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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
523/630

97.特効薬   ~美味しい方が良いよね/シビアな兎~

 

 シアンは薬作成を手伝う傍ら、セバスチャンを通してインカンデラに特効薬の目途が立った旨を伝えて貰った。

「被験者?」

『はい。シアン様たちのご厚情に深く感謝し、罹病者の中で薬の調整に協力したいという者が多数いるようです』

 名乗りを挙げた被験者の中にはディーノもいるらしい。

 死亡者も多く出ている中、彼は踏み堪えている。

『こちらは完全にシアンちゃんの加護の余波でしょうなあ。幻獣たちがこぞって見舞いに行くくらいですし』

 フラッシュも光や闇の属性の魔法が扱えるようになったくらいだ。シアンに尽くし感謝されることの多いディーノだからこそ、生き永らえているのだろう。

 作った薬を見舞いがてら届けに行くのに、鸞もついてきた。他の薬も用意して、魔粋石による特効薬の副作用に備える。

「いやあ、光栄ですね。魔族の種族病の特効薬を真っ先に試して頂けるなんて」

 九尾の言うことが的を射ているのか、病床のディーノは顔色は悪いものの、冗談口を言えはした。

『まず最初に断っておかねばならぬ。拒絶反応や副作用があるかもしれないのだ』

「もとより、覚悟の上です。貴方たちがいずれ作り上げるだろう特効薬の礎になることが出来るのですから、こんなに嬉しいことはない」

「本当にできたばかりで、しかも、処方量を誤れば毒となる薬なのです」

「ああ、それでシェンシが同行してくれたのですね」

 鸞は病床の傍らに器材道具を並べ、最後に魔粋石を粉末状にしたものを取り出した。

 一度少量の魔粋石を体内に取り込むことで馴染ませ、また、様子を見る。

 ディーノの後頭部に手を当てて少し上体を起こしてやる。薄い紙の半ばを折り、そこから粉末を口の中に落とし込み、水飲みから水を飲ませる。リムがそれを手伝った。

 自分で飲むというディーノを無視してシアンは投薬した。九尾がにやにやしながら一連の出来事を眺めていた。

『幻獣たちが作った薬をシアンちゃんとリムに飲まされるなんて、魔族にとっては究極の栄光でしょうなあ』

「ああ、あの方々に恨まれる」

 九尾の言にディーノが顔をしかめる。

『ディーノ、誰かに怒られちゃうの?』

『きっと魔神たちだね』

 小首を傾げるリムに、ディーノが何か言う前に九尾が答える。

『大丈夫だよ。だって、魔神たちは深遠のことが大好きだもの!』

『リム、それは周知のことだけれど、それがディーノのこととどう繋がるの?』

 事も無げに言うリムに今度は九尾が首をひねる。

『だってね、魔族は深遠の友だちの力で生き延びたでしょう? 深遠もそれに力を貸したもの。その魔族を助けるのは魔神たちも良いことだって思うよ』

「そうだね。ディーノさん、魔族だものね」

『リムはだから魔族を助けようと思ったの?』

『うーん、それもあるけれど、だってね、魔族のみんなはね、深遠の友だちから貰った命で精いっぱいに生きようとしているでしょう? 深遠はそれが嬉しいかもしれない』

 ティオの問いにリムは自身の気持ちを言葉にしようと頑張った。

『逆に、それがめちゃくちゃにされたら、悲しいかもしれない。それにね、ぼく、ディーノやジャンやアベラルドにとっても良くして貰っているもの! みんなが死んじゃったら、嫌だもの!』

 きゅっとへの字口が急角度になる。

「うん。……うん、僕もそう思うよ」

 頷いてみたものの、思ったより湿り気を帯び、息を整えて言い直す。

「俺たちは死にません。貴方がたがこうして薬まで作ってくれたのだから」

 これほどまでに思ってくれるのだから。

 ディーノは病床で穏やかに微笑んだ。

 九尾が以前、島にたどり着く前の苛酷な生活の影響で自身は短命だろうと言うカランに、長生きすると否定したことがある。その際、カランが死ねばシアンが悲しむからで、それは周囲の望むところではないからだと教えた。

