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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第九章
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74.宇宙の真理への道

 

 魔族の窮状も貴光教の発令した異類排除令のことも知っているはずのセバスチャンはシアンの決定に容喙することなく、大陸西の地図を広げ、ハルメトヤから直近の登録している転移陣のある街やそこからの最短ルートを丁寧に教えてくれた。

 同行しない幻獣たちも覗き込んで説明に聞き入った。

 頬や額がくっつくほどに接近してのんびりした会話を繰り広げる幻獣たちに、この穏やかな空気にどれだけ助けられ慰められて来たことかと改めて思う。

 そして、シアンが幻獣たちを大切にするように、この大陸西で日々を一つひとつ積み重ねるようにして暮らす者たちが拷問や天変地異、流行り病で大切な者を失っている。やるせないことだった。

 心を決めてすぐに出立したシアンはティオたちと転移陣を踏んだ。

『またチョコレートのお菓子づくりを習うの?』

「ううん。今は急いでいるからね。本当は挨拶をしておいた方が良いんだろうけれど」

 闇の神殿を出ると活気ある街並みが広がっていた。

 茶色のレンガにところどころ朱色のものが混じっている。全体的に落ち着いた色の壁はだが、長方形の窓の上にアーチ状に色の異なるレンガを組み込んでいる。そのアーチは交互に色の違うレンガを組み込んでいて、非常に洒落ていて、目を引く。店構えで目を引く造りとなっている。

『いえ、急がば回れです。フィロワ家には顔を出しておきましょう。何、茶を勧められても断れば良いのです。ですが、当主か次期当主には会っておいた方が良い』

 シアンたちがやって来たのはアルムフェルトのゼノで、以前フィロワ家を訪ねるために訪れたことがある。

「アルムフェルトは本当にハルメトヤと近いんだね」

 隣国クリエンサーリを挟んだ近距離に位置する。

 その距離で異能保持者の貴族として確固たる地位を築き、国をして発令当初から異類排除令を決然と拒否させるに至ったフィロワ家の辣腕ぶりが窺える。隣国クリエンサーリをも味方につけたのだという。

 確かに、そんなフィロワ家ならばこそ、素通りする訳にはいかぬだろうとシアンは九尾の言に頷いた。どうも急くあまり視野狭窄に陥りやすくなっている。やはり、九尾に同行して貰って良かったとしみじみ思う。

『何なら茶菓子は包んで貰ってお持ち帰りすれば良いのです』

 すぐに前言撤回したくなった。

 九尾の冗談はあながち外れておらず、連絡もない急な来訪にもかかわらず、シアンたちの姿を見たフィロワ家は歓待してくれた。

 幸い、当主夫妻とその息子とに面会が叶い、急ぐのだというシアンに非常に残念がってくれた。シアンは魔神に貰った蜂蜜と島の山で採取した木の実とを合わせた簡単な菓子を始め、様々に物資を渡した。

