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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
527/630

101.混沌の最中へ  ~え、行くの?~

 

 インカンデラ国王の従兄弟は高い魔力による隠ぺいを駆使して単身、易々と貴光教の総本山に乗り込んだ。大々的な公開処刑を行うとあって敷かれた魔力感知の警戒網を掻い潜ったのだから大したものだ。

 整然と整えられた街並みは生活感がなく、どこまでも管理された閉塞感と自由を放棄した依存心があった。整ってさえいれば、それだけで幸せに近づくと考えている。

 自由を享受するには数多ある選択肢から自身が選び、責任を負う必要がある。知恵や思考力を必要とされる。そういった義務を負わず何も考えずに済む代わりに管理と拘束を甘受する。

 それが支配欲に満ちた宗教に飼いならされた民が行きついた先である。

 自分もまた、少し前までは思考の硬直により、偏った考えを持っていた。その考えのまま行動し、多くの者に被害を及ぼすところだった。寸でのところで止めてくれた方々には感謝してもしきれない。

 受けた罰は、自分が被害を及ぼす可能性があった弱い者のために生きよ、というものだった。

 これは非常に辛い罰だった。

 闇の君に全てを捧げて暮らしていたのに、そこから急に切り離されたのだ。

 心もとなく、何をどうすれば良いのか分からない。

 しかし、それで良かったのだ。

 離れて見て、その尊さ愛おしさがより一層身に染みた。また、自身がどれだけそれに依存していたかも実感した。かの君に負担になるなど、もっての外である。

 それを教えてくれた方にはもはや会うことは叶わないだろうから、礼を言う事すらできない。

 気持ちが行き過ぎて変質してしまっていたことに気づき、軌道修正を試みる毎日だ。

 貴光教の偏執さは突き刺さる。自分の過去の過ちを突き付けられている気分になる。

 広場で長々と読み上げられる罪状を耳にしながら、苦い気持ちを噛みしめる。

 彼らからしたら憎い魔族の聖職者など、最たるものなのだろう。

 見世物の目玉とばかりに最後を飾るために晒された友人の姿に、じり、と足が一歩前へ出る。

 舞台の上に引きずり出された魔族特有の褐色の肌、黒い縮れた髪を持つ闇の聖教司に、周囲の者からどよめきが起きる。

 天変地異や凶作などの日ごろの鬱憤をここぞとばかりにぶつけていた者たちも、アベラルドの姿に息を呑んだ。殴られて青あざを作り顔を腫らして唇の端が切れ、耳も大きく裂かれて固まった血をこびりつかせていた。それでもなお、毅然と顔を上げる瞳には理知的で静かな輝きがあった。

 彼が神殿の礼拝堂で祝詞を捧げれば、空気は清々しくも柔らかく変じたのを思い出す。

 ぴんと張りつめた場をもたらす聖職者が多い中、彼の言葉は一つひとつは何てことないことで、でも、聞いているといつの間にか心が軽くなっているのだ。

 闇の君に関することを許されなくなった自分に、友人であるアベラルドが話してくれた。先日は仮面の君が来たと。

「仮面の君?」

「そう。御知友から話を聞かれて、物資を携えて慰問してくださったんだよ」

 子供らと遊ぶ無邪気な様子を聞き、大いに心が慰められた。

 物資配布だけならば、篤志家が慈善を行ったと受け取れなくもない。

 しかし、顔を隠す必要があることと闇の聖教司である友人が敬うことから、それが黒白の獣の君であると知れた。花帯の君ならば、人の姿をしているものの、顔を広く知られているのでもないので隠す必要はない。

 オコジョの姿をした小さな幻獣も顔を隠してもそれと分かる。人里にやって来て普通に過ごすオコジョ型ドラゴンは今のところ一匹しか知られていないからだ。ご自身にはその辺りのことまでは考えが及ばなかったのだろう。そして、友人は顔を隠しさえすれば普通に振る舞えると思っていることに、触れずにそっとしておく優しさの持ち主だった。何より、つけた仮面をとても気に入っているのが、聞いた話からも伺えた。

