108.奮闘
シアンと九尾を背に乗せたティオが飛び立つ。まだ高度を取らないうちに、と非人型異類から攻撃が飛ぶ。
その触手から放たれた粘液を、イレルミが剣を振るうことで打ち出した風の斬撃で霧散させる。
翼の冒険者の露払いができるなど、望外の喜びだ。それをするために幻獣のしもべ団に入団したのだから。
イレルミは剣技がある域に達した際、伸び悩んだ。その時点で人も魔獣も簡単に切り伏せることができた。しかし、翼の冒険者に会い、その支援団体に入団してみれば、厄介で手強い相手と次々に出会った。出会ってから、自分はそれまで詰まらないと感じていたのだと分かる。強敵と闘い時に勝ち、時に負け、実に手ごたえとやり甲斐のある日々を送っていた。今日は楽しく、次の朝を迎えるともっと楽しいことが待っている。これほど心浮き立つことがあろうか。
極めつけは翼の冒険者だ。
彼が自在に飛んで行くことの手助けをすることがイレルミの望みだった。今まで剣技を磨いてきたのはそのためだと知る。
翼の冒険者の周りには他にも様々な力を持つ者が集まる。それらの要素が喧嘩することなく、打ち消し合うことなく、逆に複雑に作用してより強固な力となるのだ。イレルミさえその一部に過ぎない。
身震いした。
何てすごい。
何て途轍もない。
心躍る。
そして、イレルミは師を得た。
元勇者だというスケルトンの老女は豪放磊落の一言に尽きる。
こんな存在がいるのだと驚くばかりだ。
停滞していた剣技がみるみるうちに伸びるのを感じる。
実感としては上に上がっていくというよりも、四方八方縦横無尽に伸びていく感だ。
一方向だけでなく、定まったものではないものを目指すのは風の性質を持つイレルミに合った。
更に強くなるのを感じる。
同じく修行するディランやリベカたち幻獣のしもべ団はイレルミはもはや人の範疇を超えたという。
だとしても恐怖は感じなかった。
何故なら、幻獣たちがいたからだ。
自分よりもよほど大きな力を持ち、理性を保つ存在がいた。
それは非常に心強かった。
ならば、ずっと卑小で彼らの足元にも及ばないのであれば、イレルミも自分を保っていられる。力に酔い狂うのはあの域に達してからだ。自分など、まだまだではないか。
常に向かっていく目標があるのは励みにもなるが、疲弊にも繋がる。あまりに強大で遠大な目標であれば気後れし、敵わないと端から諦めてしまう。しかし、イレルミは風の属性を持っていた。
どれほど遠くとも、それを軽々と目指していくことが出来る自由さと勁さを兼ね備えていた。また、だからこその剣聖とも言えた。
上から打ち下ろしてきた牙を軽く弾き、胴を薙ぐ。
無造作に弾いたように見えるが、その実、力が乗っており、振り下ろされるのを弾くタイミングを、手にした得物に合わせる。ほんの数瞬ずれただけで相手の顎に絡めとられる。剣との角度の違いから、刃が欠けたり時には弾ききれなかったりする。勢いをつけることも大切だが、向けられた牙と己が刃との角度、力によって場面場面に応じなければならないものが異なって来る。それを無意識に行うと同時に瞬時に見極めることができる。
体の動きと認識とがほぼ同時に行われる。
「隊長の仇!」
黒ローブは無言でどこからともなく現れるからこそ、恐ろしいのだ。声を発し、その正体が見えてくれば恐怖は薄れる。
打ち下ろされる剣を剣で受け止め、その反動を活かして相手に打ちかかる。
「こんな時でも忘れず襲い掛かって来るとはなあ!」
マウロもまた剣を振るっていた。
非人型異類を倒した直後を狙われ、仰向けに倒される。馬乗りになって頬を殴りつけてくる男の腹をけり上げる。
ぐう、と体がくの字に持ち上がり、吹き飛ぶ。
「こんな時だから、だな。隙を逃さず、ってね」
「違いない」
呑気なイレルミの言葉ににやりと笑って見せたマウロは殴られた頬が痛むのか顔をしかめる。
実力を認められているにしろ、緊張感のないイレルミを叱らないところは幻獣のしもべ団がはみ出し者の集団であったことの他に、仕える幻獣たちがマイペースだからなのかもしれないと思う。つい先ほど見せた幻獣たちは人とは価値観を異にするとはいえ、真面目な貴光教教徒らが哀れになるほど呑気なものだった。
「つまり、呑気なのには耐性があるんだな」
イレルミが居心地が良いのも頷ける。
訓練を受けていない群衆を急いで避難させるのは至難の業だ。
騒がず慌てず普通に歩く速度で移動させる。
手強い舞台の防衛線を遠回りしてきた非人型異類と幻獣のしもべ団たちが対峙した。
衝撃波の轟音が鳴り響く。
拘束網や目くらましの異能の発露の狭間を追捕の矢が飛ぶ。
スリングショットから放たれる弾は時に目くらましを、時に熱いほどの辛み成分を、時に急所を狙い、足止めや仕留めにかかる。
非人型異類の変幻自在、素早い動きにも幻獣のしもべ団は十分に対応した。幻獣たちとの特訓や元勇者のしごきに耐えて来た彼らの実力を遺憾なく発揮した。
「ふんばれ!」
「幻獣たちに良いところを見せろ!」
「ヘマすると師匠にどやされる!」
「やべえ!」
「ここで生き残っても拠点に戻ったら死ぬ!」
大勢の非戦闘員を守りながら強力な非人型異類と闘うという難事の最中であっても、幻獣のしもべ団たちは彼ららしさを失わなかった。
それは寄る辺ない者たちの突き抜けた人生観によるものだった。
だからこそ、彼らは自由で力や技能に溢れた幻獣たちに憧れた。




