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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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4.国境越え4  ~オブラートに包んで!~

 

 アダレードは緑の濃い国だった。

 山脈を超えると、痩せた草地が続いた。これから春の日差しが強くなれば、徐々に緑が濃くなっていくのだろう。

 アダレードの甘く熟れた生命力を含んだ空気から一転、冷たく澄んだどこか硬質な風に肺を満たされる。

 なだらかな傾斜地の上をティオが強く羽ばたく。

 一羽ばたきごとにするりするりと大気の間を抜けていく。

 眼下の傾斜を、小さな湖を、靄のような雲のすぐ傍をすり抜けながら通り抜け、不意に地面が途切れ、口を開けた深い渓谷に底が抜けた心もとない気分を味わう。この一瞬の肝が冷える感覚はいつまで経っても慣れることがない。

『茶色いねえ』

 リムがシアン肩の上から下を見下す。

『ちょこんちょこんと白い雪と、黒い木が見えるね』

「そうだね。あれ、リムは初めてアダレード国を出たから、雪を見るのも初めてになるかな?」

『うん、ぼくと同じ真っ白! 日に光るとキラキラして稀輝みたいだよ!』

『俺の加護を受けたリムも同じく輝いて見えるぞ』

 太くかつ、透明感のある声がする。

『稀輝!』

 リムの喜色の籠った声に応えて、陽の光が凝縮し、眩しいと感じる瞬間にはぱっと小さい閃光を幾つも散らす。黄金の髪を頂く白皙の精悍な美貌に太い首や長い手足を持つ光の精霊が姿を現した。眉が面白そうに跳ね上がり、大振りの口も弧を描き、全体的に大らかさを醸しているが、冷静な銀色の瞳が雰囲気を鋭く引き締めている。

「稀輝、山脈越えで力を貸してくれて、ありがとう。お陰で凍えずに済んだよ」

『深遠が環境の変化に弱いのにって青い顔でおろおろしていたからな』

 確かに闇の精霊にそう説明したことがある。あれは確か、そう、肩縄張りの始まりの時だ。

「深遠も、色々配慮してくれてありがとう」

『ううん、お安い御用だよ』

 くん、と中空の一点が捩じれ、渦を巻き、どんどん中心に吸い込まれる。渦は闇色に輝く。ふっと吸い込む力が抜け、闇の粒子がいくつかふわりと舞う。渦がしなやかに形を変え、人型を取る。黒い髪を緩やかに編んで濃い紫色の花で飾り、白い佳麗な面差しを露わにしている。

『深遠だ!』

 光の精霊の顕現に気分が高揚していたリムが闇の精霊の出現に感情のメーターが振り切れた様子で、シアンの肩を軽く蹴って飛び出す。

 黒い翼を二、三度はためかせ、闇の精霊の肩に着地する。闇の精霊が手を差し伸べて細長い身体を支える。

『気候の変化が激しい中を移動をしたようだが、元気そうで何よりだ』

 闇の精霊とリムの戯れる様を満足気に見やり、腕組みをしながら光の精霊が頷いた。


『きゅうちゃん、この短期間に精霊王四柱とご対面ですよ。眼福眼福』

「そういえば、きゅうちゃんは稀輝と雄大とは初対面だったっけ?」

『闇の精霊も一度姿を見かけた程度ですけれどね』

 それも肩縄張り発端の出来事だ。

「紹介しようか?」

『いえいえいえっ、滅相もないですよ。それに、彼らもシアンちゃんたちの周囲の存在はよくよく熟知しておりますとも』

 慌てて九尾が振り返る。九尾の遠慮を受け入れて、前を向くよう促す。


「そういえば、フラッシュさんも錬金術で四つの属性の付与ができるようになったり、四つの属性の魔法を扱えるようになったと言っていたよね」

『属性付与にしろ、魔法にしろ、破格のことですよ。加護を頂いてもいないのに』

 まだこの世界のことに疎いシアンはそういうものか、と得心する。九尾はリムにだけでなく、シアンにも色々教えてくれる存在なのだ。好物を用意したりふざけたことに付き合うくらいはお安い御用である。

「フラッシュさんには色々お世話になっているからなあ。僕としてはありがたいことだけれど、僕のことは切っ掛けに過ぎないんじゃないかな?」

『それだけの力があるということと、それだけシアンちゃんたちのことが大切で、君たちを大事にしてくれる存在を好ましく思うということなんでしょうねえ』

 それは日々実感している。有難いことだ。

「それって、僕たちに良くしてくれる人間には何らかの特典があるってことなのかな?」

『いえいえ、それほど彼ら精霊王は甘くはありませんよ。欲得ずくなどすぐにたかが知れてしまうもの。第一、シアンちゃんはそういった輩はあまり好きないでしょう?』

 九尾の言葉に何らかの含みを感じたものの、言及せずにおいた。

「確かにそうだなあ。未熟者だから、下心を抱いて近づかれるとそれ相応の対応をしてしまうだろうね。そんなに強い存在に助けてもらっているのなら仲良くして置こうと思われてもね。彼らが自然に力を与えたいと思われないと」

『ふむふむ、シアンちゃんを介するのではなく、当事者同士の問題、と。まさしくそうですなあ』


 ティオの飛行に会わせて光の精霊と闇の精霊は移動している。なのに、身に着けた衣服ははためいてすらいない。その二柱の精霊の肩を、リムが行き来する。後ろ脚で軽く蹴り、向こうの肩に飛びつき、頬ずりした後、また片方の肩に飛び移る。

