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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
529/630

103.神降ろし  ~横切る~

グロい表現があります。ご注意ください。

 

 尊重と共存は種を異にする者の中では難しい。

 シアンの願いは理想に過ぎない。

 けれど、そこに力が加われば。

 貴光教にしろ一方的に虐げられた異能保持者や魔族にしろそれらを看過していた者にしろ、尽力したが力及ばなかった者にしろ。

 要は気が済むかどうかだ。

 気持ちの落ち着きどころが肝要だった。

 そして、時に、あまりに大きなものには対抗しようという気すら起きないものだ。

 稀な輝きと深く遠い闇を両側に従え、瑞風と豊かな大地、清らかな水、再生の炎が寿ぐ。世界の力の粋がシアンの周囲を満たしていた。

 それらを感じさせる力を纏い、人がもたらした混沌の場へ降り立った。

 光の根源たる精霊に、稀なほどに輝く眩しい途を行けばいいと保証されたシアンは、今まさしく、多くの人々の目にそう映った。

 シアンの後ろからふわりと麒麟が浮かび上がり舞台に登る。蹲るアベラルドにそっと鼻先を近づける。

『アベラルド、帰ろう。また闇の神殿のあの中庭で子供たちとモモを食べよう』

「ああ……、何と素晴らしいことでしょう」

 アベラルドに取って、近隣の村の子らがすくすくと育ち個性を発揮していくのを見るのがこの上ない喜びだった。闇の君を尊敬しようがしまいが構わない。誰を常に心に置くかは個人の自由だ。生物の人生を全うする輝きは闇の最中でもきらめく。

 乏しい物資にそれも叶わないかと半ばあきらめていたころ、麒麟が現れて物資をくれた

 共に笑い合って味わったモモの何と瑞々しく甘く美味しかったことか。

 そして、今、アベラルドは奇跡を目撃して自然、涙を流していた。

 いつぞや、麒麟が話してくれた大きくなった黒白の獣の君の翼は、闇に輝くようなのだそうだ。花帯の君もまた、闇に柔らかく輝く癒しを纏っていた。

 自身が務める神殿に麒麟と鸞を迎えたことから付き合いが生じた。話してみれば、穏やかな麒麟と知識豊富な鸞はどちらも好奇心旺盛で闇の聖教司の話をとても楽しそうに聞いた。そして、島での暮らしを語った。花帯の君や黒白の獣の君の話の他、ケルベロスや失われた彼らの神の消息を聞くことができ、どれほど嬉しく有難かったことか。彼らの失われた神とその眷属ケルベロスも心穏やかに暮らしているという。信仰の対象を救ってくれたのだ。

 そして、麒麟は思い悩むことがある様子で、彼の同族のことを話してみた。すると、興味を持った様子だった。独りで悩むよりも他の者と交流し、違った視点を知ることができれば、他の方策を見つけることが出来るかもしれない。穏やかでそれだけに臆病なところが見受けられる麒麟からしてみれば、世界に散らばる同族と交流することは気安くできることではないだろうか。そう思って語った。

 それは自分たち魔族にも言えたことだった。視野狭窄になり、凝り固まった価値観を解し、新しく眩しい途を示してくださった方がいた。魔族は奮い立った。自分たちの考え方が間違っていた訳ではない。ただ、もっと違ったやりようがあるのではないか、思考停止や堂々巡りをせずに恐れずに他の視点を探して見つけてみようと立ち上がった。

 そんな魔族を面白く思わない貴光教が非道を始めた。

 折角新しい途を歩み始めた魔族の多くが拷問された。アベラルドは麒麟と鸞と直接相まみえ言葉を交わしたことから、より一層花帯の君と黒白の獣の君を身近に感じていた。

 だからこそ、その指し示す途を、優しく美しく調和された世界を壊そうという者から守りたいと思い村々を見回っていた際、異類審問官と出会い、捕まってしまった。

 連行されて拷問に掛けられた。彼は辛抱強く耐えた。それが痛めつけを長引かせることとなった。相手は壊れないおもちゃに気を良くしてあれこれと試してみたのだ。そして、最後の仕上げとばかりに広場に引き出され、串刺しにされるところだった。

