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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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5.異類との遭遇 ~悲鳴も「きゅう」~

多少のグロテスクな表現を含みます。

ご注意ください。

 

 午前中、幾度かこまめに休憩を取る。闇の精霊が人目につかなくしてくれていることをいいことに、のんびり精霊たちと会話したり、風の精霊の話に耳を傾けているうち、太陽が中天に近づいていた。

 風の精霊の導きにより、人気のないセーフティエリアに降り立った。人どころか、周辺には何もなかった。

 時折木が生えているだけで茶色の原っぱが延々と続いている。雪も姿を消している。

 ティオはやや離れた場所で生えかけの草の芽を食む四つ足の動物を狩るために上空高くに舞い上がっていった。

 リムはセーフティエリアから離れた場所の探検をしている。

 その姿を横目に、シアンはバーベキューコンロなどの調理器具の設置を行っていた。

「きゅぅぅぅ~~~」

 突然高い悲鳴が上がり、振り向くと、九尾が後ろ脚一本で吊り下げられている。植物の蔦が脚に巻き付き、ちょうど一本釣りされた魚のように逆さ宙づりになっている。

「きゅうちゃん!」

 シアンは手に持っていたレードルを放り出して駆け寄った。

『シアン、危ないから戻って』

「でも、きゅうちゃんが!」

『リムが向かっている。大事ない』

 冷静な風の精霊の言葉に、自分がセーフティエリアから出てしまっていることに気づいた。他の幻獣よりも自分は弱い。それを失念するなど、ティオやリムを危険に晒すことと同義だ。

 シアンは足を止めてゆらゆらと逆さ吊りされている九尾をもう一度黙視してから、踵を返した。

 そこを、狙われた。


 地中からぼこり、と土が泡のごとくはじけたと思うと、鎌が飛び出てきた。

 鎌に見えたのは半月状の牙だ。左右についた牙で獲物であるシアンを捕える。黒っぽい牙の下から飛び出た二本の鋸引きで瞬時に左右から交差させる勢いで閉じる。

 二対の鋸引きがくわ、と広がる様は、まさしく死神の顎だ。一瞬で命が刈り取られる。

 だが、シアンを中心にして透明な円筒でもあるかのように、牙も鋸引きも阻まれた。鋸引きの方は凄まじい速度で閉じたため、濁った音を立てて折れ、先端が飛んで行く。幅三十センチ、土から一メートルほども飛び出た身体が、その痛みにうねる。次々と体節が連なった黒っぽい長い体が土の中から出てくる。体節の両脇に疣足があり、地中で匍匐するに適した構造をしている。左右に身をゆすりながら這い出る様は悪夢のようだ。

 シアンは身を竦めながらその一連の有様を眺めていた。

 見えない壁を牙で取り壊そうと、幾度も開閉する。その都度、シアンの近くの空に阻まれるが、実際身を打たれる錯覚に陥り、肩をびくつかせる。

 自分を阻む何かを確認するかのごとく、牙の上に複数生えた触手がうねうねとこちらへ伸びてくる。

「ひっ……」

 思わず悲鳴が漏れる。

 ず、と鈍い音がし、触手や牙の動きが緩慢になる。そのうち、動かなくなり、地面に長々と横たわった。

『もういいよ。セーフティエリアに戻ろう』

「え、英知」

 声を掛けられても脚に力が入らず、へたり込むのをこらえるので精いっぱいだ。


 生木を裂くような悲痛な悲鳴がして、シアンは飛び上がった。

「な、何?!」

『リムだね』

 上部に赤い血管のような筋がいくつも入った蓋のついた細長い緑色の大きな筒を、リムが爪で切り裂いたようだ。裂けた隙間から九尾が転がり出てくる。太い茎が地表を横に這っている。

