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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
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86.反撃の狼煙3(今いちど)

 

 オージアスの案内で抜け出た建物は街はずれにあった。見張りが立っており、その隙を縫って入り込んだオージアスはアーウェルらを伴って逃げ出すときも目を盗んだ。気絶させたり薬品で眠らせたりするのではなく死角を突くことができたのは助け手も囚われ人も相当な密偵技術があったからこそだ。

 時刻は夜半で街の壁を越えられなくもなかったが、暗闇の中、外をうろつくのは危険極まりない。

 神殿にも見張りがあるだろうと人を使って幻獣のしもべ団の頭を呼び出した。

 オージアスが信用できると保証した宿の一室に足を踏み入れたマウロは居並ぶ面々に片眉を跳ね上げた。

「何でここにオージアスがいる?」

 そこでオージアスはマウロが来る前にアーウェルたちに話していたことを繰り返した。

 サルマン国の各地を移動し、この街に流れ着いたこと、何でも屋のようなことをして日銭を稼ぐうち、冒険者ギルドから冒険者にならないかと言われたこと。

「まあ、やっていることは冒険者ギルドの依頼と同じことだからな。同業者を併呑すれば競争相手がいなくなって市場を独占できるところだろう」

 そうは言うものの、オージアスの腕の良さを買ってのことで、良い仕事を回してやろうと好条件を提示されたという。

 そこでオージアスは冒険者ギルドを通して仕事を受けることにした。上前を撥ねられることにはなるが、アフターフォローや信用調査などは任せることが出来る。

「街の若者と冒険者の間でいざこざがあって、あまり良い雰囲気じゃなかったから躊躇したんだがな」

 だからこそ、入市した当初はすぐに冒険者ギルドに行かず、様子見をしながら雑用を引き受けて金銭を得ていたのだという。恋人を伴ったオージアスは彼女に苦労を掛ける訳にはいかないと労を惜しまず、また、慎重にもなった。

 そんな中、街の若者と冒険者の喧嘩沙汰が起きた。

 それまでも幾度かあったが、その時のものは複数人同士の規模がやや大きいものだった。

 そこに居合わせたオージアスはそのころ、大きな仕事を請け合っており、つまらないいざこざで報酬を貰い損ねることを危惧した。依頼主の息子が渦中にいたのだ。

 そこで、オージアスは鎮圧に動いた。

「へえ、そんなに大勢のやつらを?」

「あいつら、頭に血が上っていたからな。後ろから急所を撫でてやるのを繰り返した」

 武力を持たないダリウスが目を丸くし、オージアスが肩を竦めた。

「ひでえ。闇討ちかよ。喧嘩に気を取られていたら、オージアスに後ろから近づかれても気づかないだろうな」

「でも、全員だぜ? 後でギルドマスターに鍛えなおせって言っておいた」

 後頭部で両手を組んだアーウェルが笑い、オージアスは呆れ顔になった。

「どうやら、それで街の若者連中と冒険者たちに懐かれて、緩衝材に引き出されるうちに纏め役みたいなことをするようになっていた」

 オージアスの方も特典はあった。他の者たちから一目置かれ、割の良い仕事を回して貰ったり、街の者から受け入れられるようになれば住みやすくもなり、恋人も嬉しそうだったので、悪くないと思っていた。

「上手くいきだした折に例の異類排除令だ」

 サルマン国は隣国ゼナイドと足並みを揃え、異類審問官の入国を拒否した。

 しかし、敵もさるもの、サルマンの弱みに付け込み、異類審問官の入国を迫られ、しぶしぶ、数多くの条件を付けて許可した。その条件により、異類審問官の行動は大きく制限され、サルマンでは拷問の猛威は鳴りを潜めていた。

「それでも街の雰囲気は暗い」

 ある時、若者たちと冒険者たちが雁首を揃えてオージアスを訪ねて来た。

「珍しいこともあるもんだって思っていると、自警団を作りたいって」

「それで、お前にトップに立って欲しいって?」

「柄じゃないって断ったんだけど、しつこくてな」

 それに、自分もこのままではサルマンも安全とはいえないとオージアスは考えていたのだそうだ。何なら、ゼナイドへ逃げ込むのも良いが、同じことを考えた者で隣国は飽和状態になり、外国人への風当たりが強くなる可能性がある。

