102.自由の冒険者
シアンと幻獣たちは強行軍で急いだ。ここでユエが作った魔力蓄石が役に立つ。
そして、間に合った。
今まさに処刑されようとしているところへ、たどり着いたのだ。
周囲では、助けようと駆け付けた魔族と他属性の聖教司たちが姿を現していた。
シアンの感知能力は幻獣のしもべ団たちも衆人の中で機を見計らっているのを拾い上げる。
大きな力を持ったら使ってみたいと思うものだ。けれど、シアンはそれが身に過ぎるものであり、使いこなせないことを理解していた。それを使うのは料理や音楽といった幻獣たちと分かち合い楽しむことにもっぱら使うのみで、殊更他者に力を誇示するために使うことはなかった。
過ぎたる力は身を亡ぼす。
歴史がそれを証明している。
けれど、それを理解しない者は多い。
多くの者が力を誇示することで承認欲求を満たす。シアンはこの世界で音楽を取り戻し、それが楽しいものなのだと教わった。彼が一番求めるものを再度手にし、本来持っていた自身の力、演奏を行い認められることで承認欲求は十全に満たされていた。だから、別の世界、別のことで認められたいと強く思うことはなかった。
多くの者が力を誇示することで我を通し、人を従わせたいと思う。シアンはこの世界で価値観の異なる幻獣たちと交流するに当たり、共存や尊重を伝えて来た。他者に言うのだから、自身もそうすべきだと実践した。
精霊たちの力はあまりに大きく、シアンの手に負えない。だから、苦境にあっても頼ることを躊躇した。それがどうこの世界に影響を与え、それによって起きた事象がどこの誰に波及していくか。人の身でしかないシアンには想像もつかなかったからだ。自分がした行動の責任を取ることはできても、精霊が及ぼす影響について責任を負うことなど、誰が出来ようか。
だから、自分の力で立つことにした。
シアンは人の前に出ることに慣れていた。
異世界で特に人の前に出たいとも思わなかったし、逆にそれを忌避しようともしなかった。
騎乗したままでは礼儀に適っていないかな、とティオの背から降り、自身の足で歩いて行く。
シアンは結局飛行練習を積み重ねて来たものの、ものにすることはできなかった。
だから、中空を歩くことしかできない。流石にもうへっぴり腰ではなく、リムに手を引いて貰う必要もない。シアンは普段通り大地を行くように歩いた。眼下の広場に向けて、階段の段差を踏みしめるように降りて行った。
それが広場から見上げる者たちからすれば、神々しくさえ見えた。
広場に集まった観衆の視線の集中砲火を浴びながら、シアンの心は薙いでいた。
これからすることに注意が行っていた。
高濃度の魔力が集結した。
密度の高い魔力が周囲の風景をとろりと蕩かせる。
その中を陽炎を纏うように一歩、また一歩、中空を歩いて来る者がいた。
空に見えない地面があるような自然体だ。無造作な仕草は空中歩行に慣れ親しんでいる様子だ。
彼が誰なのか、すぐに分かった。
傍らを覇気に満ちたグリフォンが付き従い、肩を白い小さな幻獣が陣取っている。足元には白い狐が控える。
後ろには鋭くも美しい長大な一本の角を持つ白馬と清涼な色味の立派な鶏冠を持つ大きな鳥が、後ろに反った一本の角を持つ清幽とした獣を挟んで続く。
白馬は背に兎と猫を乗せている。
後続に美しく光を弾く蝙蝠の翼を二対持った蛇と、大人の身長ほどの甲羅を持つ巨大な亀がいる。その甲羅の上に子犬が三匹踏ん張っている。
彼らの合間を小鳥が弧を描いて飛びまわっている。
美しく威容を誇る高位幻獣に囲まれたその人は自分の足で一歩いっぽ進んだ。
空をゆるゆると降りてくるその姿は、稀な輝きを纏い、挙措によって清涼な風を起こし、辺りが柔らかな癒しの雰囲気に包まれる。地に足をつけると大地が喜び、水光り、炎が活性化する。世界の力の粋が調和する。
広場に降り立つその人に、舞台前に居並ぶ魔族たちはことごとく膝を付いた。舞台上のアベラルドさえも拘束によって不自由な体を動かし、何とか頭を下げる。
誰かの呟きが静まり返った広場に大きく響く。
「翼の冒険者」
その人は不可視の翼を持つがごとく自由に空を行く。
まさしく自由の冒険者だった。




