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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
519/630

93.様々なことを胸に/手がかり

 

 幻獣のしもべ団はエディスへ寄るたびに黄色いリンゴを携えて来た。

 リムが躊躇したが、シアンは笑って受け取り、みなで食べた。

「またクレールさんの出店にも行こうね」

『その時は焼き栗も買ってください』

『串焼きも』

 シアンの言葉に賛成の声を上げるべきかどうか迷うリムを見て、九尾が言い、すかさずティオも乗る。

『ゼナイドは色んなジャガイモ料理を作り出していたよ』

『あは。そうなんだ』

『吾も一度行ってみたいものだな』

『……』

『うん、湖は広いから多くの生き物がいるんだよ』

『湖で獲れるものの料理も多そうにゃね』

 幻獣たちが口々に言うのに、リムも笑みを浮かべる。

『魚も貝も色んなのがいっぱいあったんだよ』

「また行こうね」

『うん!』

 ようやくシアンの言葉に頷くことが出来たリムに、幻獣たちは顔を見合わせうふふと笑い合う。

 エディスではイレーヌ親子やニーナと過ごした記憶が濃く染みついている。双方から料理を習ったこともある。

 でも、それ以外の思い出も沢山あって、だから、一つの思いにとらわれずに、色んなことを忘れずにいようと思った。



「英知」

 シアンは風の精霊に手がかりを求めることにした。

 もしそれがこの世界を大きく変えてしまうことになっても、それを背負うだけの覚悟を決めた。

 魔族は闇の精霊の友人を糧にして生き延びた。闇の精霊の友人の命を繋ぐためにも、存続して欲しい。見て見ぬふりをするには彼らと深く関わりすぎた。

 シアンが風の精霊に助言を貰うと言うと、鸞がほっと安堵する表情を浮かべた。薬を作る者として、鸞もまた焦燥を抱えていたのだろう。負担を掛けていた。もっと早くにこうすべきだったと臍を嚙む。

 折角だからと幻獣たちを呼び集め、全員で聞くことにした。

 シアンの声に応え現れた風の精霊は語る。

 人の体は酸素、炭素、水素、窒素、ミネラルで構成される。

 この体に必要不可欠な無機質、ミネラルは体内で合成することはできないので、摂取しなければならない。

 ミネラルは頭骨や骨格、臓器や皮膚を形成する。その他、赤血球中の鉄や甲状腺ホルモンのヨードがたんぱく質や脂肪と結合し、さまざまな生理作用を行う。体液に溶けてイオンとなって神経伝達を行う。

 この時、あまりに保有魔力が高すぎると神経細胞膜での内液にあるカリウムイオンと外液にあるナトリウムイオンの入れ替わりがうまくできなくなる。

 万物には魔力が宿る。

 万物はつきつめていくとごく小さい粒子に分けられる。この粒子がそれぞれの物体を形作る特性を持つように動かす力が魔力である。

 魔力は他の働きもするが、加速する力が強すぎて人体への影響が大きい。

『魔族は魔力が過多でこの人体を構成する粒子を動かす力が強すぎる。それで負荷がかかる』

 そのため、定期的に発熱や嘔吐、食欲不振といった症状が起こり、衰弱死することもあるのだという。

『一部神経伝達物質が滞るとけいれんを起こす』

 ミネラルも体に悪いものもある。例えば、水銀やヒ素だ。

 そして、良いミネラルも取り過ぎると害になる。

 同じように魔力も過多となれば体に負担がかかる。

「どうすれば、その動かす力を弱めることが……そうか、魔力を必要に応じて取り除いてやれば良いんだ」

『そういうことだね』

 シアンの呟きに風の精霊が首肯する。

『そうか!』

『問題は、その魔力をどうやって取り除いてやるか、だね』

 鸞が喜色を湛え、ユエが両前足を組む。

『ユエの魔力蓄石みたいに魔力を蓄えてやったらいいのでは?』

『それだ!』

 九尾が提案し、カランが息を飲む。

『どれだ!』

『そのやり取りはもう良い』

 わんわん三兄弟の一匹が言い、残りの二匹が続こうとしたが、ティオが止める。

 今は寸暇も惜しい。

『魔力蓄石では単純に魔力を奪うだけだ。そのまま使用すると必要な魔力すら失い、神経伝達などを阻害し、けいれんを起こす』

 痴呆症や統合失調症を発症する恐れがあるため、ピンポイントで粒子を動かす力を取り除かなくてはならない。

 風の精霊の言葉に一部幻獣が肩を落とす。

「でも、方向性としては良いよね?」

 シアンの言葉に風の精霊が頷く。

『シェンシ、魔晶石にこだわらず、他に体に良いものはないのかにゃ』

『そうだな。昔から医王石というものが体に良いとされ、様々な治療薬に用いられてきたが』

 カランが別の切り口を尋ね、鸞が小首を傾げる。

『医王石?』

『……』

『確かに医薬品らしい名前ですね』

 ユルクの言葉にネーソスが言葉を発し、リリピピが頷く。

『ミネラルを多量に含んだ石だ。山から雨水が流れ出て河を経て海に流れ込んだミネラル成分が長い年月堆積し、地殻変動などで地表に現れたものだとされている。この医王石には体に必要なミネラルが多量に含まれ、優れたミネラル供給源となる』

