100.公開処刑
エルッカは高揚していた。
体の隅々にまで力が横溢するのが分かる。今日この日のために潔斎して力を蓄えて来た。今日は大掛かりな魔法を使い、光の神の御力を広く知らしめるのだ。使用できる者は稀で、これをして、エルッカを大聖教司という最高の位に座し得る。
ハルメトヤの国王を動かして、異類排除令を正当化した。これを足掛かりに、周辺諸国へ徐々に広げていく腹積もりだった。
貴光教を国教とするハルメトヤの国王でさえ渋ることを他国が取り上げることは可能性として低いということや、押し切られたハルメトヤ王が暴走の歯止めとなる手段を密かに講じていたということにも気づかない。
それよりも、大々的に行う公開処刑への期待に胸を膨らませていた。
どんな困難な事象があっても、あの魔法さえ成功させれば、無知蒙昧な者どもを啓蒙し、貴光教の、より正確に言えば使い手であるエルッカの尊さにひれ伏すという見通しがあった。
だから、正面切って異類排除令に異を唱えて放逐した聖教司を戻したいという同輩の大聖教司オルヴォの言をも快く受け入れた。今や聖教司たちの多くが審問官として各地へ散っている中、少しでも頭数を揃えて置くには良いだろう。
魔族が崇拝する闇の宗教者を捕まえることができた。
佞悪どもへの鞠問の最高潮を迎えるイベントだ。衆目を集め、大々的に主催することができる、またとないチャンスである。
やつらの極悪さを衆人に知らしめるのだ。
魔族たちの高い魔力は闇に臣従する代償として得たものだろう。
エルッカの考えは貴光教で広く持たれているものであり、事実の一部分と重なっていた。しかし、歪に捉えたがために、事実と認識とは大きく隔たった。彼らは自分の見たいようにしか見ず、都合の良い様に解釈し、魔族を絶対的な悪とした。
手ごわい敵対者、醜悪で人々に恐怖をもたらす者でなければならなかった。貴光教が活躍し、その清廉さを自他ともに認めさせるには必要なのだった。
つまり、自分たちの正当性、清浄さが敵を欲し、魔族や異能保持者に照準を合わせ、迫害したのだ。
人は時に自身の正当性や承認欲求を満足させるために、生贄を必要とする。
生贄が抵抗したり、自分のしたことが自分へと返ってくることは考えない。
また、時分も悪く、天変地異や凶作によって食糧難が起こり、人心は疲弊していた。不安や不満をぶつける矛先を探していた。
貴光教はこれを煽った。
ある者は意識的に、ある者は意図せずして。
逮捕された魔族や異能保持者と疑われた者は財産を奪われた。この財産は裁判が行われた国と貴光教とで折半したため、他国でも消極的に受け入れる場合もあった。
奪った財産は異類審問官の活動の資金源にもなった。
拷問係は血なまぐさい暴力に麻痺していた。行き過ぎた自白の強要は、暴力を与える側の精神にも支障をきたした。
勢い、彼らを雇う賃金は跳ね上がり、金銭は入る傍から出て行った。
ここで大々的に死の祭典を執り行うことで、貴光教は浄財を募ることを考えた。光の神の御力を誇示し、天変地異や凶作、化け物の跋扈を食い止めることを約束し、その代償として要求する腹積もりだ。
「愚昧なる者どもを刮目させ、清浄な世界を作る礎とならせてやるのだから、喜んで私財を投げ打つだろう」
更には暗部から各地から届く報告だ。
遠く離れたゼナイドやサルマン、近くではアルムフェルトにクリエンサーリといった国の他、あちこちから異類排除令に対する疑問の声が上がっていた。これは発令当初からあったが、今では貴光教への不信の声が出始めていた。組織立って行動する向きが見られ、それによって審問官や護衛官の任務が滞り始めていた。
多くの者が貴光教の振る舞いを身勝手で横暴であるとし、中には光の神の教えを都合よく捻じ曲げているのではないかという者までいた。
全く度し難いものだ。
しかし、その声を発する者が増えれば、何の力も持たない者の言だと捨て置くことはできなくなる。
だからこそ、ここで今一度、貴光教の素晴らしい教義を知らしめておかなければならなかった。
春先から時折行われていた公開処刑を、規模を拡大して執り行う。まさに死の祭典と言うべきものだ。
布告をしていたこともあり、前夜祭には多くの者が詰めかけて楽しんだ。
輝かしい日が昇り、祭り当日を迎える。
ラッパの音が高らかに美しく響き渡る。
旗を掲げた者が先頭に立ち、美しく整ったキヴィハルユの街並みを練り歩く。
死刑囚と既に死刑された者の骨を掘り起こして掲げて続く。
国都の住民たちの目を充分に引き付け、行列について来る者が多くいた。
広場にしつらえられた舞台の前に到着する。神殿前広場では手狭なので、キヴィハルユの中央にある市が立つ広々とした場所に舞台を整えた。
高い壇上には貴光教の錚々たるメンバーが居並ぶ。
大聖教司三人が一堂に会すとあって、貴光教の信者たちは集まらずにはいられなかった。
大聖教司エルッカが進み出て、朗々と罪状を告げる。
罪状の周知により、罪人に石を投げる者がいた。それを止める者はおらず、拘束された罪人は縮こまってやり過ごした。
そして、罪状を読み上げられた罪人の公開処刑が始まる。
縛り首や火あぶり、車裂きといった他者の命が奪われる瞬間、生きた肉が焼かれる姿、肉が裂け、骨が折れ、皮膚を突き破る様を観衆は固唾を呑んで待った。現実世界でも娯楽の少ない時代では刺激的な見世物だった。通常は死が訪れるまで刑を執行するのだが、今日だけは途中で止め、最後の罪人の刑執行と合わせて有終の美を飾ろうとする。
エルッカは長々と続けていた言葉を切り、軽く咳ばらいをして最後の罪人の罪を述べようとした。見せ場に少しばかり緊張を覚える。闇の聖教司はこの死の祭典で目玉である。他の魔族と違い、彼はこの日のために生かされていた。




