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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
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99.新しい世界へ

 

 アベラルドにいつか自分の音楽、みなで一緒にする演奏を聞いてほしいなと麒麟は思ったことがある。ふと思い出した。

 食事が出来るようになったと言い、芋掘りしたのだと話すと楽しそうに聞いてくれた。掘った芋を渡すと嬉しそうに笑った。

 彼を失ってはいけない。

 彼は闇の神殿でも他の聖教司や民たちにあれほど慕われ、頼りにされていた。あの場所でのシアンだった。他の者たちの働きを有機的に結びつける要の役割をしていたのだ。

 何より、麒麟が彼の性質を好んでいた。穏やかで頭が良いのにそれをひけらかすことなく、それでいて、闇の精霊の心を分けたリムを素知らぬ顔で受け入れる豪胆さや彼に仮面の君と言う綽名を与える諧謔かいぎゃくの持ち主でもあった。

 出来れば友になりたい。

 唐突に思った。

『あは。人間では二人目の友人だ』

 その二人目の友人を失う訳にはいかなかった。

 転移陣を踏んで島に戻った麒麟は、突然姿を消しては心配するだろうから、セバスチャンに一言断ってからアベラルドの下へ向かおうと思った。

 闇の神殿の者たちとももしかするとハルメトヤで会うかもしれない。

 アベラルドが捕らわれたと聞いた時、麒麟の精神は一段高みに上がった。清らかで透明、強くしなやかな空気を纏い、友人を助けるべく踏み出した。まさしく、第一の聖獣に相応しい威厳を備えていた。

『お帰りなさいませ、レンツ様』

 転移陣の間を出てすぐの庭に出ると、セバスチャンが佇んでおり、一礼する。

『ただいま、セバスチャン。でも、すぐにまた出かけるんだ』

『どちらへ?』

 セバスチャンは麒麟の気配が変じたことに気づいていた。

 そのため、麒麟が事の次第を語る声を、シアンや他の幻獣たちに届けた。麒麟の噛みしめるように語る話を聞いた者たちは麒麟とセバスチャンがいる庭に集まって来た。

『先日、貴光教が布告した公開処刑、ですか』

 難し気な表情を浮かべて九尾が両前足を組む。

『我も行く!』

 一角獣が地面を蹄で掻きながら言う。けれど、麒麟は断る。

『君はシアンの一番槍なのだから、シアンの傍にいなくては。いつ、シアンが出掛けることがあるか分からないもの』

 静かな覚悟が籠った瞳をしていた。鸞も止められなかった。

 みな、麒麟の纏う雰囲気が変容しているのに気づいていた。まさしく、闇の属性に相応しく慈悲と冷厳とを兼ね備えており、侵すことができない威容を漂わせている。

 しかし、シアンは気負わず、麒麟の首筋を撫でて微笑んだ。

「そうだね。僕もキヴィハルユへ行くよ。それなら、ベヘルツトも一緒に行けるしね」

『そんな。付いてきてくれなくても良いんだよ。我は独りで行ける』

「ううん、僕がそうしたいんだ」

 シアンもまた決めたのだ。

『良いんですか? 今までも貴光教は公開処刑をしていましたが、今回のは大々的なものです』

 九尾が気づかわしげに言う。シアンは彼の心遣いに感謝した。九尾はいつだってこうやって細やかな対処をしてくれる。

 シアンは九尾があえて言わなかったことを口にする。

「うん。きっとその闇の聖教司様の仲間を、魔族たちをおびき寄せる罠だろうね」

 でも、だからこそ、行くのだ。



 島の幻獣たちは高位知能を持つ。

 それぞれが積み上げて来た経験を持つだろうから、シアンは自分の考えを述べた後は受け取り側に任せていた。

 けれど、リムだけは卵から孵り、この世界に生を受けてからずっと共にいた。親から引き離された現場を目にしている。リム程の高位幻獣であれば、自分で取捨選択して生きていけるとは聞いてもいる。