『あ! 前に英知が魚介類にはミネラルがいっぱいあるって言っていたものね』

『そうだよ』

 山を流れる河がミネラルを海に運び、魚介類がそれを摂取する。

「リム、よく覚えていたね」

『英知はいっつもぼくたちに色々教えてくれるもの!』

 リムは得意げに胸を張り、ふんすと鼻息を漏らす。

 風の精霊がふわりと微笑む。

『ああ、そうだ。魔粋石だ』

『魔粋石?』

 目を見開く鸞に今度は何だと一角獣が促す。

『そうだ。魔粋石は魔晶石と同じく魔力に作用する。そして、魔晶石よりも緻密な魔力干渉に用いやすい。魔力の流れに作用しやすいゆえ』

 それならば、魔晶石よりも応用が利く。魔力蓄石を直接用いずに、魔粋石でワンクッション置く。

「英知、魔粋石というのなら上手くいきそうかな?」

『そうだね。魔粋石なら体内の特定の魔力と結びつき、循環を促すことができるだろう。しかし、これは体内でミネラルが人体構造材料としての作用やたんぱく質といった要素と結合するのを妨げる働きをする。このままでは用いられない。魔力循環を促すことができても、人体に悪影響がある』

『それは重要な課題だね』

 麒麟が気づかわしげに中空を蹄で掻く。

『少量用いるのなら人体への影響も抑えられるだろう。今は魔力循環を促し、魔力蓄石へ魔力を移してやるのが先決だ』

『うん。同時に人体への影響を少なくすることも研究すれば良い』

 鸞とユエはそう言うが、実際に中心になって行うのはこの二頭だ。彼らに負担が掛かるのは明白だ。いわば、劇薬を薬として用いるのだ。さじ加減が重要となるだろう。

 そして、問題はもう一つあった。

『魔粋石は希少で吾も一度目にしたことがあるだけだ』

 そう言いながら、鸞はマジックバッグから慎重に取り出す。

 布を敷いた木箱に収められた魔粋石をユエはつぶさに観察する。

『あれ、これってあれに似ている!』

 ユルクとネーソスが預かっていたのをシアンに返す際、ユエと鸞に見せてくれた物。

 ニカで手に入れた徴の金属板だ。

 ユエと鸞はそれをつぶさに観察し、両名とも端を少し削って譲って貰っていた。

 鸞は魔族の種族病を治す薬の開発に忙しく、あまりそちらに割く時間はなかった。ユエは物資を整える傍ら、寸暇を縫って調べていたのだ。

 果たして、ニカで手に入れた徴の金属板は魔粋石を用いて作られていた。



 ニカで引き揚げた沈没船から出て来た金属板は魔粋石で作られたもので、現在の価値からすれば、金貨一万枚を積んでも手に入らない代物だ。

『これを加工できるなんてすごい技術なの』

 ユエは感心し、燃え上がった。

 誰かがやったのだから、自分にできない訳がない。加工した現物があるのだから、何らかの技術があるということだ。

『加工できれば、薬にもできるのだ。吾は魔粋石に関する記述を最近どこかで見たことがある』

 どこで見たか、島の書架をくまなく探し、麒麟と九尾、カランもそれを手伝った。

 粗方本を探しつくした鸞は天帝宮にも赴くことにした。

「天帝宮へ?」

『ああ。あそこにも書は多く保管されている』

『我も行く』

 鸞が言うと、麒麟も名乗りを上げた。

『じゃあ、きゅうちゃんも随行しましょうかねえ。どうせなら、闇の神殿を巡って手がかりがないか探してきましょうよ』

『ふむ。それも良いかもしれぬな』

 魔族の長年抱えて来た病であるから、何らかの手掛かりが得られるのではないかと話し合う。

『あは。この島へやって来た時と同じメンバーだね』

「シェンシは忙しかったから、特に気を付けてね。転移陣を使って行って」

『我の背中に乗って寝ていると良いよ』

『転移陣を使えばすぐですよ』

 口々に心配される鸞は逆らわずに麒麟の背に乗り目を瞑った。

 手土産を持たせた九尾たちが出かけて行った後、残ったカランはもう一巡、島の本を調べてみるという。

 ユエは金属板の研究に没頭した。

 数日を経て戻って来た鸞は興奮した様子で研究室へ向かう。

「お帰り、シェンシ」

『手がかりは見つかった?』

『いいや。だが、以前見た記述を思い出したのだ』

 それはニカの学者たちがパトロンであるナウムに言われて渡してくれた彼らの研究成果の中にあったのだという。

 紙の束を取り出して、慎重に繰り、記載を探す。

『あった。これだな』

『どれ?』

『ここ?』

 集まって来た幻獣が頭を突き合わせる。

 一角獣は鋭い角が前へ出ているのでこういう時は遠慮して輪から離れる。麒麟は背中の方へ伸びているので参加する。一緒に突っ込んだ鼻先を蠢かす。

 シアンは何となしに一角獣に視線をやると目が合ったので笑い合う。

『この「海中のとある石が魔力循環に何らかの作用をし、動物の再生能力に関与する可能性もある」という部分だ』

『海の中は面白い形や能力を持った生き物がいっぱいいたね!』

『その能力に関して、影響を与える石があると言うんだね』

 鸞が目当ての記載を読み上げ、リムが以前ユルクの祖父の下へ向かった際に潜った海のことを話し、ティオがなるほどと頷く。

『そうだ。吾は以前この記載を目にした時、万物の魔力の流れに影響する魔粋石のことを想起したのだ』

『再生能力を持つのも体内の魔力を循環させ、体内の器官の回復に影響を及ぼすと言えるのかもしれないにゃね』

『問題はこの研究者たちが魔粋石のことを知らないのにその結論にたどり着いた根拠ですな』

 鸞の言葉にカランが同意し、九尾が両前脚を組む。

『だから、吾はその研究者に会いに行きたい』

 シアンは頷き、自身も同行すると言う。

 ニカで引き揚げた船に積まれていた謎の金属でできた金属板。ニカの海洋生物学者たちが持っていた資料に記載されていた魔粋石らしき記載。果たして、これは偶然だろうか。



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