 異類審問官は笑って言った。自分の尻の穴から差し込まれた杭の先が喉から生えてくるのを見られるぞ、と。

 おぞましかった。

 なぜそんな所業ができるのか理解不能だった。

 彼は痛めつける時、闇の聖教司の外側の美しさだけでなく、内面の高潔さも反吐が出ると言っていた。正しい自分たちに抗議するなんていうのは無謀で、上から目線のことだと喚いた。生意気だとも。大人しく従わないことも反対意見も全て気に食わないのだ。

 そして、死刑執行を待っていたその時、かの方々は舞い降りた。

 麒麟は自分のことを感知し、近寄って来た。

 慈悲の生き物を血肉で汚してはいけない。自分に触らないように言ったが、躊躇わず、そっと頬を寄せて来た。まるで慰めるように。

 花帯の君が近づいてきて、何かを飲ませようとした。何だって飲み干そう。すると、す、と痛みが遠のいた。

 殴られ過ぎて片眼はろくに開かない。もう片方の目で見れば、麒麟は汚れることなく清浄なまま、慈悲の眼差しで自分を見つめていた。何となく、水の波動を感知した気がする。と、思うと、麒麟の傍らに顔を出した蛇が水を出現させた。その水で血肉の汚れを洗い流してくれた。それを掌に集めて飲む。美味かった。喉を鳴らして飲む。

 涙が出た。

 嗚咽が混じる。

 生きている。

 ああ、生きている。

「く、串刺しは嫌です。そ、それは嫌だ」

 恐ろしかった。

 そんな死に方はしたくはなかった。同じ死を迎えるのでも、尊厳を持って逝きたい。

「大丈夫。そんなことにはならないですよ。もう大丈夫です」

 花帯の君にそっと抱きしめられる。背中を優しく撫でられる。

 嗚咽をかみ殺しながら泣く声は低い唸り声となった。

 アベラルドほどの高潔で毅然とした者をさえ、暴力は無慈悲に精神をも侵す。

 後に、アベラルドの奮闘のお陰で幾人もの魔族や異能保持者の命が救われたことが知られる。彼は事態終息後、闇の神殿に戻り、異類排除令の犠牲者に弔いの祈りを捧げた。そこへ時折麒麟と仮面をつけた幻獣が遊びに訪れる。一度は、子犬三匹の姿も一緒にあった。



 シアンはアベラルドと彼に付き添う麒麟を魔族たちに任せて、処刑されようとしていた異能保持者たちに薬を処方し傷の手当をする幻獣たちを手伝った。

 大勢が集まる中、今にもこと切れそうなあまりに惨い姿に、幻獣たちは当然のことをするとばかりに振舞った。

 そんな有り様の者を引きずり出されても、誰一人助けようとしないどころか、格好の見世物として待ち望んでいたハルメトヤの観衆との落差は激しい。

 人ではない幻獣たちが、傷ついた人型の者たちを手当てしているのを見て、彼らの苦しむ様を見物し、あまつさえ、その死の瞬間を最高のエンターテイメントとして今か今かと待ちわびていた自分たちを顧みた。

 冷水を浴びせられた。

 我に返ってみれば、大勢の中に流されるまま、何の疑問も抱かなかったことを知る。

 一部は自身を恥じ、一部は自己弁護に走り、一部は記憶を改ざんして自分は残酷だと感じていたと思い込もうとした。

 悪人が苦しむのは当然で、それを眺めて溜飲を下げるのもまた普通のことだとうそぶくものもいた。

 普段他人の事情に容喙しようとしないシアンもまた、これまでの貴光教が行ってきた非道に反発心を抱いていた。それ以上に、ひっ迫した容体の者が多かった。だから、大観衆の前で貴光教が行う式典を邪魔するという認識がないままに手当を行った。

