の安全を確保することで住民や商人に感謝された翼の冒険者らは、どこでもこんな風だった。

 彼らは常に軽やかに飛び越えていく。

 娯楽や情報に飢えた集落に、魔獣の肉を供して幻獣たちの音楽という世にも珍しいものを披露した。

 翼の冒険者の中でも唯一の人間は地味な外見ではあったが、物腰柔らかく穏やかで、各地の文化に興味を示し、教えを乞うた。強靭な幻獣を連れた者に教えることは嬉しいものだ。

 商人たちは自分たちの商売を保護してくれ、珍しい素材を流通に乗せ、情報の重要性を認められて喜んだ。

 聖職者たちは神の下知による下地のお陰で非常に友好的だ。彼らからしても、翼の冒険者は神託があったにもかかわらず、高圧的ではなく、喜捨を気前良くしてくれることに尊崇の念を抱いた。

 国は自分たちが対処すれば被害甚大な非人型異類や魔獣を駆除してくれたことに有り難がった。

『シアンちゃん、風呂上りはやはり冷たい物が食べたくなりますね』

「そうだね。じゃあ、シャーベットを作ろうか」

 館に戻ったシアン一行は庭へと移動する。

「フルーツシャーベットにして、何種類かのフレーバーを楽しもうか」

『良いね』

『リンゴ!』

 ティオが賛成し、リムが真っ先に好物を挙げる。

「ふふ、そうだね。リンゴも作ろうね」

『モモは?』

 一角獣が麒麟の好物であるモモはどうかと尋ねる。

「うん。モモも作ろう」

『フルーツシャーベットといえば、定番はオレンジかレモンでしょうかね』

 九尾は相変わらず、妙なことに詳しい。

『オレンジ!』

 リムの好物でもある。

「じゃあ、オレンジも」

 幻獣たちと手分けして皮をむいたリンゴを切って芯を取る。

『セットできたよ』

『回すね』

『……』

 ユエがリンゴを据えた皮むき器の取っ手にユルクが尾を巻き付ける。その頭にはネーソスが乗っている。定位置であり、見慣れた光景だ。

『モモは皮むき器を使っては潰れてしまいそうにゃね』

『我らにお任せあれ!』

『そーっとそーっと』

『ふんむっ!』

 わんわん三兄弟が皮の端を咥えてそろそろと皮を剥く。

 意外とするりと剥いてはいるが、始点にちょっとばかり歯型がついているのがご愛敬だ。

 客に出すものではないから、良いかなと思うシアンである。

 皮むき器からリンゴを取り出して芯を取り除き、水と砂糖にレモン汁を加えた液につける。その後、すりおろしてカルヴァドスを加える。この酒は茶会以降、定期的に贈られてくるものである。

『神からの献上物ですか』

『贅沢にゃね』

 食べてほしい者たちが喜んでくれるのであれば、贈った方も本望であろう。

「これを凍らせるんだよ」

『深遠、お願い』

『精霊王に手伝って貰うのですか』

『贅沢の極みにゃね』

 闇の精霊からしてみれば、リムのおねだりを叶えるのは喜びである。

 ユエがフードプロセッサーを調節し、その中へ凍らせたすりおろしリンゴを入れてさらになめらかにする。

「これをまた冷やせば出来上がりだよ」

 その前に、モモに取り掛かる。

「綺麗に剥けたね」

 シアンに褒められて、わんわん三兄弟が嬉しそうに互いの顔を見合わせる。

 モモを薄切りにしてレモン汁を加えて凍らせる。

『深遠、これもお願い』

 こちらもまた、フードプロセッサーにかけなめらかにし、蜂蜜とレモン汁を加える。

「これももう一度冷やすんだけれど、その前に、オレンジかな」

 上部を切り落とす。

『ガブガブにしないの?』

「これは蓋にするんだよ。中身をくり抜くんだ」

 皮をぎざぎざに切らないのかというリムに、今回は違う趣向なのだと答える。

 水と砂糖を煮る。

「煮る時に砂糖の粒がなくなるようにするんだよ」

 鍋を覗き込む幻獣にシアンが笑う。

 取り出した果実を絞る。粗熱を取った砂糖水に果汁を加え、リンゴやモモと同じく凍らせた後、フードプロセッサーで潰す。

 三種のフレーバーのシャーベットを再び闇の精霊に冷やして貰った後、器に盛る。オレンジはくり抜いた皮を器代わりにし、蓋を添えて出してやればリムが目を輝かせる。

『銀色の稀輝にもあげたい!』

 甘いもの好きな光の精霊をも喚び、みなで賞味した。

『リンゴもオレンジもモモも美味しい!』

『爽やかな甘さだな』

 喜ぶリムに光の精霊も繊細な美貌を綻ばせる。

『みんなで作ったんだよ。深遠もね、手伝ってくれたの。ユエが作ったフードプロセッサーや皮むき器を使ったの! モモはね、柔らかいから器械を使わなかったんだけれど、わんわん三兄弟がとっても上手に剥いていたんだよ!』

 リムが楽しそうに作る過程のことを話す。光の精霊は匙を止めずに、闇の精霊はリムの口元を拭いながらにこやかに相槌を打つ。



 可愛い研究会も変遷を遂げていた。

『いいですか。イケメンというのは単に格好良いだけではないんです。そう! 行動がイケメン! 漢気が必要とされます』

『格好良い?』

『そうです。きゅうちゃんたちはそろそろ可愛いだけでなく、恰好良いも目指す時がやってきました』

『格好良く可愛い!』

『これこそを目指すのです! 次のフェーズへ!』

『ティオ様は既に到達しておられる高みでするね』

『ベヘルツト様は美しく可愛い、でござりまする』

『わ、我らにはどちらも見上げるばかりの高みでござりまする』

『わんわん三兄弟は可愛いに特化しているからにゃあ』

『そんなことないもの! わんわん三兄弟はとっても勇敢だもの』

『あは。そうだよねえ。立て籠もり事件の時は立派に子供を誘導したんだってねえ』

『それに、アンデッドたちもいち早く彼らが保護を願い出たのだ』

『そうなの。楽器もわんわん三兄弟がやりたいって言ったから、みんなで演奏するようになったの』

『新しいことに果敢に挑戦する。勇気のある御仁たちです』

『……』

『うん、元気をくれるし、頑張ろうって気持ちにさせてくれるよね』

『力がなくても、自分ができることをしている。それはシアンが良く言うことだもの』

『何より、セバスチャンの手を煩わせることができる。魔神が束になっても敵わないね』

 ティオの締めの言葉に幻獣たちが一斉に頷いた。わんわん三兄弟は集まる賞賛に胸を張っていたが、最後に撃沈した。





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