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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
507/630

81.力なき者の勇気1

 

 人型異類の集落と言っても、そこに住む全員に異能がある訳でもない。

 異能がある両親から異能を持たない子供が生まれてくることもある。

 子供は自分と違う者を差別しがちだ。

 長じればそれは大した違いではないのだと考えられるようになるが、狭い世界観の中にいると、自分の感覚の物差しでしか測ることが出来ない。みながそういった自分の物差しを持っていると想像することが出来ない。

 その村では流行り病や天変地異をどうにかこうにかやり過ごし、しかし、凶作の影響を受け、ひもじい思いを抱えていた。だから、ささいなことでも苛立った。飢えは人から理性を奪う。

 その子供は両親が異能持ちだった。彼の村の者が持つ異能は擬態であり、武力にはならないが、狩りで待ち伏せするには打ってつけだった。

 両親は二人ともが狩人であるお陰で、凶作の最中もどうにか飢えることなくやり過ごせそうだ。

 彼にはそれよりももっと深刻な問題があった。

「お前、異能は発露したのか? うん? 両親は狩人なのに、拾われてきた子なのか? そら、やってみせろよ!」

 なるべく近寄らないようにしていたが、今日も絡まれた。早くから異能を発露させたことを常日頃から自慢するのに、異能を持たない自分は格好の引き立て役だ。

 分かりやすい煽りであっても、同年代の子が徒党を組んであれこれ言われるのは辛い。それが物心ついた時から気にしていたことだからなおさらだ。そして、他の子らは遠巻きにし、彼と関わると自分たちも虐められると言って話しかけてもそっぽを向いて行ってしまう。

 勢い、労働の戦力外となった老人と交流することが多くなり、教わった言葉がある。

 孤軍奮闘。

 彼は抗うことはしていないから当てはまらないのではないかと幼いながらも考えたが、子供に教えるのが楽しそうな様子に口を噤んでおいた。

 そんな折、異類審問官の噂が届いた。

 異類排除令というものについて大人たちが話しているのを聞いたことがあるが、常に深刻な表情とワンセットだったので、何となく怖くて詳細を聞くのが躊躇われた。

「何でも、密告を義務付けられたらしい」

「じゃあ、村から出られないな」

「ああ。街の奴らに自分たちが助かりたいがためにいつ何時告げ口されるか分からん」

 同年代の子らに虐められている上にとても悪いことが起きつつあるのを感じた。ところが、もっと苛酷な行く末が待ち受けていた。

 ある日、日向ぼっこする老人たちと取り留めのないことを話していると、数人の大人たちが慌てて走り去っていった。

 魔獣でも出たか、もしや非人型異類では、と不安げに話し合っていた。

 その間にも大人たちが常になく行ったり来たりしている。

 彼は家へ戻ってみた。両親の姿を見て安堵するも、彼らは険しい表情をしている。

「良く聞いて。隣の村に異類審問官がやって来たそうなの」

「この村にもじきにやって来るだろう」

 驚きすぎて声も出なかった。両親の顔をただ見つめることしかできない。

「村人たちと話し合って、異能持ちは散らばって近隣の街や村に逃げ込むことになったんだ」

「僕は? 僕もお父さんとお母さんと一緒に行く!」

 手早く荷造りをする父親の言葉に、すかさず声を上げる。異能は持たないが、置いて行かれまいと必死だった。

「ああ、もちろんだよ」

「ここにはしばらく戻って来られないから、お前も必要なものを準備しなさい」

「全部は持っていけないからね」

 母親の言葉に、ああ、どうかするともうここへは戻ってこれないのだな、とぼんやり考えた。旅装を整える両親の姿にはたとなって慌てて着替えや身の回りのものを纏めに自室へ駆け込んだ。

 異能持ちでも僅かに残る者がいたが、大半は村を出た。

 両親が縁者の伝手を頼ってたどり着いた街に、驚いたことに後からいじめっ子もやって来た。村を出たことがなかった心細さから嬉しかったがすぐにそんな気持ちは消し飛んだ。笑顔で声を掛けようとしたら物すごい形相で睨まれ、殴られそうになって逃げ出した。後から考えてみれば、殴る振りをしただけだろうが、以来、街で見かけても決して近づこうとはしなかった。彼もそう出歩くことはなく、それ以上にいじめっ子はどこかの家に籠っているらしく、見かけたのは片手で足りるくらいだった。

 両親の縁者は以前、村の近隣で車輪が外れて難儀していた街の者で、あのままだったら魔獣か盗賊に襲われて命はなかったと大層謝意を抱いていたので、こんなご時世に家族で押しかけてきても詮索することなく住む家や仕事を世話してくれた。逆に、不安定な情勢だから不審に思われることはなかったのかもしれない。