 鸞が打撲や骨折、擦過傷、刺し傷、裂傷、火傷、皮膚疾患などそれぞれに有用な薬を次々に処方していく。

 ユエは軟膏を塗り、骨折した腕に添え木を宛て、包帯を巻いている。

 泣き出した子供はユルクがあやし、それに気を取られているうちに、カランが手当てしていく。

 わんわん三兄弟が水を飲ませようとするのをネーソスが手伝う。

 黒ローブを始めとする貴光教の者たちが幻獣たちの邪魔をしないように一角獣は睨みを利かし、リリピピが牽制するように飛び回る。

 シアンの傍らにはティオが常に付き従い、リムはシアンを手伝った。

 群衆の中からいつの間にか現れた幻獣のしもべ団もまた、シアンや幻獣たちを手伝い人命救助を行った。

「な、な、なんだ、これは。どういった次第だ! 貴様! 人の重要な式典を邪魔するなど、無礼千万だ!」

 我に返ったエルッカが唾を飛ばす。

「そいつらは罪を犯したのだ! 罰を受けるのだ! それを世に知らしめるのだ‼」

 差した指を幾度も突き付けながら顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

「なのに、闖入してきて好き勝手しおってからに!」

 エルッカは以前乗り込んできたのを撃退してやったのに、また来たのか、と鼻で笑う。気丈ではあるものの、声が上ずっている。

 その時、オルヴォがエルッカの侍従を呼び寄せ耳打ちした。侍従は背を押されてエルッカに近づき、うろたえながらそっと声を掛ける。

 耳元で色々言われるのを最初はうるさそうにしていたが、次第ににやにやと粘着質な笑いを浮かべ始めた。

「私の光の魔法の威力を知っているだろう?」

 喚き声から一転、機嫌の良い声音に変じる。

 その力でもって、シアンにイレーヌたちの死を告げた。

「今ここでもう一度見せてやる。悪辣な者どもよ、光の審判を受けよ!」

 元々、エルッカはこの場で大掛かりな魔法を扱う予定でいたのだ。

 光の神の御力を民衆に知らしめることが最大の目的ではあるが、ここでエルッカの存在を示す事にも繋がる重要なものだった。エルッカの提唱した異類排除令は一定の成果を上げたが、まだ、決定打とはなっていない。むしろ、ゼナイドやサルマンといった他国に猛抗議を受けたこともある。アンデッド討伐によって民衆の支持を得たが、まだ足りない。

 そも、拷問しかしていないヨキアムや殆ど何もしていないカヤンデルと同列視されているのがおかしいのだ。

 空回りし、悪い方向へと突き進んでいることに自覚を持たず、エルッカは何としてでも光の大魔法を成功させようと意気込んだ。

 ヨキアムと言えば、出たくもない式典に引っ張り出されて不満だった。威張りたがり注目されたがりのエルッカが張り切っているのも別段見たくない。それよりも、拷問する被検体が大量にあって、まだまだ試してみたい手法があるのに、邪魔をされて苛立った。

 仕方がないから火あぶりや車裂きといった広い場所で行う拷問を堪能しようと思っていた。

 なのに、突然、魔族が大勢現れ、果ては翼の冒険者とやらが空からやって来た。飛翔する幻獣に乗っているとは聞いていたが、当の本人が空を歩いてやって来るなどとは予想だにしなかった。

 広場に降りて来た翼の冒険者は衰弱した者、つまり処刑する者たちを勝手に保護し、治療した。それを広場の民衆から現われ出た幻獣のしもべ団と魔族たちが邪魔させないように黒ローブとの間に入った。

 集まった民衆もまた、翼の冒険者の登場に度肝を抜かれて、彼らが自由にするのが当然という雰囲気が漂った。

 華々しい登場の仕方、慈悲深い行動、まるであちらの方が光の祝福を得た者のようではないか。

 そこまで考えてヨキアムはほくそ笑む。

 エルッカも同じように感じているだろう。自分が光の神に選ばれたいと思っているのに、誰がどう見ても翼の冒険者の方がそれらしい。大々的な宣伝を邪魔されて、エルッカが地団太を踏むところを想像して溜飲を下げた。

