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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
542/630

2.辛いことも分かち合う   ~きゅうちゃん先生/真似はちょっと……/君が言う?~

 

 五角形の石壁をアーチ型にくりぬいた中門が立つ。向こう側には緑豊かな庭が覗いている。

 有能な家令の手によって美しく整えられた館の庭から、賑やかな幻獣たちの声が聞こえてくる。うららかな昼下がり、島の主であり彼らの要でもあるシアンが不在の折、珍しく幻獣たちが揃っていた。

『トマトが食べられなくても良いよ、って言ったらね、シアン、泣いちゃったの。ぼくが余計なことを言ったからかなあ』

 トマトのおばちゃんことニーナを思い出すだろうから、トマトを食べなくても良いと伝えたのだと言うのはリムである。

 シアンも他の者たちもリムがトマトを大変好むことを知っている。シアンの心を慮って食べなくても良いと言ったが余計な事だったのだろうかとリムはしょげた。

『そんなことはない。泣くことはシアンちゃんにとって必要なことだったんだよ。感情を抑えなければならない時ももちろんある。でも、辛いことを分かち合うことで乗り越えられることもあるんだよ』

 幻獣たちは一斉に九尾を見つめた。

 今まで彼らは楽しいことや美味しいこと、美しいものを分かち合ってきた。けれど、辛いことも分かち合うのか、と眼を見開く。

『何を今さら』

 九尾は後ろ脚立ちし、両前脚を胸の前で組んでわざとらしく頭を左右に振って見せた。

『え?』

『どういうこと?』

 幻獣たちは互いに顔を見合わせたり小首を傾げた。

『今まできゅうちゃんたちはシアンちゃんと一緒にそうしてきたではないですか。りんりんの食育しかり、らんらんの研究しかり、ユルクのおじいちゃんの説得しかり、ユエのいばりんぼうしかり、流行り病やら物資調達やら、そうやって乗り越えて来たではないですか』

『そういえば、我のこともみんなで色々考えてくれたね』

『吾もカランや九尾から様々に助言を貰ったな』

『いばりんぼう……まあ、そうなんだけれど』

『ユエ、九尾殿の冗談口でするよ』

『自信を持つことは良いことなのです』

『きっと、自信を持つことと他者より自身を高みに置くことは違うのでござりまする』

『わんわん三兄弟はたまに賢者の発言をするにゃね』

『……』

『うん、おじいちゃんに会いに行って援護射撃して貰ったよ』

『その援護射撃もまた一撃必殺であったと聞きました』

『みんなでやったら楽しかったから、辛いことだとは思わなかった。そうか、大変なことも分かち合ってきたのか』

 一角獣の言葉に幻獣たちが揃って頷いた。

『じゃあ、シアンもみんなと一緒に分かち合えば、きっと辛いことも乗り越えられる』

 ティオの言葉に、更に深く首肯した。

『本当? シアン、元気になるかなあ』

 リムが涙目になりながら四肢で立ち、小首を傾げつつ顔を上げる。居並ぶ幻獣たちを見渡し、最後に九尾を見た。

『もちろんだよ。シアンちゃんはね、リムの優しい気持ちが嬉しかったから、泣くことができたんだよ』

『うん……』

 そうかな、そうだと良いなというリムの心の動きが幻獣たちに見て取れた。

『きっと、大丈夫。きゅうちゃん先生を信じなさい!』

『きゅうちゃん先生!』

 リムが感極まって、後ろ脚立ちする九尾の腹に抱き着いた。細長い体が狐の胸から腹まで密着し、短い四肢でしっかとしがみつく。

 白い毛並みに白い毛並みがくっつく。リムの黒い翼とピンク色の丸い耳と指が目立つ。

「きゅーっきゅっきゅ……きゅっ!」

 胸を逸らして呵々大笑していた九尾はセバスチャンの鋭い視線に、息を詰まらせた。ごっほごっほと咳き込む。

 良いことを言うじゃないかとばかり、ティオが軽く尾で九尾の背を叩く。いつもの仕置きとは異なる優しいものだった。

『あは、流石はきゅうちゃん先生』

『きゅうちゃんはいつも色々教えてくれるの。カランとは違う意味で良く見ているの』

『だから、宮も九尾にレンツや吾のことを報告させているのであろう』

『狐も役に立っているんだね』

『ベヘルツト様は何気に九尾様に辛辣であられますな!』

『九尾様は光属性。常に明るいのがその性』

『ティオ様やセバスチャンにお仕置きされるまでがお約束でござりまする』

『シアン様の気持ちの安定を、体を張って整えられているんですね』

『……』

『え、ネーソスも可愛いのために、きゅうちゃんの真似をしてみるの?』

『やめておくにゃよ。人にも幻獣にも向き不向きがあるのにゃ』

 幻獣たちの視線がカランに集中する。お前が言うな、というところだろうか。

 なお、ユルクもネーソスもこの段には九尾のことを愛称で呼ぶようになっていた。

 彼らは彼らなりに一生懸命だった。傍から見れば軽々としたものであっても。シアンが関与しなければ簡単に乗り越えていけた。

 人と異なる価値観を持つ彼らが弱い者たちを顧みる謂れはない。けれど、シアンという存在と接することによって、人間の営みを尊重した。その結果、流行り病や天変地異や凶作、宗教の弾圧から多くの人間を救うことに協力した。その際の手法は力づくではなく、不足分を補う応急処置及び緊急避難と、人々の気持ちを向上させるものだった。喫緊のこと以外はその者たちが本来持つ力を引き出したのだ。




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