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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
530/630

104.降臨  ~大衆の面前で跪かれた/ふぉーえばー/賞嘆せよ/スイーツ仲間~

 

 物事は何がどう作用するか分からないものだ。

 しつこく呼ばれる光魔法に知らん顔を決め込んでいた光の上位神は、そこに覚えのある存在を感知した。

 自分が一番である光の上位神が唯一敬愛するのが光の精霊だ。自身の存在を自分たらしめる光の根源であるのだから、当たり前である。

 光の精霊は自身と闇の精霊にしか興味がなかった。ある時、その光の精霊に、纏わりつく生物を目撃したことがある。しかも、光の精霊もとてもその生物を好んでいた。

 唖然とした。

 子供でもできたのかと思った。

 聞くところによれば、その生物は光の精霊の加護を得たのだという。

 光の精霊からかの生物とその周辺に害を及ぼすなと言われた。光の精霊がそうするというのであれば、光の上位神にとっては当然そうすべきことだ。

 先ほどから自分を喚ぶ光魔法に、その生物の気配を感じ取って、光の神はすぐさまそちらへ急行した。

 光の精霊が大切にするのであれば、従うまでである。



 空から伸びた光の筋が不意に揺らぎ、その中に人影が佇んでいた。徐々にぼやけた姿が形作られ色を帯びる。

 光は粒子と波の二つの性質を併せ持つ。

 視覚は光が網膜を刺激して生じる。

「見る」ことの起因となることから、世界の粋、各属性の精霊の頂点に立つ他属性の精霊王たちは光と同じく二つの姿、性質を持つ。

 光の上位神の姿は一つだ。

 金色の長い直毛に赤い目、無表情のせいで整っているがすぐに人外だと知れる。

 光の神の顕現にどよめきが起き、あちこちで伏し拝み、すすり泣く声が聞こえてくる。

「おお、いと高き場所に坐す至高の御方よ! よくぞ我が声に応えてくださいました」

 エルッカもまた感極まって涙を流しながらその場に跪いた。

 同時に、自分がこの見せ場で堂々とやり遂げたことに強い充実感を得ていた。神を降ろす魔法は誰にでもできるものではない。

 しかし、次の瞬間、唖然とする。

 光の上位神はさっさと舞台を降りて、小さな白い幻獣の前で跪いたのだ。

 いと尊き至高の光の神が、頭を下げた。膝を折った。

 広場は静けさで耳が痛いほどだった。

 ティオは泰然と、リムはシアンの表情を見て小首を傾げ、一角獣は仲間たちに害が及ばないか警戒し、九尾は事の成り行きをにやにや眺めていた。

 その他の幻獣たちはうわあ、という表情をしていた。わんわん三兄弟でさえ、事態のタイミングの悪さを呪った。シアンも自分が同じような顔つきになっているだろうと思う。

 幻獣たちにも事情は呑み込めた。

 光の神を呼ぶ魔法にリムが触れ、それでやって来てしまったのだ。光の精霊の加護を持つリムに恭しいのは今までの経験上、分かる。リムが持つもう一つの精霊の加護、闇の属性の神々はリムを敬愛してやまない。

 九尾曰く、光の上位神は自分大好きナルシストだそうだが、唯一光の精霊は敬慕しているらしい。では、その光の精霊が心を砕くリムにも恭しいのは分かる。

 でも、こんな局面で。

 まさか、ここでそれをやってしまうのか。

 ついでに言うなれば、リムは光の上位神に全く興味がない。

 放っておいたら、歌を歌いながら尾を振り振り、シアンの手伝いを始めそうだ。

 つまり、いつもの通りなのである。

 貴光教とその数多の信徒たちからすればどうだろう。

 大人数の観客に見守られる中、この大掛かりな仕掛けに貴光教が最も嫌う魔族が乱入し、空から人間が歩いて来て勝手に受刑者たちの手当てを行い、儀式のクライマックスと思しき場面で、光の神が降臨あそばして幻獣に恭しく跪き、そうされた当事者は知らん顔、中々のカオスぶりである。