『俺、死ぬ気で生きるわ。死んでも生きるわ』

 カランはそう言ったものだが、ディーノとしても同じ心境である。

 心から敬愛する存在が自分たちに生きろというのだ。

 その闇の君が心を預けたシアンは魔族たちに幸せになるために生きてほしいと願った。

 だから、自分たちは何としてでも生き延びて、生を全うするのだ。死ぬ最期の瞬間に、闇の君に貰った生を精いっぱい幸せに過ごしたと胸を張るのだ。

 想像するだけで多幸感を得られる死に際だ。

『ふむ、ほどよく馴染むようだな』

 シアンたちが会話している間も鸞はディーノの体内の魔力を感知していた。

「本当だ。循環しているね。……英知、どう?」

 鸞の言葉に自身も感知能力を用い、念のために風の精霊に尋ねる。

『ああ。他の体の作用を阻害していないな。もう少し量が多くても大丈夫だろう』

 風の精霊の保証を得て、シアンたちは少しずつディーノに薬を服用させた。

 リムでは恐縮するだろうと九尾が唇の端を布で押さえて拭いてやったり、中々に甲斐甲斐しい。

『よし。ころ合いかな。では、これを握って魔力を籠めてみてくれぬか。魔力を移し替えるつもりでな』

「これは?」

 様子を見ながら一つ頷いた鸞が石を取り出した。一見、普通の黒っぽい石だ。

「魔力蓄石?」

『そうなの! ユエが作ったやつ!』

『これに過剰な体内反応をもたらす魔力を吸収させるのだ』

『魔力は溜めて置いて必要に応じて石から取り出すことが出来ます。魔族を長年苦しめていた力を再利用して使えます』

「な、そ、そんなことが……!」

 口々に幻獣がする説明にディーノは絶句した。

 長い間、種族を苦しめ、時に人口をごっそり減らした病、その原因ともなる魔力は魔族が古に神から賜ったものである。そこにまつわる宗教観と相まって、ある種当然の罰のようにして受け入れられてきた。

 その罪の意識から解放されただけでなく、病の苦しみの楔も取り払ってくれると言う。それを逆に力にしてくれるというのが彼ららしいではないか。

 ディーノはこらえきれずに目元を片手で覆って俯いた。

『驚いたの?』

『きっと嬉しいんだよ』

『長年悩まされてきた病から逃れ得ることができたのだ』

『そっとしておいてあげましょうよ』

 すぐ傍で幻獣たちがのんきに会話するのに、ふと腹の底からおかしさがこみ上げてくる。それは喜びだった。とても温かいものだ。

 魔獣から得られる魔石は魔力の動力源となる。それを作り出したのだ。魔力蓄石は最高品質の魔石と同等の価値がある。ドラゴンを倒さずとも同じ役割を果たす石を手に入れたようなものだ。

 しかも、この魔力蓄石は魔粋石で作成している。

『魔晶石で作った魔力蓄石よりも取り扱いが難しいの』

『使い分けが必要にゃね』

 ユエとカランは一度少量の魔粋石を体内に取り込むことで馴染ませ、魔粋石で作成した魔力蓄石に移すことに成功していた。この方法を取れば、体への負担を大幅に軽減することができた。

