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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
522/630

96.奇蹟

 

 島ではユエが鸞から魔粋石を、ユルクとネーソスから金属板を受け取って同族たちと研究にいそしんでいた。

『これが魔力循環を促すのか』

『こんなの、どうやって加工するってんだ?』

『無理無理無理~!』

『とにかく、魔粋石が足りない』

『全然足りないよ』

『この板っぽいのをとりあえず溶かしてみる?』

『駄目だよ、それはシアンから借りている物だから』

『あ、それは駄目』

『島主様のものは勝手に変容させては駄目』

『セバスチャンに怒られる』

『刻まれる』

『摺り潰される』

『凍りつかされる』

『絶対に駄目!』

『じゃあ、どうする?』

『『『うーん』』』

 島に戻ったシアンはこの世界に長居したことからすぐにログアウトした。

 鸞や九尾から首尾を聞いた居残り組の幻獣たちはユエの工房へと集まった。

 ユエの同族たちは素材の少なさから研究が進まないと嘆いている。

 そこへ、ティオが進み出る。

『大地の精霊に聞いてみよう。駄目だったら、魔粋石になるまで大地に魔力を通してみる』

 事実とティオの認識とずれがある。

 大地の精霊ができなければ誰にもできない。そして、ティオやシアンが望めば大抵のことは大地の精霊は受け入れる。

『ティオぽんすれば大丈夫そう』

 九尾が首を竦める。シアン一行に随行し、ティオの規格外の事象を数多見て来た。

『雄大の君!』

 ティオの声に応えて大地の精霊が顕現する。

 石床から仄かに水色に光る石柱が一つ大きく突き出し、その足下に小さく短い尖った頭を幾つも覗かせる。硬質で冷ややかかつ美しい石柱は音もなく砕け淡い水色の鱗粉を発する。それがふ、と音もなくかき消えた後、大地の精霊が顕現した。

 ティオは喉を鳴らして近寄る。その後頭部や首筋、背中を大地の精霊が撫でる。ティオがこれほど体に気易く触れさせるのは大地の精霊の他はシアンやリムだけだ。島の幻獣たちやセバスチャン、カラムなどにされても何とも思わないが、彼らが遠慮する。時折触れることはあるが、大地の精霊のように無遠慮にわしわし撫でたりはしない。

『雄大の君、教えてほしいことがあるんだ』

『ほう、珍しいな。わしに分かることならば答えよう』

『魔粋石が必要なんだ。とても大量に』

 ティオが示して見せる石に大地の精霊が視線をやる。

 幻獣たちは固唾を呑んでその言葉を待った。手に入るかどうかで、魔族の命運が決まる。もし、採鉱しづらい場所にあっても、何としてでも得ようと考えた。

『魔粋石か。これならばこの島の洞窟にある』

『『『『『『え?』』』』』』



 シアンがログインして部屋の扉を開けると、珍しく、幻獣たちが勢ぞろいしていた。

『シアン!』

「おはよう、みんな」

『『『『『『おはよう』』』』』』

「どうしたの、集まって」

『魔粋石が見つかったの! とってもいっぱいあるんだよ!』

 満面の笑みを浮かべて飛びついてきたリムが言う言葉にシアンは目を丸くした。

『雄大の君に教えて貰ったんだ』

『何なら、ティオさんが魔晶石にティオぽんし続ければ魔粋石になったかもしれませんがね』

 九尾の言に、さもありなんと妙に納得してしまう。

「それで、どこにあったの?」

『島の洞窟なの!』

「え、この島にあったの?」

『驚くにゃよね』

『我もアンデッドが住み着いた後も見回りしていたのに、気づかなかった』

『我らも幾度もアンデッドの様子を見に行っていたにも関わらず』

『音楽をするのに夢中でした』

『むしろ、自分たちが上手くなるのに必死でした』

『吾は最近、忙しさにかまけて洞窟に行っていなかったのだ』

『シェンシはもう少し研究室の外に出た方が良いよねえ』

『自分の足で採取採鉱をするのは重要だと分かったの』

『……』

『そうだね、あれだけあれば、足りるね』

『もう採鉱チームと研究チームに分かれて進めております』

 幻獣たちが口々に話すことから、アンデッドが住処にしている魔晶石の採れる洞窟で魔粋石が見つかったのだと分かる。

「そんなところにあったんだね」

 灯台下暗し。

『アンデッドたちの音楽によって、魔晶石が魔粋石に変化したんだよ』

 現れた風の精霊の言葉にシアンは口を開けて言葉もない。

『幸せの青い鳥は近くにいた、まさしくそうなのですなあ』

 言いつつ、これはシアンに対する精霊たちの加護の余波かなと九尾が独りごちる風に呟く。



『アンデッドたちに何をしていたのか聞きましたら、何もしていないと。ただ、自分たちは音楽を教えられてずっと楽器を奏でていたと申しておりました』

『アンデッドの楽器は樹の精霊が賜れた素材と洞窟の魔力をふんだんに含んだ鉱石から作られていた。親和性が高い楽器から奏でられる音が鉱石を変化させたのであろう』

 わんわんの言葉に鸞が推測を述べる。

 音楽で石が変化したのだという。

『アンデッドたちがね、音楽をしているときに目を凝らしてよーくよーく見たらね、石が共鳴したみたいに暗闇で光るんだよ。夜空の星みたいにしりん、しりりん、って音が聞こえてきそうなの!』

