98.友の連行、処刑
魔族種族病の特効薬づくりが一段落した後、麒麟は闇の神殿へ行こうと思いついた。最近、訪問していないので、物資を届けがてら様子を見るつもりだ。必要とあらば特効薬を取りに戻らなければならない。
カランを見倣って自分も物資配布をしようかなと考えつつ転移陣を踏む。
魔法陣を踏んで到着する闇の神殿と村々へ赴くのとでは大きく異なるので、勇気が必要だ。それに、カランは幻獣のしもべ団たちにも随分気を使わせてしまったと言っていた。九尾はそれでも、価値がある訪問だっただと言っていた。麒麟の意志を伝えて、もし手を貸して貰えるなら、どういう風にすると良いのかをみなで考えれば良かろう。
そんなことを考えていた麒麟は転移の光のカーテンが消え去り、静謐な部屋に人がいないことに驚いた。転移陣の間には常に二人以上の人員配置をするのがどこでも通常化している。神殿内部からいつになく騒がしい気配が伝わって来るので来客かと隠ぺいを掛け、そっと目当ての人を探した。忙しいのであれば、物資だけ渡してすぐに戻ろうと思った。
しかし、アベラルドを見出すことは出来なかった。
麒麟は転移陣を踏み、その姿を現せば、万事わきまえた聖教司たちは挨拶をするだけでアベラルドの下へ案内してくれる。その聖教司たちの姿が見えず、おろおろしつつ天井が高い神殿内をうろつきまわった。
おかしい。
感知能力を高めてみても、アベラルドの気配を拾うことが出来ない。
そして、いつも心地よく穏やかに落ち着いた空気を持つ神殿内で忙しなく動き回り潮騒のように囁き合う様子が伝わって来る。
近隣の村々の子供らが遊びに来ることがあったが、そんな温かく仄甘い騒がしさではない。
胸騒ぎがして麒麟は中空を蹄で掻いた。
意を決して、感知能力を変化させる。
いけないことだと分かっていたが、そこここで交わし合うささやきの内容を拾うことにした。
「まさか……そんな……様が……」
「村の者が……見ていたのです……」
「そして、……貴光教の布告……」
「ああ、アベラルド様!」
麒麟は居ても立っても居られず、隠ぺいを解いてアベラルドの名を呼びながら嘆息する者の方へと急いだ。
「え、き、麒麟様!」
「お、お出でだったのですか!」
「誰か、水を!」
麒麟の姿を見て驚き慌てて接待しようとする。
『ううん、水は良いよ。それより、アベラルドは?』
麒麟は居並ぶ者たちが息を呑み顔色を変えるのに嫌な予感がいや増し、蹄を動かしそうになるのを止める。
「せ、聖教司様は……」
「今はちょっと」
「アベラルドはどこにいるの?」
歯切れ悪く言葉を濁す者たちに重ねて問う。同時に、聞きたくないという気持ちが溢れてくる。
「アベラルド様は異類審問官に連れて行かれました」
廊下の向こうからもう一人の聖教司がやってくる。他の者たちが勢いよく振り向く。明確な言葉にせず、婉曲な言い回しをして障りに触れないようにすることで事実と認めない神殿の者たちを、迂遠だとばかりに直截な物言いをする。
『っ‼』
その内容は雷となり麒麟を打った。
「そして、貴光教の布告がありました」
「聖教司様!」
「麒麟様のお耳には!」
「麒麟様もまた翼の冒険者。ここで聞かずとも余所で聞かれるのであれば同じ」
止めようとする者たちに静かに、だが、力強く言い聞かせる。穏やかで柔らかく見えて、しなやかに勁いアベラルドとは異なる堅固な者だと麒麟は思った。
『うん。我は聞きたい。貴光教は何て言ったの?』
「はい。近く、総本山にて魔族と異能保持者の公開処刑を行うとか」
麒麟は知らず呼吸を止め、続く言葉を待つ。
「アベラルド様は恐らくその時に他の者たちと共に処刑されるものと思われます」
『……そう。そうなんだ。教えてくれてありがとう』
麒麟があっさり頷いたことに、労しげな表情を浮かべてはれ物に触るかのように遠巻きにする者たちは拍子抜けした。
