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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
521/630

95.起死回生のために2

 

「その金属板のことなのですが」

 ナウムに金属板のことや魔粋石のことを話すと仰天された。

「素材の正体が判明していなかったが、寄りにも寄って魔粋石か! 金貨百枚では間尺に合わないと思っていたが、逆の意味でだったのだな。いや、私も実物を見るのは初めてです」

『流石は研究者のパトロンをする大商人。魔粋石のことを知っていたんですね』

 九尾が感心する。

「では、翼の冒険者が今回ニカへ訪れたのは他の金属板を手に入れに?」

「いいえ、数枚の金属板では圧倒的に足りません」

「と言うと?」

 インカンデラで種族病が蔓延していること、それの特効薬として魔粋石が必要とされるかもしれないことを話した。

「この難しい時期に、魔族からしてみれば、大打撃ですな」

 ナウムは険しい表情を浮かべる。

 異類排除令は異能保持者と魔族とを対象としている。長年、悪だと決めつけ、事あるごとに一方的に糾弾する。それが高じて今回の徹底排除にまで及んだのだ。種族にまつわる病など、格好の攻撃材料であり、魔族にとって、大きな弱みとなる。

「先の騒ぎから、金属板の材質が魔粋石であるということは伏せておきます」

『その方が良いでしょうな』

 意味は分からなくても返事するタイミングで鳴き声を上げる九尾にナウムが頷く。

「それで、その魔粋石の特性や加工方法を調べるために来たのです」

 ナウムが出資する研究者たちの研究成果に魔粋石らしき記載があったことを伝える。

「私が出資していた者たちがこの金属板の正体に関わることを知っていたとはな」

 こんな風にして世界は様々な事象と繋がりを持っているのだ。その妙味をシアンはナウムと共に味わう。

「こういうことがあるから、この世は面白い」

「本当ですね」

 シアンは彼らの研究に自分も出資したいと言うと、それらの金銭は彼らだけでなく、研究費に喘ぐ研究者に行き渡るように差配してくれると請け合ってくれた。

「何、うちの秘書は大学を出ただけあって、そういったことにも詳しくてね」

 伝手もあるという。

「有能な方は自分が出来るだけでなく、有能な人を育てるものなんですね」

 感心して言うと、ナウムはまんざらでもなさそうに笑う。乗せられたナウムは築いた財の一部を使って人を育てることに従事した。一見、金銭を生みそうにない研究にも鷹揚なナウムによって、人が人を呼び、有能な者が技術向上や研究に励んだ。

 そういった人材をニカから荒地に送り込んだことから、そこに定住するようになった異能保持者への技術支援と通じて新天地とその向こうの国インカンデラとも技術学術交流が盛んとなり、大陸西方の西南方は高い文化水準を築いた。その功労者としてニカの大商人と翼の冒険者は称えられることとなる。その重鎮であるナウム本人が時折船に乗って荒地やインカンデラに赴き、現地の視察や交流を行った。その傍らには常に有能な部下が付き添った。ナウムは人を育てたお陰で、本部を安心して任せ、自分は好き勝手できると笑った。無謀のナウムを呆れながらも親しんでいた商人たちもまたこぞって出資を行い、一層文化水準を高めることに貢献した。

 特に六大商人が活躍し、彼らは金属版の商人と呼ばれたが、その呼び名に関しては珍しい金属でできた金属板を持っているということ以外には後世には伝わっていない。幻の七枚目が世界のどこかに存在するとまことしやかに噂された。それを持つ者に、六大商人は頭が上がらないといった話もあり、流石に眉唾物だろうと言われていた。