 何をどう、どこから突っ込めばよいのか分からない。

 リムとて光の上位神に端から淡泊に接したのではない。闇の上位神には友好的である。光の上位神がシアンに対して冷淡だったので、自然と関心を持たなかったのだ。

 人間の暮らしや価値観が分かってきた一部幻獣たちは頭を抱えたいところだ。また、頭の痛いことに、それに忖度してくれないのが残りの幻獣で、彼らが仲間内で最も武闘派である。何なら、ネーソスも顧みなくても良いかなと考えがちである。

 つまり、貴光教たちからしてみれば、姿を現した光の神が、実は自分たちの呼びかけに応じたのではなく、至高の存在なのに敵対する幻獣に敬意を払い、にもかかわらずぞんざいに扱われる。

 これを見て怒らないでいようか。

 そして、それらの空気を読まない幻獣たちが仲間の中でも力がある者たちなのだ。

 貴光教は散々シアンを苦しめてきたことから、やり返すことに積極的になるかもしれない。

 彼らの危惧は現実となる。

 エルッカが唾を飛ばしながら、不敬な者どもを捕らえよと舞台の上で仁王立ちになる。顔を真っ赤にして、指を突き付ける。

 どこからともなく、黒い布を頭から被った者たちが現れる。

 魔族や幻獣のしもべ団が臨戦態勢を取る。

 一触即発を破ったのは光の上位神だった。

『痴れ者どもが。以前、私が下知したことを無碍にするというのか』

 美しくも淡々とした声であったが、貴光教の信徒たちは雷鳴に打たれたかのように体を硬直させた。

『そも、私はそちらの声に応じたのではない。良い機会だから今一度言い渡す。こちらの方々に無用な手出しをするな』

「な、な、な、そ、それはどういう」

 余りのことに、エルッカは思わず問うていた。それまでの貴光教の習わしからすれば、とんでもない不敬である。

『私の下知を受け入れられぬのならば、今後、光は届かぬと思え』

 命じるだけで答えるいわれはないとばかりの言葉に、愕然とする。

「そ、そんな。私たちはこれほど光を崇め、世界を清浄にしようと努力してまいりましたのに」

 ヨキアムでさえ、光を信仰することに於いては追随を許さない。だからこそ、大聖教司の地位にまで上り詰めたのだ。

『何故私が人の作ったものを認める必要がある? 勝手に信仰しているだけで私はお前たちを必要としていない』

「わ、私たちは至高の御身の忠実なしもべでございます」

 光を失えば、そこには何も残らない。どころか、忌避していた闇に飲み込まれてしまう。

「そういえば、そこな白狐はゼナイドで神々しいまでの威容を見せつけたとか。九尾の狐とは光の神の眷属と言われておりますね」

 おもむろに口を開いたオルヴォが爆弾を投下する。

 白い狐は確かに翼の冒険者と行動を共にしていた。

 それが光の神の眷属だったのであれば、貴光教は光の神の関係者に敵対していたということなのか。

 居合わせた貴光教神殿の者たちは驚きの連続で思い至らなかったが、オルヴォは何故そんなことを知っているのか、また、知っていて何故今まで黙っていたのか、そして、どうしてその事実をこの時に暴露したのか、疑問が残る。

 大聖教司の美声の内容に、白い狐に視線が集中する。

 他の幻獣ならば堂々と受けるか跳ね返すかのように睥睨するか、おどおどするか、居心地の悪い様子を見せるかしただろう。

 しかし、九尾だった。

『いいえ、九尾のきゅうちゃんは光属性というだけ! 光の神の眷属ではありません!』

 言いながら後ろ足立ちし、軽く曲げた側の腰に片前足を当て、もう片前足を高く掲げる。指一本を立てる。

 きらぁん、と爪が陽光を弾く。

『きゅうちゃんふぉーえばー』というタスキを掛けている。無論、幻想魔法である。高度な魔法だ。何故なら、その文字を目にした者は自分が知る文字に見えたのだから。つまり、集まった者たちにはハルメトヤ公用語に見えた。