 その優しさ大らかさは多くの者を癒す。

 彼はこの先もきっと、多くの者から必要とされる。

 魔族は異類排除令で大きな被害をこうむった。

 アベラルドを失えない。

 だから、インカンデラ国王の従兄弟はキヴィハルユにやって来た。

 今にも刑を執行されようとしている広場は熱狂に包まれていた。

 その熱の最中に冷ややかな気配が点在する。

 罠と知りつつも、アベラルドを取り戻すために本国から出向き、紛れ込んでいる者たちがいるのだろう。

 国王の従兄弟は彼らに先んじて隠ぺいを解いた。

 拳を振り上げて唾を飛ばして罪人たちの苦痛と死を望む群衆から前へ出た。

 国王の従兄弟もまた魔族特有の特徴を持つ容姿をしていた。

 舞台で罪状を読み上げていた貴光教の大聖教司はたじろいで一歩下がった。

 舞台上の者たちを見上げながら、インカンデラ国王の従兄弟は静かに声を張る。

「見ての通り、私は魔族だ。そこの者はもう虫の息だ。私と彼を入れ替えて欲しい」

 喧騒の最中に凛とした声は通った。

 突然現れた魔族の言葉に、民衆からざわめきがさざめいた。

「私は彼の友人でね。彼がどんなの罪で裁かれるのか分からないけれど、彼の罪を私が背負って処罰されよう。その代り、罪がなくなった彼を解放してやってほしい」

 シアンがアダレードのトリスで見かけた際、人間ではないと思ったほどの魔力の持ち主だ。魔族の王族の中でも稀有なほどの魔力量を誇った。だからこそ、天狗になった。

 悔い改めた今、単独、丸腰でやって来て静かに声を掛けた。

 褐色の肌、縮れた黒い髪、濃い眉、通った鼻筋に厚い唇の、美しい相貌と毅然とした態度とが相まって、広場は一転、ざわめきさえも収まり、水を打った静けさに包まれる。

 エルッカもまた気圧された。

 数瞬後、自覚し、そうさせられたことに腹を立てた。堂々たる立ち居振る舞いに恐れをなし、怯えた自分を棚に上げて怒ったのだ。いわば、立派な人間に引け目を感じたのを、そんな風に思わせた者が悪いと難癖をつけるようなものだ。

 我に返り、エルッカはこれ幸いとその魔族もとらえて処刑してしまえと喚いた。ショーの余興が増えると内心うそぶく顔は醜悪だった。

 どちらが静謐に近いか、居合わせた者の目には明白だった。

 控えめに、それはおかしいのでは、という声が上がったが黙殺される。

 インカンデラ国王の従兄弟は愚かな手法を取った。

 しかし、それが人の心を動かし、行動させるにまで至ったのだ。小さい声でも、聞こえぬふりをされても、発言があったというのは事実だった。

 インカンデラ国王の従兄弟はアベラルドを取り戻そうという魔族の動きを察知していた。だからこそ、先んじて単身姿を晒し、友人と入れ替わることによって、魔族と貴光教との衝突を避けようと身を挺した。

 他国に武装して入り込み、暴れては戦争の火種になる。むしろ、貴光教はそれを根拠に挙兵させるだろう。

「神よ、このどうしようもない世界をお救い下さい。どうか、憐み下さい。御為に少しでも清浄な世界になるように努めます」

 大聖教司が高らかに宣言する。

 と、人垣が割れる。

 再び群衆はざわつく。

 先だって出て来て死刑囚との入れ替わりを要求した者と同じく魔族の特徴を持つ姿をしている。そんな者が今の今まで、誰に気づかれることなく、群衆の中にいたのだ。

 彼の従兄弟、禿頭のインカンデラ国王は斜に構えた笑いが堂に入った偉丈夫だ。武力も魔力も知性も申し分なく、軍部政務部から信頼厚く、宮廷の貴婦人たちからも評判は上々だ。