 研究者たちの工房へはナウムがシアンと面談している途中に先んじて知らせを出しておいてくれたお陰で、訪れるとすんなり中へ通してくれた。

「それで、俺たちに聞きたいことがあるんだって?」

「何だか、使いの人が上機嫌で、研究費が上がるかもしれないって言っていたんだけれど」

 一角獣もかくやのせっかちさを見せる大商人にシアンは笑いを漏らす。

「はい。実は、以前、いただいた研究資料の記載について教えて頂きたいことがありまして」

 シアンは魔粋石については伏せてそれらしい記述について尋ねた。

「その再生能力のある動物がある石に集まって来るんだ」

「その石に集まる動物に再生能力があると気づいて、相関性を持つと考え始めた」

『どんな風に集まるのだ?』

 研究者たちへの鸞の質問をシアンが代わって繰り返す。

「こう、ぴたっと石に張り付いていてさ。あんたも知っているだろう? あのヒトデは泳ぐんだけれど、その石にくっついて離れなかったんだ」

『それは岩全体に?』

「いや、岩の一部だけに集中しているんだ」

「ああ、これは特定の石にだけ反応しているんだなと分かったんだ」

『ふむ。岩の中の一部が魔粋石だということかもしれぬな』

 鸞は何らかの作用により岩が魔粋石に変化したか、地殻変動で地中にあった魔粋石が顔を出したのだろうと推測した。

「その石はどんなものでしたか?」

「石については正直なところ、あまり覚えていないんだ」

 彼らの興味は石ではなく動物の方に向いていた。それゆえ、魔力循環に関与するのではないかという着眼点を持ったものの、石に関してはそれ以上の研究を行わなかった。

「少ししかなかったしな」

「もしその石を手に入れようとしたら、どこに願い出れば良いでしょうか」

「権利関係には疎いのでナウムさんに聞いてみると良い」

 そこでシアンは再びナウムの下へ赴いた。

 大商人はもし石があり、採鉱できるのであれば、必ず国王から許可をもぎ取ってやると保証してくれる。

「ただ、その際、多少の我儘を言われるかもしれません」

 希少な鉱物だ。当然のことだ。

「例えばどんな?」

 国王の発する我儘である。シアンは知らず緊張した。

「亀に乗りたいと言うかもしれません。あと、蛇に触ってみたいとも」

「分かりました」

 緊張が解け、その反動で吹き出すのを堪えた。

『ふむ。大人にもユルクとネーソスは人気があるのだな』

『ロマンですよね。巨大亀に乗って海を渡る。海から飛び出てくる魔獣を蛇が迎撃』

 その亀の頭の上に白い毛並みのオコジョが四肢を踏ん張り、希望と好奇心に満ちた黒い瞳で青い海と空を見渡す。陽光が虹色に降り注ぐ。確かに、ロマンである。

 さて、シアン一行は海に潜り、魔粋石を探した。

 しかし、見つからない。

 念のため、風の精霊に確認してみたところ、ごく少量しかなく、研究者たちが発見した石も水流に流されたのだろうという。

『地殻変動で地表に押し上げられた石に生物が集まり、再生能力を得たのだろう』

 シアンはようやく見つけた手がかりが途絶え、消沈した。幻獣たちが賑やかに話すのを聞いていると、自然と慰められ、気分が向上してくる。他愛ない話に心を温められ、ナウムに見つからなかった報告をしに行くころには持ち直していた。

 ちょうど、研究者たちがナウムを訪ねて来ていたのは研究費アップのことについてかもしれない。

 ナウムと研究者になかったことを言い、礼を述べて立ち去ろうとすると、ナウムに研究者たちに口止めした上で魔族の種族病について話しても良いかと聞かれた。

 彼らにも薬の作成に協力して貰おうと言う。

『そうして貰いましょう。人の立場で考えれば、また違う観点を持って取り組めるかもしれません』

『そうだな。今は一時も惜しい。色んな方向から模索する方が良い』

 シアンは幻獣たちの言を受けてナウムに改めて願い出た。

 研究者たちは魔族の種族病のことや薬のこと、その原材料になりうる魔粋石のことを聞き、腕組みしながらうなった。

「なるほどなあ。魔粋石ってのはそういう性質を持つのか」

「面白いな。俺たちの研究もそっちの方向からアプローチしてみるのも良いかもしれない」

「良し。まずは薬だ」

「そうだな。俺たちも薬作成をしてみるよ。まあ、魔粋石はないから、別の方向から考えてみる」

「何なら、再生能力を持つ動物の方から取り掛かってみるか」

「それは良いな」

 彼らは冬前に異能保持者たちが毎日のように街にやって来ては出て行くのを見ていた。みな、生きるために必死なのだ。ならば、何らかの助けとなりたいと言う。

「俺たちは人の役に立つ研究をしてきた。端から、一朝一夕では成果が現れるとは思っていない。うまく研究が捗らない時もあるが、それでも一つひとつ積み上げている。それが一時滞ったくらいで、研究は、学問は、文明は、失われることなど何一つない。ただそこに厳然と存在するだけだ。自然の仕組みを解き明かすのが俺たちの願いでね。その願いを一旦横に置いておくくらい、何てことないのさ。それよりも、もしかしたら、助かった魔族の中で俺たちが追い求める研究に良い影響をもたらす者がいるかもしれない。なら、手を貸す理由には十分さ」

 世界は繋がっている。意外なことが意外なことへと。

 それはシアンも感じるところだった。だから、大いに彼らの言に同意する。

 そして、もう一度そのことを実感することとなった。



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