 当主夫人が目を輝かせる。

「これほどハルメトヤに近いと何かと物入りでしょう。ぜひ受け取ってください」

「仰る通り、物資はいくらあっても困りません。有難くちょうだいしておきます」

 シアンの言葉に見栄を張ったり遠慮したりすることなくエミリオスが受け取り執事に貯蔵庫へ移すように伝える。

「貴光教のその呼び出しとやらは罠ではないですかな」

「ええ、でも、手がかりやとっかかりになるのならと思いまして」

 魔族の友人も罹患したのだというと痛ましい表情で慰められた。

「貴光教が憎むこと我ら異能保持者も魔族も同じ。いわば同志のような気持がするのです。彼らが斃れるのは我らも悲しい」

「私たちも伝手をたどって情報を集めましょう」

「ありがとうございます」

「クリエンサーリを通るのでしたら、フィロワ家から通行証を発行するように求めておきます」

「翼の冒険者は各属性の神殿とも繋がりを持つと聞きます。何かあれば神殿に駆け込めば良い」

 暗にハルメトヤに到達する前、例えばクリエンサーリで黒ローブたちに襲われたとしても、神殿に逃げ込めば難を逃れることもできようと言っているのだ。

 シアンは有難く受け取っておいた。

 シアンが当主と次期当主とやり取りしている間に用意させたチョコレート菓子類を当主夫人が持っていくように勧めてくれた。

「こちらは新作ですのよ。といっても、最近のものではないのですが」

 やはり、天変地異や凶作に続き異類排除令が発令された以降は菓子類の開発をしている余裕はない様子だ。

「またぜひ一緒にチョコレートづくりを行いましょうね」

 シアンは思わずそう言い、当主夫人を喜ばせた。

「今日はお会いできて嬉しかったです」

「単なる陣中見舞いに来られただけだったら良かったのですが」

 当主に続いて次期当主が思わし気に呟いた。彼らもまた貴光教の呼び出しに裏を考えずにはいられない様子だ。

 それでも無理に引き留めようとしないのはやはり随伴する幻獣たちの存在が大きいだろう。何があってもシアンは大丈夫だと思わせる威容を誇る。

 けれど、九尾が言う通り、時として、シアンの心が害されるのを止められないこともあるのだ。



 アルムフェルトを出国し、クリエンサーリに入国した。越境はフィロワ家の紹介状のお陰でスムーズに行うことが出来た。

 問題はハルメトヤへの入国だ。

「貴光教から連絡があったからそのまま入れると思うんだけれど」

 しかし、どういう発想でどのように行動するか読めない者たちだ。

『普通に入市審査を受けて弾かれたら入国を諦めたふりをしてティオに乗って飛んでいきましょうよ。捕まえられそうになっても空に逃げれば解決です』

 確かに、空に境界線はない。

「そうなると、どの街でも休憩できないから、野外のセーフティエリアで野宿の可能性もあるね」

『それは止めた方が良いでしょうね。ハルメトヤに入国したら監視が付き纏うと思った方が良いでしょう』

 空の上では流石に無理だが、地上に降りれば途端に注目されると聞き、シアンは入国する前から辟易する面持ちになる。

『じゃあ、早朝にハルメトヤ寄りのクリエンサーリの街を出よう』

 クリエンサーリの神殿で転移陣登録を行い、一旦、島に戻った後、翌朝早く出発しようと言う。

『夕方までに着く?』

 ティオの言葉にリムが小首を傾げる。

『うん。到着するように飛ぼう』

 気負いなく言うが、国境から国都まで相当な距離がある。

『シアンは精霊の加護があるから大丈夫』

 背に乗せるシアンの方を気に掛ける余裕すらある。

『シアンちゃん、高速移動となったらぜひきゅうちゃんにも精霊王たちの助力をお願いします。音速に達したらきゅうちゃんの体はばらばらになってしまうやもしれません』

「う、うん、もちろんだよ」

 九尾の冗談があながち冗談ではなさそうなティオの風情にシアンは慌てて頷く。

 実際、音の速さに達するほどの速度でティオは進んだ。監視の目があったとしてもこれだけは譲れぬとばかりに、時折セーフティエリアに降り、シアンに短い休憩を促す。

 休憩の後、飛び立った際のことだ。木々の合間を抜けるとさっと光が差し、尖塔を持つ館を眩く照らしていた。暗いところから抜け出て一番に目に飛び込んでくる。尖塔の上に高々と掲げられた貴光教のシンボルマークが陽光に照らされ、神々しく見える。

 街の壁からも飛び出て威容を誇っていた。

『シアン、街道からちょっと行ったところで魔獣に大きいのと小さいのが追いかけられている。ぼく、助けてくるね!』

 リムが言い、今にも飛び出して行きそうだ。

「気を付けてね」

 シアンの同意を得て、リムが軽く肩を蹴り中空に身を躍らせる。音を立てて黒い蝙蝠に似た被膜を持つ翼を広げ、風に乗り滑空する。見る間に小さくなる。

「ティオ、リムの後を追ってくれる?」

『うん。リムなら大丈夫だと思うけれどね』

『リムは子供が襲われていると助けたくなるようですなあ』

 恐らく、エディスで遭遇したイレーヌ親子が出会った際、襲われていたことから端を発しているのだろう。その後、ニーナに貰ったトマトを体の弱いエディに上げたりもしていた。

 折角助けたのに今度は栄養不足で死んでしまったら嫌だと言っていた。

 麒麟と共に闇の神殿へ赴き、小さな子供に行き渡るように物資を携えたこともある。

 まだ島と館を手に入れておらず、ニーナの村で借家に住みながら新居を探していたころ、同じようにティオに乗って飛行中に親子が魔獣に襲われているのに遭遇したことがある。その時シアンたちは悠長なものだった。シアンは状況を確認し、ティオはそれに詳細に答えていた。逃げる先が村で間に合いそうならば手を出さなくてもという気がなかったという訳でもない。