『ふむ。猶予があるならば、体内に馴染ませるのに半日か、できれば一日は見た方が良いな』

『ディーノはシアンちゃん保護枠でしょうからなあ』

「な、何ですか、それ⁈」

 神々から大人げなく嫉妬される未来が予想されてディーノが悲鳴染みた声を上げる。

『ディーノは狐の揶揄いは気にせず、良くなることだけに専念すれば良い』

 ティオは言いながら九尾に視線をやる。途端に、忍び笑っていた九尾は口を噤んだ。

「ティオの言う通りですよ。他のことは考えずに、体のことだけを考えて下さいね」

『ディーノ、トマトとリンゴを持って来たから、食べて早く良くなってね!』

『そうそう。早く良くなって、頑張った幻獣たちにまた美味しいものを持って来て。芋栗なんきんはいつでも大歓迎だよ』

「もちろんです。……ああ、待ち遠しい」

 九尾のちゃっかりした言葉に力強く答えたディーノはふと呟いた。

 それは死と懸命に戦っていた中で示された希望をようやく実感できた瞬間だった。

 いつも通りに品を携えて島へ向けて転移陣を踏むのだ。ディーノが携えて来た品々を、幻獣たちが興味深そうに首を傾げて覗き込んだり、笑顔になったり、美味しそうに食べたり、使っているところを見るのが殊の外好きだった。またそういうことができるようになるなんて。これほど幸せなことがあるだろうか。



 ディーノを始めとする被験者は回復し、一斉に魔族へ特効薬が支給された。

 詳細な取り扱いが添えられ、副作用が出る者は少なかった。

 島からは薬の他、トマトやリンゴ、芋栗なんきん、ジャガイモ、モモといった様々な食材が届いた。

 この魔族の種族病治癒によって魔力蓄石に収められた魔力は、ランプといった魔道具や衛生施設といった都市運営の動力源となった。

 魔族からは国王を代表して深謝とともに礼をしたいと言われたが、元々は魔神から貰った島なので、魔族へ無償提供を押し通した。

 色んなものの力を借り、融合させてやり遂げたのだ。

 みなのお陰だとシアンは言う。自分は沢山の力のうちの一部だけだと。

 しかし、幻獣たちは思う。契機はシアンなのだと。そして、シアンがいなければ、それほど多くの力は集まってこなかっただろうとも知っていた。

 わんわん三兄弟たちは事の次第を知り、喜び勇んで洞窟へ向かった。

 そこで彼らが一心に奏でた音楽が呼び寄せた奇蹟の出来事を話してやった。

 アンデッドの数体は自分たちの音楽が石を変化させ、そのことによって魔族が救われると知って、黄泉路を辿った。自分たちの行いが他者を救うことになったという充実感と喜びに包まれて、執着が消え去ったのだ。

 自身の気持ちの落ち着き先を得て納得して消えていくアンデッドたちを、わんわん三兄弟は揃って見送った。



 さて、魔粋石は少量とはいえ、一度体内に摂取しなければならない。

 ここにも意外な落とし穴があった。

 不味いのだ。

『そんなもの、生きるか死ぬかの瀬戸際なのだから、水で流し込めば良いの』

 意外とシビアな発言はユエのものだ。

 魔族もまた、ユエと同意見であるらしく、粉末状の魔粋石を飲み下した。

『そうは言うものの、子供には辛かろう』

 鸞は魔粋石を砕き、粉末状にしたものを、さらに水に混ぜて液体にすることで服用しやすいようにした。また、小児用に甘く味付けするのに果汁に混ぜたりした。何より、水の精霊のお陰で幻獣たちが扱う水は非常に美味しい。

 鸞は色んな果汁で味付けし、どれが飲みやすいか、幻獣たちで試飲して意見を出し合った。なお、幻獣たちは強靭な肉体と耐性を持つ。先天的にそうではない者も、島で暮らすうちに頑強になり、薬に負けない肉体を持つに至った。

『モモが一番美味しい!』

『でも、リンゴは外せないにゃよ』

『リンゴとトマトは魔族の国民食らしいですからなあ』

『シェンシ、リンゴ味を美味しくして』

『無茶を言うな!』

 なぜかリンゴとの相性が悪いらしい。

「蜂蜜を入れたらどうかな?」

『えー!』

 しかし、これが図に当たった。

『美味しい!』

『蜂蜜を集めよう』

『界にお願いしよう』

『さすがの界も昆虫の統制はできないのでは?』

『ううん、蜂が好きな花をいっぱい咲かせて貰うんだ』

『『『なるほど!』』』

 シアンと幻獣たちが満を持して提供したはちみつリンゴ味とモモ味の薬はまずは子供たちに配られ、大人を羨ましがらせたそうだ。



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