 ヨキアムもエルッカも互いに仲が悪かったが、貴光教という宗教の中では光を崇めることにおいて団結していた。

 意地悪いことを考えてみても、所詮は自分たちが光のしもべであり、正当なのだと思っていた。

 ヨキアムはエルッカの練り上げられる魔力に光の波動を感じ取った。粗暴で自己中心的な人間ではあるが、その魔法の素質には驚嘆せずにはいられなかった。

 エルッカがその不動の地位を得ているのは、当代で彼一人が使えるこの魔法によるところが大きい。

 神降ろしだ。

 空から降り注ぐ光がより強まる。そして、一筋の太い光線が一直線に舞台上、ヨキアムの目の前に降りる。

 光輝燦爛の一言に尽きる。

 その神々しい光景に、広場に集まった民衆たちは膝を付き、首を垂れた。

 そして、エルッカには辛い時間の始まりだ。

 人の身でそれほどの高濃度の魔力を放出するのは生半のものではない。無論、誰にでも扱える魔法ではない。この魔法は己が魔力を呼び水にして光の神の降臨を願うのだ。大魔法である。

 エルッカも数度しか成功したことがない。逆に言えば幾度か成功しており、それは稀なことだった。

 体の中から水分が一気に蒸発したり、体温が急上昇したり、逆に急下降する感覚を味わう。自分が立っているのか座っているのか寝ているのか分からなくなる。

 それでも、エルッカは熱心に光の神に呼び掛けた。

 ぜひともこの場にいらしていただき、その威容を知らしめ、光の神の素晴らしさを広めたい。

 一心に願い、一層の魔力を振り絞った。

 と、その炯然けいぜんたる光を横切った者がいた。

『シアーン、あっちのに薬を渡してきたよ!』

 他の人間がすることに興味がないリムが最短距離、つまり舞台の上を突っ切ってシアンの下へと戻って来た。

「ありがとう、リム。ええとね、舞台の上で何かやっているみたいだから、邪魔しないでいようね」

 舞台の向こうで刑を受けた者にも薬を渡してきて貰ったのだ。シアンはシアンで貴光教の儀式を待っていては拷問を受けて弱った者たちに施す処置が遅れると懸念した。だからこそ、衆目が自分に向いている隙にリムに頼んだのだ。

『大丈夫だよ。あのくらいの魔法なら、リムじゃなくてもぼくたちでも何ともないよ』

 リムからしてみれば、木漏れ日の中を横切るのとさほど変わりはない。

 何なら、蹴散らしてこようか、と言わんばかりに一歩足を踏み出すティオにこの時ばかりは幻獣たちの言が他者の耳には拾えないことを感謝した。しかし、幻獣のしもべ団や魔族たちは違った。前者は幻獣たちが意思疎通しており、後者は高い感知能力を持つことから、彼らの会話を聞き取ることができた。

 インカンデラ国王が噴き出し、それをごまかすために咳ばらいをした。貴光教の聖職者がやることを馬鹿にしたのではない。ただ、緊迫する場面でいつも通りの彼らの様子を見て、その落差の激しさがつい笑いを誘ったのだ。

 リベルトもまた初対面の時にリムから身体的特徴を端的に表した呼び名をつけられていた。彼と貴光教との違いはそれを受け入れられるかどうかだ。

 シアンは到着したばかりだが、すぐにお暇した方が良さそうだと考えた。何なら、大掛かりな魔法を使っているうちに、処刑されようとしていた者たちを連れだしたいところだ。勝手なことを許されるはずもなく、自身がアベラルドの罪を肩代わりをしようと言い出した魔族と同じく、何らかの代償を支払わなければならないと律儀に考えていた。

 しかし、シアンはその登場で世界の粋の力を見せつけ、居合わせた人々の心に得心をもたらした。自儘に振る舞っても許される土台が出来上がっていたのだが、当の本人は気づいていない。

 他方、唖然としたのは舞台上のエルッカ他聖職者たちだ。

 これほど高濃度な光の魔力に触れた幻獣は消し炭になるどころか、平然と動き回っている。翼の冒険者も邪魔しないようにと普通にやり取りしている。

 魔法が発動しているということは光属性の者であればすぐに分かる。

 オルヴォは同業者たちの顔に不安が過るのを、笑みを浮かべて眺めていた。



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