『ふいー、うっかり消化液に溶かされるところでした』

 呑気なことを言いつつ、四つん這いになって首を左右に振っている。

 細長いといっても、九尾を収納できるほどの太さがある。巨大な緑の試験管は、一般的な食虫植物の大きさの範疇を越えている。もはや、食獣植物だ。

 この世界の植物は動くのか、長い蔦が動いている。

 九尾を捕獲した蔦が鞭のようにしなり、リムの体を打ち落とそうとする。が、リムはその小さな体をうまく利用して、数本乱れ躍る蔦の隙間を縫って飛ぶ。すり抜け様に引っかき、尾で打ち払い、あっけなく蔦を千切り飛ばす。幾度も甲高い悲鳴が響き渡る。


『あちらは大丈夫。シアンはセーフティエリアに戻った方がいい』

「う、うん」

 小走りで紋章陣の中に駆け込む。

 急いで振り向くと、既に戦意を喪失した食獣植物が短くなった蔦で自分の身を護るために縮こまっている。

 九尾が無事であり、シアンもセーフティエリアに戻ったのを目視したリムが食獣植物を後ろ脚で蹴って勢いをつけて飛んできた。それはいつもの動作だったが、蹴りつけた力が強かったのか、食獣植物は断末魔の甲高い悲鳴を上げて仰向けに倒れた。リムもそのつもりはなかったようで、驚いて振り向いている。

 一瞬、戻ろうかという仕草を見せたが、九尾に促されて連れ立ってシアンの方へやって来る。

「リム、怪我はない?」

『ないよ! シアンは? 大丈夫だった?』

「うん、心配かけてごめんね。僕は英知が助けてくれたから大丈夫だよ」

 シアンに飛びつこうとしたリムが急停止し、マジックバッグから布を取り出して自身の体を拭く。それを手伝いながらシアンはこっそり怪我の有無を調べた。異変は認められず、安堵する。


『食虫動物とあの異類とでコンビを組んで獲物を分断させるか油断させて忍び寄って狩るんでしょうな。いやはや、何と狡猾なことか』

 うっかり消化されそうになった九尾が慨嘆する。

「食虫というか、大きさからすると食獣植物だったよね。それに、あれが異類なんだ」


 異類とは人間でないものを指す。そこから、亜人、鳥獣、魔獣、幻獣、聖獣、特殊能力保持者などへと変遷した。つまり、異類は異能を持つ者も含まれ、スキルを持つプレイヤーもここに属する。

 最近では差別化を図るため、自ら異界人と名乗るプレイヤーが出始め、定着されつつあると聞く。NPCと違う存在だと自負していたものの、自分たちが人間じゃないと区別されるのは忌避した。数の上で圧倒的にNPCが多いので、そうそう強く出られないことを肌で感じたことも起因する。

その特殊能力保持者にはプレイヤーが属することから分かるように、人型もいれば、先ほどの非人型もいる。プレイヤーが持つスキルは選択した職業によって異なる。シアンは職業料理人を選択したことから、主に料理に関するものや動植物の知識に関するスキルを有している。


「初めて異類を見たよ」

 確かに、異様な風体で、明確な敵意を感じた。獲物への食欲ではなく、殺戮への意思だった。

『アダレードでは異類の入国を長く禁じていた。今は融和政策を取っているとはいえ、まだまだ数が少なかったから、会うことはなかったんだろうね』

『人型で身体的特徴がない異類などは人と区別がつきにくいですからな。意外と知人が異類だというケースもあります』

 風の精霊と九尾の説明に頷きながら、リムの体を拭き終わった後、九尾の体も拭く。


『あの植物も異類の一種だよ。シアンを攻撃したやつも異能で攻撃しようとしていた。魔法なら行使することはできないが、何にせよ、気を付けた方が良い。アダレードと違って、異類はあちこちにいるからね』