 この局面で、よくもそんなことができるものだ。

 いや、耳目を集めるこの場面ならばこそ、九尾の光属性らしい性質が現れたのかもしれない。

 鸞やカランなどは呆れて声もない。ユエやリリピピは臆病な自分たちにはない胆力だとある意味感心した。リムと麒麟が流石はきゅうちゃんと顔を見合わせ、わんわん三兄弟がくるくるとその場を駆けまわる。本当に器用だね、と言うユルクにネーソスがそれよりもあの精神力の高さはやはり光の属性ならではだと答えた。一角獣はあれは可愛いポーズで、狐は常に可愛くあるべきと言うのだから、こういう時でも変わらないのか、と頷く。

 ティオは思わずよろけたシアンを支えるべくその背後に回る。

 九尾の高らかな宣言は集まった人間たちが解せるように発せられていた。

 シアンの傍にいる余禄によって、意思疎通能力が上がっているのだ。

 流石のインカンデラ国王はじめとする魔族もぽかんと口を開けている。幻獣のしもべ団はそこそこ慣らされていたので、驚きつつも事の流れを見守った。ルノーがこの場にいれば、同じ狐顔として声援を送っただろうか。

 精神の均衡を保てなかったのは貴光教の幹部らである。ふざけた態度にいきり立ち、暗部を動かそうとした。

『流石は治世の是非を問う光の聖獣』

 光の上位神こそは感銘を受けたように九尾に向けても首を垂れる。

『きゅうちゃんを嘆賞せよ!』

 きゅうちゃんは可愛い狐です。

 うっかりシアンは可愛い狐教の聖句を言いそうになった。

 両前脚を広げて高く掲げる九尾の姿にめまいがする思いだった。視線は遥か彼方を見つめ、ある意味荘厳なポーズともいえる。狐がしているのでなければ。

『狐を止めてこようか?』

 ティオの言に迷う。

 止めて欲しいのは山々だが、ティオがいつものようにぞんざいに扱っては。九尾に対して光の上位神が恭しく接するのだ。不敬だと思われて余計な火種を作り、危殆に瀕することになる。シアンたちが、ではない。この場に集まった多くの者たちが巻き添えを食うかもしれないからだ。

 さて、何故光の上位神が九尾にまで恭しいのかと言えば、光属性だとか、シアンが光の精霊の加護を得た余禄だとかばかりではない。

 九尾は光属性であるが、聖獣であり凶獣ともなったがために、光の神の御前に出ることは控えていた。

 けれど、九尾は光の神が唯一崇める光の精霊と幾度も共に甘味の甘美さを分かち合う幻獣だ。並んでお稲荷さんを食べたり焼き芋を食べたのである。決して接待での意味での付き合いではない。両者ともに好んで味わった。同好の士である。

 栗ぜんざいも食べた。何なら、美味しい甘味を光の精霊のために取り置いてすらいたのだ。

 九尾から喚ぶことはなかったが、リムやシアンがそうした時にせっせと甘味を渡していた。

 光の精霊が九尾を認識し、関心を持ったのは言うまでもない。

 酒好きの水の精霊がつまみを得るために頑張ったユルクやネーソスを気に入ったのと同じである。

 それに、何だかんだ言ってリムは九尾を好いている。シアンも九尾を頼りにしている。

 何かの折に光の上位神を崇める人の宗教団体の行動について、光の精霊が言及したことがある。

『僕から言っておこうか?』

 それは以前、梟の王を迎えるにあたって菓子を作ったのを食べた際、光の精霊が言ったことと同じ口調、同じ重さの発言だった。

『お気持ちだけはありがたく。しかし、これは人の世に是非を申し伝えることができるきゅうちゃんの役目ですよ』

『九尾、僕はお前を気に入っている。シアンやリムがお前を好きだからなのもある。僕自身、お前の生きざまには興味がある。好きに生きると良い』

『ありがたき仰せ。僭越ながら、きゅうちゃんも光の精霊王と共にシアンちゃんが作った料理を頂けるのを心から楽しんでいます』

『シアンが帰ってきたらまた甘いものを作って貰おう』

『おお、良いですな。では、それを楽しみにきゅうちゃんも励みます』

 甘味にかこつけてちゃっかり言質を取っているのである。

 何なら、シアンが作ったプリンの上に生クリームを絞ることを提案し、天才的な閃きだと称賛されていたくらいだ。ある意味、光の精霊に心底認められた狐ではある。だてに腹部に贅肉をつけることを厭わず光の精霊とスイーツを心行くまで楽しんだ訳ではない。

