83.対岸の火事 ~情け深い狐?/奇妙な狐~
文明が発達途上の異世界では何か一つ作るにしても手作業が多い。
魔法があり不思議な生き物がいるので、どこで魔法が関与し、どこで機械化が進んでいるか。それを発見し、関与するのもこのゲームの醍醐味だった。
それがまさか、一宗教による弾圧に遭遇するとは想像だにしなかった。大陸の半分を席巻し、流行り病や天変地異、凶作を背景に重苦しい雰囲気が漂っていた。
「歴史家がいたら飛び上がって喜ぶんだろうがなあ」
「現実世界の過去へタイムスリップする訳じゃなし、喜ばんだろう」
キャスが矢を連射し、ダレルが盾の向きを変え、飛来してくる非人型異類の攻撃を阻む。
「そのうち、自分たちの宗教に入信しろ。頷くだけで、快適な生活を保障するとでも言いだすんじゃないか」
「うへえ、まんま新手の宗教勧誘だな」
魔法を放って詠唱の合間にアレンが言い、キャスが矢筒から矢を取り出しながら肩を竦める。
「そういうのは間に合っている」
回復役のエドナが不在のため、薬を準備するフラッシュがアレンを見やる。
非人型異類の注意を九尾の魔法で逸らしている間、アレンの魔法が直撃し、動きが鈍ったところをベイルが近寄って止めを刺す。
彼らは危なげなく戦闘をこなしていた。
「流石は九尾様! 九尾様の繰り出す幻影に敵は見る影もない!」
アレンの称賛に九尾がフォーエバーポーズを取る。
「九尾は狐の皮をかぶった何か別の生物ではないか?」
新手が来るかもしれないのに、何をやっている、とフラッシュが彼らを諫める。
『きゅっ! 失礼な。巷では紳士な狐と言われるきゅうちゃんですぞ!』
「まず、紳士という表現はされんだろう、狐は」
『きゅうちゃんは貴方の心を癒すジェントルフォックスです!』
「私は癒されん。無性に疲れさせられるぞ」
「流石は九尾様!」
フラッシュやアレンは冗談口を言いながらも他のメンバーと共に非人型異類の死体から必要部位をはぎ取る。
『その名も! 傾国のもふもふ! 九尾様だ!』
「いや、本当に「九尾」や「傾国」には幻想を抱いているプレイヤーはごまんといると思うがな。これはアレだ。別物だ」
『きゅうちゃんは特別ということですね! すぺしゃるかつ、きゅーとでぷりてぃ、らぶりぃ、ちゃーみんぐ、ふぁにー!』
「あれ? 最後のは違うような……」
アレンが首をかしげる。
「いや、最後のだけ合っているだろう」
その後、九尾は最後の言葉を自分で検索し、背景に影をしょってしばらく打ちひしがれていたとかなんとか。
もはや可愛い狐教の聖句は「きゅうちゃんはファニーフォックスです」で良いのではないか。
「いやあ、陰鬱とした中でこんなにのほほんとしていられるなんて、うちのメンバーは心臓に毛が生えているなあ」
「それも九尾のお陰だな」
後頭部で腕を組んで笑うキャスにベイルが言葉少なに言う。
「腹減った」
ダレルはどこまでもマイペースだった。
キャスの言う通り、雲行きが怪しくなり、ゲームから離れるプレイヤーは後を絶たなかった。
VRの世界で体験したことにより強い感情を持つと、現実世界に反映する事象が発生した。元々、国際法でVRでも人同士の殺し合いは禁じられている。軍事目的に運用されているという噂がまことしやかに流れることもあるが、少なくとも市販のゲームではプレイヤーが対人の戦闘に陥った場合ではステータスの数値によってシステムが判断し、結果のみが現れる。
そのため、ゲーム内で貴光教に連行されて拷問を受けたとしても、拷問器具が体に触れた途端、システムにより結果のみ判断される。生き延びられるか、死亡するかである。生き延びた場合でも、緊急ログアウトするかどうかのアナウンスが流れる。興味本位で続けてプレイしても、汚い場所に閉じ込められ、延々と拷問が続くので、殆どの者がギブアップでログアウトする。
つまり、プレイヤーは捕まっても安全を保障されているのだ。
それでも、幾人ものプレイヤーが管理会社へ訴えたことから、異界人は異類にあらず、と異類排除令から除外されることになった。
拷問の痛みを知らず、その雰囲気だけでも怖気づき、早々に異類審問の間合いから外れた。これで安心してゲームをプレイできる。
しかし、それで良いのだろうか。
自分たちに被害が及ばなければそれで良いのか?
陰鬱な場所で惨憺たる目に合わされようとした時の恐怖は筆舌しがたいものだった。そして、その場で痛みを実際に味わっている者がいる。彼らを放っておいて良いのか?
そう思うプレイヤーたちはこの世界から離れがたく、行く末を見届けるのだとプレイし続けた。
人の手によって終末を迎えるのか、はたまた流行り病で死に絶えるのか、天変地異に飲み込まれるのか。いずれにせよ、自分たちにどうこうできる事態ではない。
突き詰めれば、残ってプレイする者たちですら対岸の火事であった。