「それに、折角やる気を出したんだ。自分たちの国や街をより良くするのに尽力しようってんなら、それに越したことはないだろう?」

 自警団は上手く機能した。

 今やこの街の異類審問官は街はずれの一建物でひっそりと振舞っている。

「常に監視していたんだ。その網に異類審問官たちが意識を失った人間二人を運び入れたって情報が引っかかってね」

 オージアスは隣街で起こった魔族一家惨殺事件のことを知っており、もしかすると幻獣のしもべ団ではないかと当たりをつけ、助けることにしたのだという。

「そんなあやふやな情報で?」

 マウロの鋭い視線にオージアスは肩を竦める。

「俺たちの街は上手くやっている。でも、いつまでもそうだとは限らない。少なくともある程度の大きさの勢力にならなくては。あまりに力をつけ過ぎても脅威とみなされ叩き潰されるだろうが、そこそこの力を持っていてちょっと厄介だから手が出せない、その辺りを狙おうかと思ったのさ」

 それで、周辺の街や村でも声を掛けて自警団を作る手助けをしているのだという。

 人間は自身の尊厳を踏みにじられて唯々諾々と従っているばかりではない。

「それで、手を組む組織は常に募集中なのさ。だから、幻獣のしもべ団団員を助けたって訳だ」

「幻獣のしもべ団、ひいては翼の冒険者はそこそこの力では済まないだろう。何なら、貴光教の連中が一番敵愾心を向けている」

「そこさ。厄介な相手だと思わせる程度の力というのは最良だが、加減が難しい。なら、いっそ、最大敵対勢力と協力体制を作った方が良いと思ったんだ」

 オージアスの説明を聞いたマウロは顎に手を当てながらなるほどなと呟いた。

「頭、手を貸して貰いましょう」

 アーウェルが身を乗り出すのに答えず、マウロはじろりと視線だけ動かしてオージアスを見やる。

「オージアス、お前、この街をどこまで動かせる?」

「殆どを」

「どうやって?」

 オージアスはまずくすぶっている若い連中から頼りにされるようになり、その親を抱き込んだ。

「いざという時に自分の息子や娘が頼りになるって大層喜んでいたよ。やはり、肉親に頼るというのには抵抗が少ないからな」

 その親の中に街の有力者がおり、オージアスは彼の信頼を勝ち得ることに成功した。例の喧嘩を仲裁した息子とその依頼主である。そこから、徐々に街に影響力を持つ者たちと繋がりを得ていったのだという。

「まあ、俺が一人でがなり立てたって聞く耳を持たなかっただろうさ」

 結局は、街の者たちが何とかしなくてはいけないという意識を持っていたからこそ、異類審問官に対抗する組織となり得たのだと言う。

「密偵技術を教えて奴らを翻弄したっていうのが爽快だったんだろうな。あとはまとめ上げる手腕か。どこにでも突っ走って事を台無しにする者はいるからな」

 手綱を絶妙の具合で取ることが大事だと言う。

「へえ。いっぱしのことを言うようになったじゃないか」

 にやりとマウロが笑うのに、オージアスは腹を立てず、同調して笑うことなく、真面目な表情で見返した。

「あんたの手腕を真似たのさ、頭」

 端緒はアダレードで、はみ出し者の集団だった。

 幻獣のしもべ団と称するようになり、あれよあれよという間にどこそこの英雄の支援団体だと持ち上げられるまでになった。大きい街の大商人の後ろ盾を得て、複数属性の神殿ですら友好的だった。

 その幻獣のしもべ団で学んだことがオージアスを生かした。

「この街が異類審問官とどうにか渡り合っているのは、幻獣のしもべ団のお陰さ」

「そりゃあいい。使える者は何でも使え、だな」

 オージアスは居住まいを正してマウロに頭を下げた。

「頼む、頭。何なら俺はここで手を引く。この街や周辺で作り上げた自警団と手を組んでやってくれ」

「前言撤回だ」

 短いマウロの言葉にオージアスは思わず頭を上げ、顔をしかめた。

「いっぱしのことを言うと思ったが、まだまだだな。この街や周辺の自警団の旗頭はオージアス、お前だ。お前がいなくては話にならんだろうが」

「言えてる!」

 黙って事の成り行きを見守っていたアーウェルが笑う。

「じゃあ、早速連携や情報のやり取りのし方を相談しましょうか」

「ナタのレジスもお前と同じようなことをやっているよ」

「え、エディス出身のあいつ? へえ。ナタなんざ、やりにくい場所じゃないか」

 自身も密偵技術を教えたことがあるレジスの名前を聞いてオージアスが顔を綻ばせる。

「サルマンをこっち側に取り戻すぞ。よろしくな、オージアス」

 マウロが手を差し出すのに、一瞬動くことが出来なかったオージアスは何事もなかったようにその手を握った。

 この男に認められたかった。

 一度は袂を分かった。

 今度こそ、認めさせてやる。

 でも、それ以上に、目的意識を持って立ち上がった者たちの意志が無駄にならないようにしようと思った。



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