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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
516/630

90.賢くて器用な猫さん1

 

 塞ぎこむシアンを幻獣たちは心配した。

 幻獣たちはティオやリム、九尾からイレーヌ親子のことも聞いた。道行く母親と兄弟連れにシアンの視線が良く向くことに気づいていた彼らは揃って顔を見合わせた。

『シアン、元気ない……』

 リムがしょんぼり項垂れる。

『ぼくたちができることをやろう』

 ティオが毅然と眦を決して宣言する。

 九尾は思うに、シアンは大らかだから色んな者が集まりやすいのだ。大らかは言い換えれば適当である。そんなに細やかに決めつけずそういうものもあるのか、と受け止めるくらいの適当さだ。あるがままを受け入れる。だから、相手の本質が歪まない。他者と接するとそれぞれが持つ物差しで推し量るため、相手が自分を誤解していると感じる部分が出て来る。その齟齬に疲労やストレスを感じることがままあるが、シアンはそういう部分が薄い。

 シアンはステータスをこまめに確かめることもしなかった。それはゲームでの性能向上にはほど遠い、けれど自分なりにこの世界を楽しもうというスタンスだった。それが次々に強者と出会い、それらの助力を得ていくことに繋がるのは皮肉としか言いようがなかった。シアン本人としてはプレイヤー垂涎の力も、それほど重要なものではないのだ。幻獣や精霊の力、特技は彼らを形作るうえで重要な要素であるという認識を持つが、それそのものを欲しているのではない。