「いえ」
『アベラルドの他には魔族は誰か連れて行かれたの?』
「いいえ、あの方の隠ぺいは完璧でした。他者を隠し通し、そうするために自身に注意を引きつけたのです」
それも、異類審問官に逮捕されそうになった村人を庇ってのことだったからそうする他なかったのであって、そうでなければ、やり過ごすことは出来たはずだと聖教司は悔しそうに言う。
『我はもう行かなくては。今日はこれをアベラルドに届けに来たんだ。代わりに受け取ってくれる?』
マジックバッグから物資を取り出して鼻先で押しやる。
「ありがとうございます。助かります」
聖教司は指示を出して必要な場所へ届けるように手配する。
ぎこちないながらも動き出す者たちを見届け、転移陣へと向かう麒麟を、聖教司が呼び止める。
「麒麟様!」
振り向けば、珍しく慌てた様子がある。
「アベラルド様は我らが必ず取り戻します」
だから、貴方は心配せずただ穏やかに待っていてほしい。
言外の言葉を麒麟は読み取った。
『うん、頑張って。でも、無茶はしないでね』
でも、汲み取るつもりはない。
麒麟は麒麟でしたいようにするつもりだ。
一地方ではギロチンは広場で行う、いわゆる見世物の処刑だった。
これに目をつけた貴光教は異類の怖さ、得体の知れなさ、人間との相容れなさ、悪辣さを喧伝するために公開処刑に踏み切った。
衆人の前で罪状を読み上げ、縛り首や車裂きといった処刑が執り行った。
流行り病、凶作、天変地異、化け物の跋扈により、人々はあまりに死に慣れてしまった。そして、自分たちが苦労することの原因を見つけ、それが痛めつけられるのを見て溜飲を下げた。もはやそれは一種のエンターテイメントと化した。
一方で異類審問官の猜疑はいや増すばかりで、捕えた異類たちは何か企んでおり、その悪事の企みを暴くことに使命感を燃やしていた。
「ふうむ。そうか。それはきっと、何らかの呪いだ」
「呪い、でございますか?」
最近、魔族の中ではやり出した仕草を報告した侍従はゴスタが腕組みしながら唸るのに、鸚鵡返しで問う。
「そうだ。恐らく、いや、確実に呪いの儀式を簡略化した動作なんだろう。いや、良いことを報告してくれた。これは一大事だ。すぐに取り掛からねばなるまい」
「ええと、は、はい」
侍従は魔族に関して常に報告を求められていた。そのため、ちょっとしたことでも良いからと捻り出したことにゴスタが意外な反応を返し、目を白黒させた。
「そうだ。これは呪いだ。きっと邪悪な呪法に違いない。何しろ、魔族のすることだ」
ゴスタの言にぎょっとする。どんどん話が大きくなっていくものの、侍従は口を挟むことが出来なかった。彼、いや、彼ら貴光教は結果ありきで突き進んでいるような気がする。もはや事実を正確に判断する能力を失っている。どんなことでも悪い方へ捉えた。
「それこそ動物と姦淫するおぞましい行為だ」
侍従が報告した、最近魔族ではやっている仕草とは、唇に押し当てた人差し指の指先を動物の鼻や額にちょんと付けるものだった。なんて事のない親愛の仕草だ。
そこからどうやったら動物との姦淫に結びつくのか、きっとゴスタにはゴスタなりの思考回路があるのだろう。
侍従は無言で頭を下げながらそう思った。
魔族の間でその仕草が爆発的に広まったのは、彼らが好む翼の冒険者が幻獣の鼻を突いていたのを見たからだ。その楽し気な光景を自然と真似るようになった。自分の唇に押さえつけた人差し指で動物の鼻や額をつつくというように変じた。
ゴスタはそれを動物に接吻する変な習慣だと思い込んだ。彼らはなんとかして魔族の異様さを他者に伝えて警告しなければならないという使命に駆られていた。見目良いものが格好良い、もしくは可愛いしぐさをして様になっていることへの嫉妬も手伝った。
それでも、彼らは自分たちが正当であると思っていた。