「うん、そうするよ。でも、魔法は使えないっていうのはどうして?」

 風の精霊の言葉に首肯しながらも、気になる点を確認する。

『シアンへの五属性の攻撃魔法は発現しないから』

「魔法効果が発生しないの?」

『そう。四属性の私たちが力の源を動かさないから、顕現しない』

「それは英知たちのお陰だよね。すごいな。でも、五属性なの? 四属性ではなくて?」

 攻撃魔法が効かないのではなくて、発生すらしない、ということに九尾が唖然と口を開けて呆けていたが、シアンは自身の疑問に気を取られていて気づかなかった。

『風と土と光と闇と炎だよ』

 加護を受けた属性より一つ多い。

「炎もなの?」

『炎はその性質から、風には逆らえないからね』

「ああ、なるほど。風というか空気がなければ存在できないものね」

 そこでファンタジー要素に現実的な要素が加わるのか。

『ちょ、じゃあ、シアンちゃん、水属性以外は無敵じゃないですか!』

 思わず、といった風情で九尾が口を挟む。

『そうなるね』

 軽くうなずく風の精霊に九尾が尾の毛を逆立てた。

『水の魔法も発生したとしても防ぐから安心して』

「うん、ありがとう、英知。魔法に関しては心配ないね」

『チートだとは思っていましたが、ここまでとは』

 ぶつぶつ呟く九尾を風の精霊が見下す。

『食獣植物の細長い筒状の葉の基部に消化液が溜まっている。葉の内部にもにじみ出てくる。早い段階で出ることができて重畳だったね』

 風の精霊が植物の異類の恐ろしい特殊能力を淡々と語る。

『リムのお陰です』

『どういたしまして! きゅうちゃんも後で一緒にお風呂に入ろうね』

「そうだね、英知が見つけてくれた温泉にちょうど昼食後に行くし」

 

 その後、ティオが戻ってきて昼食を摂った。

 セーフティエリアを後にした時、上空から先ほどと同種の食獣植物が何らかの獣を捕えているのを見た。群生というほどではないが、同じ種の食獣植物が育ちやすい土壌なのかもしれない。

 リム程の大きさの獣がしきりに匂いを嗅ぎながら自ら中へ入り込むと、赤い筋が入った蓋が閉まる。

『ああやって蓋を閉じると、中の獲物は明かりを求めてさ迷い歩くんだ』

 シアンがじっと見つめていたのに気づいて風の精霊が説明してくれる。


『シアン、気になるの? 戻ろうか?』

「ありがとう、でも、戻ってくれなくてもいいよ。もう行こう」

 ティオにはそう答えたが、風の精霊に補足を求める。

「あの細長い中を歩き回るの?」

『そう。上部のすぐ内側は非常に滑りやすくなっている上、逆毛が密に生えているので登れなくなっている。そして、中は暗い。だが、ところどころ明るくなる。急に狭いところへ閉じ込められた獣は半狂乱になってその明かりを目指すんだ。すぐに明かりは消える。そして、違うところが明るくなる。獣が気づかないうちに筒の内部壁から溶解液が分泌されている場所をまんべんなく歩かされる。液は粘性が高いから、壁を上下するのに問題はない。そうするうちに、自分の体が溶けていってることに気づく。その頃には力尽きて、基部に溜まった溶解液に落ちて栄養素に分解される』

 閉じ込められた狭い暗闇の中、あちらがぽうと光り、夢中で駆けよったら次はそちらがぽうと光り、不安で怖くて冷静な思考ができなくて、四つん這いになって動き回っているうちに、肉がどんどん溶けていって、気づいたら下に真っ逆さまに落ちていく。

 とんだホラーである。

『きゅ、きゅうちゃん、早い段階で助け出してもらえてよかったです!』

 九尾も同じようなことを考えたのか、今更ながらに事の重大さを実感して身震いしている。

「きゅうちゃん、お風呂に入る前にしっかり体を洗おうね!」 

『はい!』

 自分が閉じ込められたわけでもないのに全身が痒くなる。九尾も同じ感覚に襲われたのか、力強く頷いた。



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