 困窮する者を全て救えるとは思わない。助けることが出来る者は助けたい。最近、死体を見ることが多すぎた。

 リムもまたシアンに依頼されて助けに行くのではなく、自ら助けに行くと断るようになっていた。

 自分たちも変化を遂げているのだなと思う。

 シアンはリムが向かった先へと意識を伸ばした。

 精霊の加護による感知能力は魔獣を向かう勢いのままに吹っ飛ばしたリムとその物音に驚いた親子がその場にへたり込むのを読み取った。

「ああ、良かった。無事みたいだね」

 リムはしっかり倒した魔獣をマジックバッグに仕舞っている。食べられる肉ならばシアンが料理してくれるし、素材は鸞やユエが有効活用してくれる。

「キュア!」

 追いついたティオに飛んでくる。

「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

 ティオの背から降りたシアンが声を掛けると、途端に小さな女の子が泣き声を上げ始めた。

 転んで擦りむいたらしい。脚に擦り傷が出来ていた。

 ティオに驚いて声も出ない母親に水筒を渡してやり、これで傷口を洗うと良いと言うと、喉を鳴らした。

「ああ、喉が渇いているんですね。でしたら、こちらをどうぞ」

 母親はシアンが取り出した別の水筒を礼を言って受け取り、まずは娘に飲ませた。口を塞がれたお陰で泣き声が止む。気持ちが水筒に行っている隙に娘の足を洗う。

 流石は手慣れているなと内心感心していると、母親はシアンに幾度も頭を下げて礼を言った。

 自分たちは巡礼者で、天変地異や流行り病が猛威を振るう中、神の慈悲に縋りたくて巡礼しているのだという。

 荷物の少なさにマジックバッグを持っているのでもあるまいにと驚くシアンに、母親は笑って教会に泊めて貰えるのだと言う。

 自然の脅威の前では人は無力である。時に、神に縋りつきたくなることもある。

 圧倒的な存在が神であり、人の手は届かなく、また、そうそう関与しない存在である。多少の欠点があっても、おしなべて善良な人間が人事を尽くした果てに頼るのが神である。

 神はおよそ人間が考えるような存在ではない。

 日々誠実を積み上げるようにして暮らす人間の切実さと比して、滑稽だと思うだろうか。

 人の中にも、必死になる他者を滑稽だと笑う者もいる。そういった者たちは特に自らを普通の人間だと認識している。

「私は夫を、この子にとっては父を失いました。もう神のお慈悲に縋るしかないのです」

 巡礼は本来、俗から聖へ、死から再生へと新たな変化を遂げるために行うものである。聖地への回帰だ。

 母親の言が身に染みた。

 シアンもまたどうしようもなく不安で何かに縋りたい気持ちを抱えていた。

 苦しむ全ての人間を救えるはずもない。

 広げた腕の範囲内でしか助けることが出来ない。それだって、指の隙間から零れ落ちようとするものの何と多いことか。

 シアンは母親と小さな子供という取り合わせに弱かった。困窮する者たち全部を救うことができないのに、それでも彼らに物資を渡さずにはいられなかった。

 助けて貰った上に受け取れないというやり取りをする最中、タイミングよく女の子の腹が鳴った。一丁前に眉を八の字にして情けなさそうな表情を作るのに、シアンは思わず吹き出し、釣られて母親が笑いだす。笑えば張り詰めていたものが解れたようでおずおずと食料や日用品を受け取った。

 焼き菓子に目を輝かせる女の子は早速頬ばる。

 幾度も頭を下げる母親に別れを告げて再び空路を行く。

 上位属性の総本山が近づいて来るにつれ、彼らのような巡礼者を多く見かけた。数か月掛けて自分の足で歩いて行くのだ。その間に得る発見もあるのだろう。

 時に、街道のない峠や谷を越え、非人型異類や魔獣の脅威に怯えつつ、初めて見る景色に心躍らせ、広大な畑の間を抜け、ひたすら歩き続ける。

 時に、彼らは列をなし、聖典を諳んじながら進む。

 己が信ずる神を讃えながら旅をしながら宇宙の真理に到達するのだ。

 季節は春を迎えようとしていた。



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