 この街でも異類審問官の噂は飛び交っていた。どれも暗いものばかりで、中にはおどろおどろしい話もつき纏い、聞くに堪えなかった。

 移り住んだ街は重くのしかかる閉塞感に沈んでいた。ひそやかに口づてされるのを、幼い彼ですら耳にした。誰それが誰それと魔族との関与を告げた。どこの者が異能保持者を逃したと訴えた。

 疑心暗鬼は、やられる前にやれという空気を生み出した。

「馬鹿なっ、私がそんな者と関わりがあったはずがないっ。何を根拠に!」

「私は見たんです! 本当です! こいつはぶつかって来ても謝らない嫌な人間なんです! 前々から怪しいと思っていた!」

「こ、こいつが魔族との関わりが」

「ふん、ひと足遅かったな。そろそろ異類審問官がお前の家に行くよ。親兄弟を逮捕しにな!」

 いつも少しばかり上手くいきそうだと思った途端、期待は崩れ去った。

 彼を産み育てた両親は流行り病で亡くなった。子供がいない叔父夫婦が引き取ってくれ、最近になってお父さんお母さんと呼ぶことが出来たものの、同年代の子にいじめられた。叔父夫婦に引き取られたことを知っていて、その異能を引き継がなかったのだなと言われた。所詮、偽物の親子なのだと嘲笑われた。老人たちの中に逃げ込んでも、何かにつれしつこく追いかけまわされ、凶作の不安を八つ当たりする対象にされた。

 そんな時、助けてくれる者を探すか、どこかへ逃げ込むかした。嫌なことを言われてべそをかいても歯を食いしばって堪え、自室へ戻ってから涙を零した。

 でも、今度ばかりはどうすれば良いのか分からなかった。

「嫌だよ、そんなの。できないよ……」

「いや、やるんだ」

「そうよ。どっちみち、お父さんもお母さんも異類審問官に捕まるでしょう」

「そんなこと言わないで、逃げようよ」

「どこへ逃げてもやつらは追って来る」

 村を出て異能を使わずに息を潜めて暮らす両親の顔には疲労が暗い影を落としていた。

 泣くのをこらえながらぎゅっと服の前身ごろを掴んだ。

 でも、耐えられない。

「無理だよ、お父さんお母さんを密告なんて」

 異類審問官は密告を推奨してきたが、ここへきて一層の強制を行うようになっていた。

 密告を迫られ、無理やりこじつけて誰それが魔族と関わりを持ったと発言する者も少なくないらしい。

 そんな中、異能を持つ者が街中に混じっているなど、格好の餌だ。

 誰しも自分が可愛い。自分と身近な人間の生活を守ろうとする。

 自分たちもまた被害者なのだ。

 異類審問官に強制されて仕方なかったのだ。

 そう主張する裏で、謂れのない嫌疑を掛けられて連行された者がどれほどの苦痛を味わわされて死んでいくか、考えたこともない。

 彼は理論的にそう考えたのではない。けれど、漠然とした、しかし強い恐怖を感じ、必死で抵抗した。

 困った両親は相談の上、父親が彼を異類審問官が陣取る建物前まで連れて行くことにした。

 彼はべそをかきながら、頭を撫でてしっかりな、と言って家へ戻って行った父親を振り返る。

 両親はこれから密告の義務から息子を解放するために家で護衛官を待つのだ。

「お前に辛いことをさせることを承知で言うんだ。このままだと三人とも助からない。お前だけでも生きてくれ」

「そうよ。どうせなら私たちの命を有効活用して」

 両親に笑って説得され、これを受けなければ男が廃ると泣くのを堪えて頷いた。

 家を出るまでは、つい先ほど父親と一緒にいるまでは、その決意は彼を奮い立たせていた。一人になった今ではかっかと燃え上がっていた勇気は萎み、一歩も動けないでいた。

「お前、そんな所で何やっているんだよ!」

 険のある声にそちらを見やると、いじめっ子が仁王立ちしていた。

「俺たちを売りに来たんだな! 異能がないからって調子に乗りやがって! この! こうしてやる!」

 いじめっ子から石を投げつけられ、頬を掠った。痛みが彼を後押しし、逃げ出した。

「待て! 殺してやる!」

 今まで口であれこれと言われたことはあるが、暴力を振るわれたことはない。両親からだって怒鳴られたことがせいぜいで手を上げられたことはない。恐ろしくてやみくもに走り回った。

 街の者たちは子供の喧嘩だと興味なく捨て置かれた。

 路地の壁を石が打つ。彼のすぐ真横だ。

 喉からひいと悲鳴が上がる。

 慌てて飛び退こうとして足がもつれて倒れ込んだ。

 痛い。

 足音が近づいて来る。

 痛みを恐怖が凌駕した。

 もう駄目だ。

 彼はぎゅっと目を瞑った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎日あざまーす! [一言] 毎日更新で助かってます。 最近の展開は結構きついのが多いので心にくる。 典型的なろう作品なら、ここでリムあたりが来て助けてくれて強制ハッピーエンドになるんだろ…
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