 ただ、どうしても小さい姿や物言いから可愛らしいという意識がなくならず、勢い、リムに教えることが多くなる。リムがシアンと話すことを好んだこともある。

 つまり、幻獣たちの中でも最もシアンの価値観を伝えられた存在がリムである。

 その次がティオである。

 ティオはすでに彼なりの価値観を形成しているが、力ある高位幻獣だけに人とのそれと乖離が大きかったため、こうしてほしいということは事あるごとに伝えて来た。

 シアンはこれまで他者の事情に積極的に容喙することはなかった。

 当事者でなければ分からないことがある。ティオやリムにもそう話してきた。

 ゼナイドで見かけた巨大ムカデと巨大ネズミのこともそのように諭した。

 レフ村で出会ったアビトワ家のタマラに懇願されてもお家事情に関与することを避けた。

 アビトワ家の末路を知り、後味の悪い気持ちを抱えたことから魔族の問題に口を出してしまい、後でそれで良かったのかと幾度も思い返した。その時は闇の精霊への思いのずれ、拗れた関係を元の位置に戻したいと強く思った。果たしてそれは出過ぎた行動ではなかったかと顧みた。

 シアンはこの世界で多くの幻獣たちや精霊たちに出会い、音楽を取り戻し、様々なものを得た。ゲームの目的が異世界旅行を楽しむことだったので、力や金銭を得たのは副産物である。気の置けない者たちと料理や音楽、美しい景色を楽しむために役立ってくれている。

 その副産物でもって困窮している人を助けた。明確に助けようと思ったのではなく、得ようと意識しないで手にした力や金銭なので、必要なところに還元しようと思ったに過ぎない。

 ゼナイドでソラニン中毒により死んでしまった子供を見た。

 南の大陸で多くの者たちが病で倒れたのを見た。

 現実世界でも困窮や飢えは付きまとう。けれど、シアンはこの世界で自分の目で見たのだ。異世界旅行をする最中に目の当たりにした。

 期せずして、また、労せずして手にしたものだから、簡単に手放せてしまえたのかもしれない。それでも、それらで助かる者がいるなら、と思ったことは事実だ。幻獣たちは物資を整えるのを、料理を手伝うのと同じような感覚で行った。そこには楽しみがあった。

 けれど、島の外には理不尽で圧倒的な暴力、異能保持者や魔族への拷問が渦巻いていた。シアンは自分で何かできないかと動いた。幻獣たちや幻獣のしもべ団の尽力、各地の人々の抵抗、大陸西は大きなうねりの最中にあった。

 ニーナの裏切り、イレーヌ親子がすでに死んでいたこと、幻獣のしもべ団の死傷者、魔族の種族病、ディーノの罹患。南の大陸で積み上げられた死体が魔族と重なり、その中にディーノが加わることになったらと思考が悪い方へ向いた途端、居ても立ってもいられなくなった。

 すでに死んでいた人と死んでしまった人。これから死へと引きずられようとしている人。自分と同じような思いをしている者たちが、この世界の大陸西と称される場所に数多いる。


   この世界を君たちと分かち合えたから


 シアンはこの世界で多くの者たちに助けて貰って来た。

 今こそ、それを少しなりとも返そうと思う。して貰いっぱなしでは据わりが悪い。

 親しくする闇の聖教司が貴光教に捕まり、公開処刑されるというのを知り、麒麟は駆け付けようとした。

 貴光教と相反する聖職者を見せしめにするまたとない機会であり、更には大々的に報じることによって仲間である魔族をおびき寄せ一網打尽にする罠だろう。

 力を徐々に失っても他者の命を奪うことを忌避した麒麟が、自ら望んで血の海を作る貴光教へと赴くという。シアンは自分も行くと決めた。

 敵地に乗り込むのに、ふとシアンの唇には笑みが登る。

 いつだって幻獣たちはシアンの背中を押してくれ、勇気をくれる。


   行こう


 九尾はまさか、シアンが行くと言うとは思わなかった。慎重で、力を持つことに臆病なほどで、それ以上に力を持つ幻獣たちが自分のせいで傷つくのを恐れている風だった。

 けれど、胆力がある御仁だったなと思う。

 でなければ、前後左右何もない空を、ものすごい高度をすさまじいスピードで飛翔するグリフォンに乗って旅するなど、できようはずもない。

 シアンが行くなら、と幻獣たちも同行を申し出た。

 ユエもついて行くといった。

 自分は力はない。しかし、ならばこそ、自分がついて行くことでシアンが無茶する確率が下がるのではないか。シアンは慎重だが、一角獣が囚われていた際、怒りに我を忘れて腕が千切れたと聞いた。普段から幻獣を巻き込まないように考えている節がある。自分のような力のない幻獣が傍にいたら無茶はしないだろう。

