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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
520/630

94.起死回生のために1

 

 ニカへは鸞の他、シアンとティオ、リム、九尾が同行した。

 急ぐ旅路で、他の者は留守番だ。島の他ゼナイドを見回る一角獣を始め、みな、各々忙しい。

 昨夏、遠出した際に登録した転移陣を用い、ニカに急いだ。ティオの背に全員が乗り、精霊の助力を得て進む。人馬一体とは言うが、シアンらが人獣一体となった場合、相当な速度が出た。ティオは島の外周を一時間半掛からず巡ることができる。しかも、その速度で背に荷を負って飛んでも疲れ知らずだ。

 朝出立して昼過ぎにはニカに到着した。

『休憩を挟んだのにこの短時間で到着するとは』

 地図で見る限りでは相当離れていたのに、と鸞は唖然とする。昨春、同じメンバーで別大陸へ遠出した際、鸞は自前の翼と魔力で飛翔して移動した。その時は鸞に速度を合わせてくれていたのだと知る。

『何より、こんなに力のあるグリフォンがこの速度、この長時間移動できるというのは脅威以外の何物でもないですよね』

 だから、他言は極力避けた方が良いと言う九尾に一同は頷く。

 人は自分にない力に憧れる。権力者は同時に恐れを抱く。自分の持つ権が脅かされやしないかと。現に、一宗教が行っている非道が物語っているではないか。あれもまた、自分が理解し得ない力を持つ存在を、脅威に育つ前に討ち取ろうというものだ。

 街の門で冒険者証を見せる前からグリフォンの姿を見た門衛が駆けていく。ニカには出入りする者が多く、入市する者たちの後ろに並ぼうとすると、みな一斉に先に行けと言う。

 遠慮するシアンに門衛が手招きする。

「今、ブルイキンさんのところに一人走らせました。翼の冒険者は先に通って下さい。いえいえ、みんな気になってしまいますから。さあさあ、どうぞどうぞ。お通り下さい」

 人々はティオが傍にいるシアンを遠巻きにしつつも、押しやる様にして街の中へ入れてくれた。

「とりあえず、ナウムさんのところへ行こうか。ユルクやネーソスにも良くしてくれたお礼を言わなくてはね」

『あの研究者たちのパトロンですし、いただいた研究成果とはいえ、話を通しておく方が良いでしょうしなあ』

 九尾の言葉に、なるほどその通りだとシアンは頷く。

『九尾も役に立っているようだな』

『きゅうちゃんは物知りだからね、いつも色々教えてくれるんだよ!』

『働かざる者、食うべからず』

 鸞の言葉にリムとティオが続き、九尾がいやあ、照れますな、と言いつつフォーエバーポーズを取ろうとするのをすかさずティオが後頭部を尾で叩いて止める。

 そんな風にしてニカを歩いていると、街の者たちの注目を集めていた。子連れが立ち止まり、子供の方がリムを見て声を掛けてくる。

「翼の冒険者だ! キュア!」

 言いながらフォアハンドの幻獣のしもべ団の合図をする。

 子供を連れた男性は父親ではなく従兄弟であると言い、シアンに礼を述べた。彼らは異能保持者でこの街へ逃がれてきたのだと言う。

「私たちは翼の冒険者の呼びかけに応じなかったのですが、しばらくして異類審問官の取り締まりが激化したので、村を出てこの街へやって来たんです。一度は断ったので、ニカへ入る許可証がなく、どうやって荒地へ行こうかと思っていたのですが……」

「これをやって見せたらね、門に立っている人が入れてくれたの!」

 子供がジェスチャーをしながら得意げに言うのにシアンは唇を綻ばせる。

「そうだったんですね」

『きゅっきゅっきゅ、きゅうちゃんが編み出したものがここでも役に立つなんて! 自分の才能が怖い!』

 冗談を言うも、確かに九尾はシアンや幻獣たちに様々に影響を与える。良きにつれ悪しきにつれ。

「春前の航海は止めた方が良いということで、荒地へはこれから向かうところです」

 従兄弟の言葉に子供が唇を尖らせた。

「もっと早くに来ていたら、大きな亀に乗れたんだって! でね、大きな蛇が守ってくれるんだよ。とっても強くて、でも面白くて、色々遊びを教えてくれるんだって」

「ここへ初めのころ逃げて来た者たちは巨大な幻獣に驚いて、その優しさに大いに慰められたそうですよ。実は私も良い大人なんですが、彼らと会えなかったのを残念に思っています」