 精霊たちはそういうものだとしても、リムがティオの移動速度に合わせた精霊の動きの中でそういった運動ができることに、驚きを禁じ得ない。


『シアン、地中から湧き出る温水がある』

 リムを観察していると、風の精霊が姿を現した。耳元で玲瓏な声が響く。

「温泉?! どこにあるの? 人間が入れそうな温度? ええと四十度前後?」

『おおう、シアンちゃん、食いつきがいいですなあ』

 矢継ぎ早に質問してしまい、シアンの前に鎮座する九尾が茶化す。

『まだ先だよ。この先にセーフティエリアがあるからそこで昼食を摂って、それからもう少し行った辺りになるかな。水温は大体そのくらいだから、シアンも入浴できるよ』

「ありがとう、英知! ティオも入れそうなくらいの大きさはありそう?」

『十分にある』

 九尾に茶化されても嬉しさが勝った。ティオと一緒に湯に浸かることができる。

「ティオ、聞いた? ティオも入れるって。もう少し、頑張ってね」

『うん。お風呂、楽しみだね!』

『シアン、お風呂あったの?』

 リムも聞きつけて飛んでくる。

「うん、英知が見つけてきてくれたんだよ。リムもティオと一緒に入ろうね」

『『うん!』』

 ティオとリムの喜びの声が重なった。



 ゼナイド国の国都はエディスと言い、世界でも有数の湖の畔にある。細長い湖岸の反対側に行こうものならティオでも朝から夕方までかかる。水深も相当あり、多量の水が湛えられている。

 その広大さは湖の内に小島を十数個も持つことからも分かる。

『そして、一角獣の逸話でも知られている国だね』

「一角獣?」

 ゼナイドの説明を求めると、答えてくれた風の精霊にシアンは気になる言葉を反芻する。


『一角獣は幻獣とも聖獣とも言われている。極めて足の速い白馬で、額の中央から九十センチもの長さのある一本の角を持つ。姿には諸説あって、頭は雄鹿、足は象、尾は猪といったものがある。もしくは、小さい白馬で、羚羊の前足と山羊の髭があり、一本の長い湾曲した角を持つ、などという説もある。この獣の最たる特徴の角にも様々な説があって、付け根が白、先端が赤、中間が黒であるとか、単に黒いなど言われているね。角獣の角の一突きは象をも殺すとある』

 姿一つとっても色んな説があるということか。流石は幻獣、人目に触れないせいか、それとも口伝による伝達方法が主流だからか。

 中世ヨーロッパ後期に似た文化に魔法や不思議な動物が存在する世界なので、一概に何とも言えないが。


『その凶暴さから聖獣とも凶獣とも言われているんですよ』

 同じく聖獣とも凶獣とも称される九尾が口を挟む。

『この動物は生け捕りにするのは不可能だと言われる。唯一の方法として、乙女の手で捕えることができる』

「確か清らかな乙女だけが触れることができるんだっけ?」

 現実世界の西洋ではユニコーンという名称で知られている獣だ。

『そうですよ。目の前に乙女が座るとその膝に跳び乗って来るってんですから、とんだ女好き幻獣ですよ』

 九尾が身も蓋もない言い方をする。

『そこで乙女は一角獣を愛情を持って接し、宮殿へと連れていく』

「どうしてそんなに凶暴なのに捕えようとするの?」

『一角獣は獅子に例えられるほどの王者たる力と誇り高さを持つ。その力の象徴が彼の持つ角であり、数多のものが憧れる貴重なものだと言われているからだよ』

『いつの世も、力を欲するんです。いわば、お色気に負けてついていったら強制労働させられる、みたいな感じですな』

「きゅうちゃんにかかると神秘的な幻獣も身近な存在になるね」

 シアンが苦笑する。

 九尾の狐は現実世界では傾国の美女の姿で登場し、逆に人を惑わせる獣だ。シアンの前に鎮座する狐は全くそんな風には見えないし、彼の召喚主は全く別物だと言っていた。


『その一角獣が昔、ゼナイド上空を飛んでいると美しい輝きに気をそそられ、降り立てみれば、広く海のような湖があった。それがフェルナン湖だよ。岸辺に足を下すと美しい乙女が一心に祈っていた。どうか民を救ってください、と。その熱心な姿に心を打たれて、荒い気性の一角獣が誇り高き膝を折り、乙女の願いをかなえた。その乙女がゼナイドの王女だった、という逸話があるんだ』

『膝を折って、乙女の膝に頭を乗せたんですな!』

 九尾が混ぜ返す。

「それは、尖った長い角の取り扱いにさぞ驚いただろうね」

 シアンがどこかずれた応えを返す。

「聖獣と呼ばれるということは、一角獣はもともとは天帝宮にいたの?」

『天帝宮と言えども、全ての聖獣が住んでいるわけではないのですよ。ただ、別種の一角獣なら住んでいますけどね』

「別種? 色々な種類があるの?」

『なんだと思いますか? 多分、シアンちゃんも知っている幻獣ですよ』

 何だろう、と首を傾げるシアンに、風の精霊が先の方を指し示す。

『シアン、あちらに街道沿いのセーフティエリアがある。今は誰も使っていないし、周囲に人の姿はいない。昼の休憩にちょうどいいのでは?』

「ありがとう、英知。じゃあ、ティオ、あっちに降ろしてくれる?」

 九尾の言う一角獣とは後に判明する。



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