 貴光教の面々は絶望が彩られていた。彼らが敵対していた者に、光の上位神が頭を下げているのだ。あんなにふざけた物言いをする幻獣にもかかわらずだ。彼らの好む厳かさや重厚さとは無縁だ。

 おこりのように震えだしたり、泣き喚き、終わりだ終わりだと呟き続けるたり、様々だった。

 それを鎮めようとオルヴォは立ち上がった。

 ヒューゴに貴光教の面々で醜態をさらす者を連れて行けと指示を出した。しかし、ヒューゴはそれどころではない。

「違う、自分が求める神はこの存在ではない! 何かの間違いだ! そ、そうだ。つ、翼の冒険者が見せた幻だ!」

『笑止な、そなたら人の身ごときで我を推し量ろうとは。我をただ無心に慕うならいざ知らず、僅かなりとも疑心を抱く者は要らぬ』

 愕然とする貴光教の幹部の前から光は去った。単に呼び水にしていた魔力が尽きたからだが、その言の後に姿を消したため、集まった者たちの多くは光の神の怒りを買ったのだと考えた。

 取り乱していた者も脱力し言葉もない。

「神に見放された、か。それならそれで良いではないか。我らが慕うに値する神を見出せば良い」

 素晴らしい切り替えの早さを発揮したオルヴォを、ヒューゴは信じられない者を見る目を向ける。

「ふ。そも、このような場での儀式など、所詮、貴光教の気息奄々を覆い隠すためのもの」

 達観した言葉を吐く。

 ヒューゴはそうもいかなかった。得も言われぬ心もとなさを感じた。体が重く、嘘のように動かない。

 動揺したヒューゴは鞭を取り出して自身を打ち始めた。服の上からだからそれほど効果はない。

 神は全ての声に応えることはない。また、人とは異なる価値観を持つ。

 魔族は自分たちの力で何とかしようとするので、魔神には縋らない。魔神も人から人ならざる者になったのだから、そうそう簡単に助けてくれと言わない。同胞が努力を尽くして得た力を、沢山持っているのだから貸してくれと安易に言えない。まずは自身が力を尽くしてからだ

 そして、光の上位神は人に関心がない。

 ヒューゴはそれが受け入れられなかった。

 オルヴォは神とはそういうものだ。ただ敬愛すべき存在だと知っていた。

 その達観がヒューゴからしてみれば面憎かった。

「お前のせいで、神から見放された」

 もっと縋っていれば慈悲を得られたかもしれないのに、とオルヴォを恨みがましく睨みつける。

 ヒューゴは強い駒だったが離反するならそれで良い、とオルヴォは内心呆気なく見切りをつける。去る者は追わず。来る者はふるいにかける。

 その態度はヒューゴの憎しみに拍車をかけた。敬愛は憎しみに裏返り、突き抜けた憎しみは恐怖をもたらした。

「やめて! 壊さないで、僕から取り上げないで! 僕を独りにしないで!」

 ヒューゴは錯乱してオルヴォを鞭で滅多打ち、倒れ込んでも止めなかった。

 そうか、自分はこんな死を迎えるのだなと妙に感慨深く思う。

 オルヴォはヒューゴに手を掛けられ遠のいていく意識の最中に思う。所詮、人の身では神の英知を理解することはできない。ただ、一心に神を慕えば良いだけだ。

「それがわからぬとは、まだまだよな、ヒューゴ」

 薄く笑ってこと切れた。

 古の大王の主治医が毎日少量ずつ服毒して抵抗力を得たという。豊富な植物知識を持っていたという。毒に慣れるという非常な危険をはらむこのことは、権力者がすることではない。しかし、オルヴォは自身で行った。どれほど信頼した者でも裏切りはあり得る。

 彼の生きた世界はそんな場所だった。



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[一言] さぁ、皆さんご一緒に! (」°ロ°)」<きゅうちゃんは可愛いキツネです! きゅうちゃん、フォーエバー最高です。 いつも楽しく読ませて頂いております。
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