 そう言うユエに他の幻獣が深く頷いた。

 道具を持って行って現地直接見て回り、即席で必要な物を作ってくるつもりだ。飢えても道具作りだけはやめられなかった。

 それが他者の役に立つなど、これほど幸せなことはない。

 ならば、と鸞も薬を調合する器材を持って行くと言った。

 数多ある書を読み、薬を作って来た。天帝宮を出て、現実世界を目の当たりにしながらそれまで培った知識によって作った薬が知り合った者たちを助けた。そして、万物を知る存在から様々な知識を得た。薬作りはいよいよすごみを帯び、更に見ず知らずの多くの者たちを救った。薬だけでなく、ユエの道具作りに新たな物を加えたり、様々なことに役立たせてきた。そうして得た物でシアンや幻獣たちと楽しんだ。

 これほどの僥倖があるだろうか。


   心躍らせて


『じゃあ、みんなで行く?』

『そうしよう』

『いつもの遠出じゃないのにゃよ』

『大丈夫。みんなは我が守る』

『過剰戦力です。心配いりませんよ』

 何とも呑気なものだ。

 一角獣は幻獣たちが話す貴光教の行いについて不思議に思っていた。

 エディスでの活き活きとした暮らしぶり、それを願い尽力した王女、実にシンプルで、為政者と民というものはそういうものだと思っていた。中には自分が富を独占したいという者もいる。ところが、貴光教は何をしたいのか良く分からない。

 カランは流行り病に苦しみ、凶作に飢える者を思い、自分の無力さを噛みしめながら、それでもできることをしようと思った。カランの怪我を泣きながら心配してくれたり、争うようにして前足を握りたがった子供たちが健やかに暮らすことを望んだ。

 わんわん三兄弟は親しくしていた双子の片割れの死や、死してなおこの世に留まり続ける者たちを思った。以前の自身ならば彼らの憂いを払ってやれたが、今は違う方法で彼らに充足感を与えることが出来る。それはシアンや幻獣たちが教えてくれたのだ。

 ユルクとネーソスは逃げ延びた荒地で生活する異能保持者たちに貴光教の手が伸びるのを密かに危惧していた。大きい本来の姿になっても、ちょっとばかり怯えられてもそれ以上に感謝の気持ちを貰ってきた。ユルクの粗相を笑い飛ばしてくれた子供たちがこの先どんな風に成長するのか、二頭はよく話し合った。

 リリピピは人形岬の出来事を聞いて憤った。風の君に音楽を届ける際に見て来た、日々を積み重ねるようにして同じことを繰り返す、厳しくも美しい人の営みが破壊されたことに烈火のごとく怒った。


   眩しい途へ


 それぞれがそれぞれの胸に去来するものに感じ入った。自分がかつて経験したことからであったり、優しさであったり、大切な者の立場を置き換えての想像であった。彼らは魔獣の雛を保護して育てたことがある。雛は元気に巣立っていった。でも、人間の小さな子供たちは親を不当に失って、生きて行けるのだろうか?

 幻獣たちの中でももはや元いた場所に戻ることができない者もいる。でも、それ以上に心やすい居場所を得た。

 力を持つ者が持たない者の心情を思いやる。持つ者が持たざる者を思いやる。

 それはできる者ができることをして、互いの力や能力を認め合い、尊重してきたからこそ持ち得た考えだった。


   初めての視点へ


 ティオはシアンやリム、大地の精霊以外は特にどうなろうと良いと思っていた。けれど、麒麟の気持ちは分かる。想像してみて、その心情を慮る。そんなことはティオという名前を貰う前に、認識したことがなかった。

 リムも麒麟も自分が悲しくて泣いたことがあった。

 幻獣たちは今、他者の深い悲しみや苦しみを思いやって行動しようとしていた。

 種の線引きを軽やかに超え、共存を願った。

 それを教えてくれたのはシアンだ。

 幻獣たちの一番はシアンの心身の安全である。いつだってシアンは美しいものや楽しいものを教えてくれる。普段普通に目にしていたものが美しく楽しいのだと教えてくれる。

 そうやって、シアンと幻獣たちは先に進む。

 見たことのない世界へ。

「さあ、行こうか」

『『『『『『『『『『『『『『うん(はい)!』』』』』』』』』』』』』』


   新しい、世界へ





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