 とても綺麗だったとリムは笑う。

 それはシアンと出会ったばかりのティオが大地を挨拶の意を込めグリフォンの魔力を乗せて叩き続け、大地の精霊から加護を受けるに至ったのと同じなのだろう。アンデッドたちが住み、音楽をしたことで、洞窟は音の反響がよりよくなる形に変じた。そして、更に変化を遂げたのだ。

『仮に音楽によって石の性質を変えられたとしても通常であれば、何十年、何百年もの月日を擁しただろう。しかし、風の精霊王の尽力によって奏でられた音楽はごく短期間に変化をもたらしたのだ』

 それは奇蹟とも言える変化だった。

 シアンが、いや、幻獣たちと魔族全員が待ち望んでいた奇蹟だった。

『シェンシの言う通り、界と魔晶石から作られた楽器が奏でた音楽というのは重要な要因の一つにゃよ』

 樹の精霊の素材と魔晶石から作られた楽器を、精霊王たちの助力を得て、魔力の籠った音楽を奏で続けた。その音が魔粋石を変化させた。

 何てことだろう。

 わんわん三兄弟は貴光教の異類排除より派生したアンデッド討伐から避難させることを願った。島へやって来たアンデッドたちは幻獣たちがする音楽を聞き、自分たちもやりたいと希望し、樹の精霊や風の精霊の助力を得て成したことが巡り巡ってシアンたちの求めていたものを生み出したのだ。

 世界は繋がっている。意外なことが意外なことへと。

 願わくば、自分の行いが悪いことに繋がらないことを祈る。

 そして、常に自分の行いが間違っていないだろうか考えていきたいと思う。

『彼らは一心に音楽を奏でていました』

『彼らは精いっぱい音楽を愛したのです』

『セバスチャンが精いっぱいで闇の君を愛したように』

 わんわん三兄弟はアンデッドが一緒に音楽をできるようにと尽力した。アンデッドたちの追われて怖かった気持ちを和らげようとしたのだ。

 彼らのたゆまぬ努力が他に影響し、それが色んな所へ余波を及ぼす。

「アインス、ウノ、エークがアンデッドたちを助けたいと思い、みんながアンデッドの願いを受けて一緒に音楽をできるようにと協力して、その結果、為し得たことなんだね。君たちの優しい気持ちが、良い結果を生んだんだよ」

 シアンの言葉に胸にふわりと去来するものがあり、わんわん三兄弟はむせび泣いた。

 彼らは役に立てないことを気にしていた。

 ケルベロスだったころ、力があった。新しく得た主に好かれるために全ての力を使い果たしたことを後悔していない。でも、役に立ちたいと思っていた。他の幻獣たちが活躍しているのに、という気持ちもほんの僅かあったが、それ以上に苦しみながら前進するシアンを少しでも楽にしてやりたいという想いとが大きかった。主の苦しみを取り除き、その希望を叶えてこその眷属だ。いや、彼らにとっては仲間や友だちという名称になる。

 同僚だったフェンリルから蔑む眼差しを向けられた。それに対し、自分たちは自分たちのスタイルで役に立っていると思うことが出来た。それは南の大陸の際、流行り病に疲弊した者たちをわんわん三兄弟の可愛さで慰労することができたからだ。ユルクやネーソスが巨大化しても可愛さを失わず、人間と触れ合ってきたことと同じだ。

「君たちはいつも一生懸命で、周囲を癒してくれる。自分も頑張らなくてはと思わせてくれる。へこたれそうになったら誰かが手を貸し、励まし合う。アインスたちが頑張っている姿を見ていたら、勇気づけられるよ」

 何も力があったり特別な技能があることだけが役に立つということではない。懸命にした行いやその気持ちが時に他者を動かしたり影響を及ぼすことがある。

 自分には何もできないからと傍観者でいるのではなく、考え動くことが大切だ。独りよがりで突っ走るのではなく、幻獣たちのようにみなで相談し合ってより良い方向を模索する。音楽が様々な楽器の音色の絡み合うように、彼らはそうして事をなしていった。

『錬金術も真っ青ですよね』

 錬金術は卑金属を金に変えることと万能薬の作成を目標とする。この世界の化学と薬学である。

『地道な努力は自分のためになるにゃよ』

 カランの言う通りだ。

 だから、シアンは安易に大きな力に頼りっぱなしになろうとしない。今回もまたぎりぎりまで粘った。風の精霊の知恵を借りたが、全てを委ねずに、幻獣たちと力を合わせて何とか自分の腕に収まる範囲内で解決しようと努力した。



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