 そんな実力も人気もある国王が貴光教総本山に姿を現した。

「嫌な予感がしていたが、やはり貴殿が御自らお出ましか、従兄弟殿」

 巨漢にも関わらず、人の波を縫うと言うよりも、自然と人垣が分かれてできた花道を堂々と歩いて舞台の真正面にまでやって来る。自国の領土を歩く態の平然とした様子に、従兄弟は呆れた。

「当たり前だ。俺が出張って来ないでどうする」

「どうするもこうするも。従兄弟殿の役割は事後処理だ」

 言いつつ、インカンデラ国王に続いて側近たちが次々と群衆から姿を現すのを見やる。一騎当千の者たちだった。

「ふん、そんなもの、政務部が上手くやるさ」

 この従兄弟の性質を知っているからこそ、先んじて事を納めようとしたのだが、中々簡単にも行かない。

「神々よ、ご照覧あれ。このいかんともしがたい世界で、我らは精いっぱい抗ってみせましょう。最後の一瞬まで無駄にはせず生を全うしましょう。それが闇の君の御心に叶うなら。どれほどの苦しみも我らの喜び。我らの誇り。我らと同じ身でありならが、人ならざる者となられた神よ。及ばずながら、我らも努めましょう。愛するだけ愛し、精いっぱいで今生を全うします」

 仁王立ちし、胸を逸らし、両腕を軽く広げ、両掌を開いて指先を軽くまげて大音声で宣言する。

 寄りにも寄って、光の神を信奉する総本山で闇の精霊の御心に適うように生きると闇の神々に宣言した。

 とんでもない胆力である。

 それだけ、自国の民を傷つけられてきたことに腹を立てていたのだ。

 そして、その声はキヴィハルユに急行したシアンの耳にも届いた。

 高めた感知能力が貴光教、魔族、双方の主張を拾い、シアンは愕然とした。

 自分は確かに魔神に、魔族は思い違いをしていることや今後を思うままに生きて欲しいと言った。それがこの局面で魔族を駆り立てることになるとは思わなかったのだ。

『極端な一族ですなあ。振り幅が極限から極限ですか』

 九尾の言に少し冷静さを取り戻しつつ、どうすれば良いかを考えた。

 シアンにはこうやって自分が視野狭窄に陥った際に引き戻してくれる者がいる。

 魔族はその時々で精いっぱいで愛した。

 どの魔族もそうだった。

 そして、貴光教の信者もまた、神をできうるだけで愛した。

 でも、それを他者にまで強いた。神への愛を説くことは良い。けれど、賛同しなければ悪だと決めつけた。違う考えを持つ者を否定した。みなが画一的な思想を持つことは怖い。そう遠くない未来に破滅を迎える可能性が高い。それを理解しない者が多かった。

 一触即発の貴光教、魔族の間に割って入る様にして、大地と水、炎、風の聖教司が現れる。

 各々特性のある衣装を身に着け、堂々と貴光教の前で他神を信じる姿を晒す。

 貴光教側にはその行き過ぎに言及し、かつ、魔族側には気持ちは分かるが全面対決だけはととりなした。

 そこへ、黒ローブたちの包囲が狭まる。

 幻獣のしもべ団たちも群衆に紛れ込んでいるのが分かる。

『阿鼻叫喚の様相を呈してきましたなあ。それともてんやわんやと言うべきか』

 九尾の言う通り、混沌の様相を呈している。

「じゃあ、行こうか」

『そうですね。ここは様子を見て……え、行くんですか? この中に?』

 シアンの気負いない言葉に聞き間違えた九尾が驚いて尋ねる。その穏やかな表情に、そういえば、意外と肝が据わった御仁だったと改めて納得した。



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