「現地訪問慰労を?」

 突然訪ねて来た猫の姿の幻獣の言葉に、カークは鸚鵡返しした。

『そうにゃ。俺は翼はないけれど、翼の冒険者の一員にゃ。幻獣が物資を運び入れたら元気づけることができるんじゃないかにゃ』

 その意気や善し。

 カークはやる気のある者を好む。

 ましてや、カランの言葉は的を射ている。

 重苦しい雰囲気の中、幻獣のしもべ団はよく翼の冒険者の話をせがまれる。当の幻獣が物資を配ってくれたら一層有難みが増すというものだ。

『その代わりと言っては何だけれど、シアンはもう少しそっとしてあげてほしいにゃよ』

 翼の冒険者が各地を回る意義は分かるので、消沈するシアンの代理として自分が行くという。

 自然、カークは笑顔になる。

 サルマン国に呼び出されてマウロが不在だったため、カークがカランの対応をした。

 カランが幻獣のしもべ団の本拠地を訪れるのは初めてで、滅多に姿を見せない猫の姿の幻獣に、団員たちは色めきだった。

「あれか。ユエさんの知恵袋的存在」

「シェンシさんの薬の手伝いもしているって聞いたぞ」

「兄貴の料理の手伝いもするんだって。オルティアが言っていた」

「器用で頭が良いんだな!」

「失礼、幻獣を間近にすると興奮する性質でして」

『どんな性格なんだにゃ』

 カークの言葉にカランは呆れた表情を浮かべる。

 幻獣のしもべ団随一の頭脳の持ち主はおやと片眉を上げる。

「彼らを纏えめるのも仕事のうちでしてね」

『苦労するにゃね』

「ああ、やはり。貴方とは話が合いそうだ」

 カークは微笑みを消して真面目な表情を浮かべる。

「貴方の気持ちはとても有難いです。仰る通り、各地の者たちの励みになります。でも、本来は兄貴、翼の冒険者が慰労や配布に各地を奔走する必要はないんですよ」

 だから、無理をする必要はないというと、カランは頷いた。

『それを聞いて安心したにゃよ』

 今のシアンを無理に連れ出すことはないと聞いて安堵する。

『ただ、現地慰労は俺がやりたいことなのにゃ。俺にも何かできることはないかと思ったのにゃよ』

「それは大変喜ばしいことです。すぐに手筈を整えましょう」

 かくして、カークは配布する物資や配布地方を決めた。カランが登録している転移先は少ない。同じ場所の登録している団員を選抜する。

 その中にはイレルミもいた。

「その地方は前にも配ったんじゃないか?」

「そこから多少移動する。カランさんの安全確保が第一だ」

「まあ、大分前だし、二度目に配って悪いって訳じゃないしな」

「変わりないか様子を見に行くのも良いだろうさ」

 こうしてカークは万全の守りを固め、自身も同行した。

 幻獣たちに見送られるカランはしきりに一緒に行こうかと言う一角獣を宥めていた。

「あのベヘルツトさんを宥められるなんて」

「なんて勇者」

 その様子を見ていたしもべ団団員たちが恐ろし気に呟く。

「元勇者になら師事しているんだけれど」

「……元勇者とベヘルツトさん、どっちが強いの?」

「ベヘルツトさん」

 団員が恐る恐るイレルミに問うとあっさり返事がある。

「あの化け物より強いのか!」

「流石はベヘルツトさん!」

「そのベヘルツトさんに言い聞かせたカランさん」

 幻獣のしもべ団団員たちに近寄って来たカランをイレルミは指さした。

「ばっか、お前、失礼だぞ」

 その手を叩くも、あ、そういえば、こいつ、剣聖だった、と己がうっかりに青ざめる。当のイレルミはへらりと笑うのみだ。イレルミは緊張する場所へ向かうのに自然体でいられる幻獣のしもべ団を気に入っていた。

『こいつらもマイペースにゃね』

「気にしないのが一番です」

 カークが軽く受け流す。

『くれぐれも、粗相のないように』

 セバスチャンが幻獣のしもべ団に言い渡す。

 途端に、団員の背筋が伸び、はい、と切れの良い返事が響く。

『セバスチャン、時折ユエの様子を見て休憩を取らせてほしいにゃよ』

『かしこまりました。行ってらっしゃいませ』

『行ってきますにゃ』

「あ、あの家令にも普通に対応していたぜ」

「頼み事までしていたよな」

「カランさん、すげー」

 周囲がすごいのであって、カランにできることはそう多くない。そのすごい周囲がカランを認めてくれているのだと思いつつも、ひそひそ囁く幻獣のしもべ団に、面映ゆい気持ちになる。

 それも、転移陣を踏むまでだった。

 カランは島に来る前にあちこちを旅し、巨大すぎる猫だと怖がられた。悪さや悪戯をするのではないかと石を投げつけられたこともある。いわんや、二足歩行して人語を喋るのであれば、不気味だと思われても仕方がない。

 同じく、大蛇の姿を持つユルクも翼の冒険者と称される前までは子供はもちろん、大人でも怯えられたという。

 でも、異能保持者を輸送する際、子供たちが親しんでくれた。それを不思議がった。

『やはり、可愛い研究会の成果じゃないかにゃ』

 幻獣たちは顔を見合わせてなるほどと頷き合った。

 そこで何となく、久々に可愛い研究会を開催した。みなでわいわいやるのはやはり楽しい。

 さて、自分で言ったことがカラン本人に返ってきた。

 カランは怖がられたらという怯む気持ちを懸命に押さえつけた。勇気を出さないで何もしないままでいて、シアンが今まで築き上げて来たものを台無しにしたくない。

 シアンだって弱気になることがある。今がその時で、必死で立て直そうとしているのだ。だったら、動けないシアンの代わりにカランは自分が出来ることをやりたい。これはシアンのためにではなく、自分のために、だった。だから、我儘なのだけれど、と前置きして幻獣のしもべ団に相談したのだ。幻獣のしもべ団はこれまであまり姿を現さなかった大きな猫の姿の幻獣の提案を快く受け入れてくれた。

 そして、目的の村へ到着してみれば、大きな猫だと怖がられるかもしれないという危惧を余所に、あっという間に子供たちに囲まれ、結果、カークに高位幻獣で手助けをしてくれているのだから不用意に近づいたり、触れないように厳しく注意された。

「彼も翼の冒険者の一員です。失礼のないように」

『厳しいにゃね』

 言外に子供なのにと言うカランに、子供でもきちんと言い含ませることはできると笑う。

 その笑顔に、あ、この人も逆らわない方が良い人だ、と思う。

 子供たちにも危険察知能力が備わっているようで、カークの言葉に幾度も頷いたり返事をしたりしていた。そんな中、ひとり二人はカランを胡乱気に見やる子供もいた。

 やや年かさの男の子で、カランが二足歩行して人語を解するのに賞賛の声を上げる子供たちを余所に、鼻を鳴らして腕組みしつつ、ついて回っては余計なことをしないかと監視していた。



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