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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
518/630

92.シアン、立つ

 

 シアンは失意の最中にあった。

 ふと思考が浮かんでは消える。

 あの小さいスケルトンはエディだった。

 そこまでして音楽をしたかったのだろうか。いや、確かに彼は生前、羨ましそうにしていた。体が丈夫だったなら、という気持ちがあったのかもしれない。

 死を迎えても留まり、スケルトンになっても、自分の体を楽器にしていた。

 自分はそれほどまで音楽を愛しただろうか? 

 全てで精いっぱい愛せるだけ愛しただろうか。

 以前、エディスの貴光教神殿が収斂火災に遭った際、幻獣たちの精神的支柱はシアンだと九尾に言われた。精霊たちの要でもあるとも。世界の粋を集める精霊の王たる者は交流することはない。それを結果的にまとめ上げる形となったのがシアンである。

 いつも何かと助言をくれる九尾は常に楽しそうだ。

 生を楽しむ。

 これぞまさしく賢者である。

 他の者からしてみれば馬鹿馬鹿しく取るに足りないものであっても、それが自分にとっての喜びならば素直に楽しむ。また、人の目を気にして生き方を狭めてしまうのではない。そういう見方があると知っていてなお、自分は自分の生を楽しんで全うする。それがいかに難しいことか、思い知らされた。

 シアンは例えば、どちらかというとクロティルドに近い人間だと思う。

 狭い世界しか知らず、その常識だけで物事を推し量ろうとした。

 実情に合わなければ、様々に不具合が出る。

 だから、いつしか指が動かなくなった。音楽を楽しむことを忘れてしまっていた。

 でも、クロティルドはオルティアに諦めずに違うやり方、自分も相手もその周囲も幸せになるやり方を考えようと言った。そして、それは己にも適合することだと悟った。それからの彼女は強かった。力を発揮できるステージで余すことなく出し尽くした。他者にも大きな影響を与えた。

 シアンはこの世界で力のない部分を、出会った者たちに助けて貰ってきた。そして、様々なことを教わり、音楽を取り戻すことができた。

 シアンもクロティルドも、周囲に見捨てられず助けられてここまで来ることができたのだと思う。

 ちょっとしたことが気に食わないと嫌がらせをしてくる者もいた。犯罪じみた行為を仕掛けてくる者もいた。

 でも、それよりももっと沢山の素晴らしい出会いを迎えて来た。

 心の底から愛するものを愛し、この世界を分かち合い発見の連続を味わう。

 九尾は賢いけれども、完全ではないから、シアンが補うことがある部分もあって、それで持ちつ持たれつでうまくやって来られたのだと思う。

 自分も賢者を助けることができるのだ。

 人生は朝露のごとし。泡沫人うたかたびとのことを想う。

 あの母と兄弟には元気でいてほしかった。シアンはこの世界で優遇されていると思う。でも、何でも思いのままにできる訳ではない。それでも、幸せな一生を全うしてほしかった。そして、それは、シアンの勝手な考えだ。

 イレーヌ親子は自分が持ち得ない関係を築いていた。自分ができなかった下の兄弟を大切にすること、そして、兄弟をどちらも守る母。

 現実世界の自分の家庭環境に少し似ていて、けれど、シアンは手にすることができなかった理想的な人間関係だった。彼らには幸せであってほしかった。それなのに死んでしまった。

 理想は脆く崩れ去っていた。

 シアンは願った。

 自分が知らないうちに突然、他者によって生を絶ちきられることがないようにと。

 フィンレイも混乱する情勢の中、死去していた。ゲームの中での身近な人間、こちらの世界の人間の初めての死だった。

 ディーノには死なないでほしい。

 それでもまだ、自分の勝手な願いでこんな大それたことを、強大な存在に願って良いのか分からない。しかし、突然消滅されるというのはイレーヌ親子で十分だ。

 今はしばらく手を付けていないが、流行り病や天変地異、凶作に喘ぐ者たちに渡す物資を、幻獣たちと整えてきた。

 当の本人たちは精いっぱい頑張りながらも、楽しみながら行った。

 きゃっきゃきゅぃきゅぃきゅあきゅあきゅっきゅしながら支援物資を整えた。幻獣たちに精霊たちも惜しみなく協力した。

 彼らは他人の評価など気にせず、軽やかに乗り越えて行った。

 シアンはエディスを襲うドラゴンの屍を追い払うために大きくなったリムを正気づかせるために音楽を奏でた際、シアンならできるとティオが一つ頷いただけでそう信じることができた。

 今回ばかりは自分自身で考え、やろうと思った。


 立ち上がったのである。



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