「でも、今日、グリフォンと小さい子にもう一度会えたから良いんだもんね!」

 満面の笑顔で子供が従兄弟を振り仰ぐ。

 そうだな、と笑う男性はこの街で仕事を貰いながら、荒地への航海が解禁されるのを待っているのだと言う。今日は休日で子供と一緒にニカ観光をしているのだそうだ。

「先の生活への不安はありますが、稀な高位幻獣がそこまで手を貸してくれるのだから、私たちも力を尽くして生活を立て直したいと思います」

 従兄弟は他の村の者のことについては語らなかった。もしかすると、村から出て来たのは彼らだけなのかもしれない。それがより良いことだったのかどうか、彼もまだ判断がつかないのだろう。けれど、やってみようという気概は持っている様子だった。

 子供は別れ際もう一度ジェスチャーをしてくれた。

『いやあ、ユルクとネーソスは子供に人気ですね』

『去年の夏に遠出した村でもユルクは小さいのたちとあっち向いてほい、していたものね!』

『最後らへんでは子供に負けて、そのことをネーソスにからかわれていたよね』

『うむ。誠に、可愛い研究会の成果だな』

「ふふ。さっきの人もユルクとネーソスのことを優しいって言っていたね」

 意思疎通ができなくとも、彼らの本質を解してくれる者はいるのだ。



 シアンがナウムの住まいを訪ねると、門衛から連絡を受けており、すぐに面会は叶った。

 大商人の家では行き届いており、幻獣も室内へ案内される。

 初見の幻獣に、ナウムは目を細めた。

 そのころ、翼の冒険者が貴光教神殿へ乗り込んできて言い掛かりをつけたので正論で論破し、追い返したという噂が出回っていた。そのことについて心配されたが、曖昧に濁せばすぐに話題を変えた。

「春前は海流の都合でこの辺りは船を出せないのだが、そろそろ落ち着いて来る。また輸送が始まります。しかし、翼の冒険者の亀と蛇の姿の幻獣がいないのは痛いですな」

「その節は急なことですみません。驚かれたでしょう?」

「全くです。しかも、巨大な蛇が例の金属板を咥えて差し出した。いやあ、度肝を抜かれるとはあのことだ」

 そんな風に言いながらも、ナウムは笑っていた。

 ナウムとは一昨年の夏、ユルクの故郷へ行った際に出会い、知遇を得た。翼の冒険者の噂を契機にシアンをそれなりに評価してくれていた。徴の金属板のオークションでその評価は上がったように思う。ユルクやネーソスの異能保持者輸送はそれに拍車をかけた様子だ。

「翼の冒険者の幻獣はどこへ行っても人気者だ。蛇も亀もすぐに子供たちと打ち解けて遊んでいましてね。着の身着のままでようやっとニカへたどり着いた異能保持者たちも子供らの笑い声を聞いて、息を吐けた様子だった」

 ナウムはユルクとネーソスが海の獲物を狩ってきて、それをみなで食べたといった話をした。

 また、危険な海の魔獣が出なくなり、何なら、異類審問官と護衛官の手を逃れるために海に飛び込めば海の幻獣が助けてくれたという嘘か真かという噂も出回っているらしい。

『事実ですね。おじいちゃん、頑張ってくれているんですねえ』

 ユルクの祖父、レヴィアタンやその眷属が手を貸してくれているのだ。ユルク本人もそのようなことを言っていた。

 シアンはそれは事実なので、緊急時には海に飛び込むように伝えた。ただ、海は広く、どこで魔獣に出会うか分からないので完全に助かるとは言えないと添えて置いた。

 荒唐無稽な話であるのに、流石は翼の冒険者と笑うだけで受け入れられた。

「ナウムさんはどうして異能保持者の保護に協力してくれるのですか?」

「実に簡単なことです。新しい拠点を得る者があれば商機があるかもしれない。貴光教が行うことは大陸西の人口を大幅に減らすことに繋がる。それは長い目で見て商業に取って宜しくないですからな」

 それに、この年になってまた新しいことを始められるのはこの上ない喜びだと言うナウムは秘書に任せずに自分が亀に乗って荒地を目指したかったと悔しそうな表情をする。シアンはそこに真実を見出した気がした。

 それで、ナウムには魔族の種族病のことを話そうと思った。

 一国、一民族の存続に関わる大ごとだ。相談する相手を見極めるのは最大限に考慮すべきであるが、大商人として培ってきた独特の価値観を持つナウムの意見も聞いてみたかった。



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